第一章5 『シキという女』
「ありがとうございましたー」
目立ちすぎたせいで居心地が悪くなってしまったナツ達は、二人で同じものを食べ終えるとすぐに席を立ち会計を済ませた。
「はぁ……ひどい目にあった」
ナツはどうやらまだ尻が痛むようで、未だにさすり続けていた。
「ナツが大声出すからでしょ」
美人店員にデレデレしていた辺りから不機嫌度マックスだったコナツは、空腹を満たせたおかげで心なしかさっきまでよりは機嫌が直っていたようだった。
「なんで大声出したんでしたっけ?」
「ナツが店員さんの可愛さに悶絶したから?」
「朝言った俺のかっこいいセリフをネタにするなよ! 今になって恥ずかしくなってきたわ!」
店の前でナツがわめいていると、ナツは背後から声をかけられる。
ナツにとっても、コナツにとっても聞き覚えのある声だった。
「変な人がいるなーって思ったらやっぱり」
ナツが振り返り声の主の姿を見ると、やはり聞き覚えがあるのは間違いではなかったらしい。
肩ぐらいまで伸ばした明るい色をした髪に白すぎるほど色白な肌。そして透き通るような瞳。
そこにいたのはシキだった。
「げっ……シキ」
「会ってすぐ失礼なことを言うなよな」
都合の悪そうな声をあげるコナツに対して、ナツは少し嬉しそうに答えた。
するとシキはコナツの方へ視線を向ける。
「なっちゃんは学校でも会ってるけど、こなっちゃんは久しぶりだよね」
「先週家に来たでしょ、そんなに久しぶりでもないわ」
「覚えててくれたんだぁ~、ありがとう」
「うげっ」
二人の会話はいつもこんな感じだ。
コナツも本気で嫌っているわけではないようだが、負の感情を顔面に全力で出しながら対応するのだ。しかもシキは全く気にしていない様子。
ナツとシキが出会った頃、初めてシキがナツの家に来た頃はもっと仲よさそうにしていたのだが、いつの間にやらこんな調子だ。
出会った頃と言ってもシキと初めて会ったのは三年ほど前で、ナツが中学に上がるタイミングでこちらに越してきたらしい。
そしてたまたまナツと席が近かったために話すようになった、という感じだ。
あまり積極的に他人と交流しようとしないナツは小学生の頃からあまり友達が多いとは言えず、シキとの仲ばかり深まっていったのだ。
「二人ともお買い物?」
「そうだよ。今年からコナツも中学にあがるからよ、もっと大人っぽい服が欲しいんだってさ」
「ふーん。そうなんだー」
シキがコナツに視線を向けるも、コナツは目を合わせないよう不自然に首を左に向けた。
「ほらナツ、行きましょ。早く服を見て回りたいから」
「え? あ、ちょ引っ張らないで!」
ナツは後ろからコナツに手を引っ張られ、後ろに倒れそうになりおっとっとと飛び跳ねる。
「あ、なっちゃん!」
シキが焦ったような声を上げ、コナツとナツはその場で動きを止めた。
「あの、一緒に買い物って……ダメかな?」
シキが申し訳無さそうな顔でそう言うと、
「はぁ~……」
悪い予感が当たったとばかりにコナツはため息を吐いた。
ファミレスを出た三人は信号を渡り、駅の方向へと向かっていた。
なぜかと言えば、駅に近づけば近づくほど店の数が多いからだ。
「この前出かけたときも三人だったよね」
シキが嬉しそうにコナツに話しかけるが、コナツのほうはあまり嬉しそうな顔をしていなかった。
「この前も私とナツで出かける予定のところを、あんたが飛び入りで参加してきたんじゃない」
シキとコナツに挟まれ、シキを右に置いた形で歩くナツは、遠くを見つめながらなんとなく二人の話を聞き流していた。
「あ、その言い方はもしかして……なっちゃんと二人のほうが都合がいいのかな?」
シキは後半を小声で言ったが、コナツよりもナツのほうがシキとの距離が近いので全く意味がない。気分でやっているような感じだった。
「はぁ!? 意味わかんない! そっちこそ毎回毎回一緒に行きたいってなんなのよ!」
顔を真っ赤にして言い返すコナツに、シキは少し悪そうな笑顔を浮かべた。
「私はなっちゃんのこと好きだから」
「!!?」
コナツは驚きのあまり歩くのをやめてしまった。
え、それ言っていいの!?ナツがすぐ隣にいるのに!?とコナツが心の中で叫ぶ。
ぼーっと歩いていたせいでコナツが止まったことに気づかず進んでいくナツの後姿とシキのにやけ顔を交互に見ながら、コナツは動揺を隠し切れなかった。
数秒ほどしてから、ナツはコナツが自分の隣からいなくなっていたことに気づく。
「ん?」
ナツは後ろを振り向くとコナツを見つけ、「なんだいるじゃん」という顔をした。
「どうしたコナツ? 疲れたならおんぶしてやろうか?」
ナツが口が開きっぱなしのコナツに向かって軽口を叩くと、コナツはそれを無視してナツに質問を投げかける。
「ナツ、今の話聞いてた……?」
ナツはぎくりとした顔をした後、目を泳がせながら、
「えっ、き、聞いてたよ! バカにすんなよ! 俺は二十人の話を同時に聞けるんだぜ! いやぁついに聖徳太子を超越した存在になってしまいましたね」
「本当に聞いてたの」
コナツが真顔で威圧をかけると、
「……すんませんでした。全然聞いてなかったっす」
最初は適当なことを言って誤魔化そうとしたナツだったが、途中で断念し最後には謝ってしまった。
「そ、そう。ならいいわ」
コナツは早足に二人の元へ戻ると、
「さ、行きましょ」
てっきり怒られると思っていたナツは何が起こったかわからず混乱した。
どういうこと?とシキにアイコンタクトするも、シキは右手の人差し指と親指の先をくっつけオッケーサインを出す。
「え、なに? 怖いんだけど!」
「なっちゃんは知らなくていーの」
シキに手を引かれ、意味も解らず再び歩き出すことになる。
シキの手は不自然なほど冷たく、保冷剤のように心地がよかった。