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「季節の流れ」  作者: 海野 幸
第一部 「夏」の世界
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第一章4 『美人とファミレスと嫉妬』

前回は短かったですが今回は長くなりました。

 着替えを済ませた二人はバスで街に向かうべく、家から一番近いバス停へと歩いていた。

 今日も昨日に続いて快晴。清々しいほど太陽の光が辺りを照らしている。

 雨など降る余地もない真っ青な空。まるで他の色を塗り忘れたかのように青一色だった。

「まずどこから回るか決めてるの?」

 隣を歩く妹、コナツからいつもの落ち着いた声が聞こえてくる。

「そうだなぁ、まず腹減ったから適当に飯が食いたいな」

 ナツはそう言いながらポケットから携帯を出し、時間を確認する。

 時刻は十時、ナツが目を覚ましてから二時間が経過していた。

「じゃあ最初はファミレスに行きましょ、その後色んな服を見て回りましょうか」

 それからコナツは冷めた目でナツを見る。

「ついでに、ナツの服ももっとマシなのに買い換えないとね」

「なんだよ、服ならたくさん持ってるから困ってないぞ」

「私が困るのよ! そんなダサい格好されたら恥ずかしくて隣歩けないじゃない」

 ちなみにナツの今の格好は、例の「Ice Evolution」から「愛の証」に変わっていた。

「へぇ、隣を歩きたいみたいな言い方するんだな」

 にやけ顔をしたナツの言葉に、コナツは顔を真っ赤にして反論する。

「なっ、ばっかじゃない!? 兄妹なんだから一緒にどこかに行かなきゃ行けないこともあるでしょ! 私はそういう時のことを言ってるの!」

「何言ってんだよ、お前は俺が守るって言ったろ? 俺達はいつも一緒だぜ(イケボ)」

「キモっ。キメ顔で言われても気持ち悪さは普段と変わらないから。っていうか妹に発情しないで」

「ひどすぎない!? ってか発情してませんって!」

 コナツはすっかりいつもの調子に戻ったようだった。

 いつものように他愛もない会話をしていると、いつの間にやらバス停へと到着していた。

 バス停には誰もおらず、時刻表と青いベンチだけが配置されている。

 家からそう遠くないのでまだそんなに歩いてはいないのだが、ベンチがあって誰もいなければ座るのが普通の考えだろう。

 ナツはそのままベンチに腰を下ろし、次のバスが来る時刻を確認した。

 一方コナツはというと、まだ大人が二人ほど座れるスペースが空いているにも関わらずベンチの後ろに立っている。

「座らないのか?」

 ナツの問いに、コナツは顔を明後日の方向を向きながら答える。

「アンタの横に座るんだったら立ってるほうがマシ」


 全く、強情なやつだな。


「それなら」

 と言いながらナツはおもむろに立ち上がり、コナツの横へと移動する。

「これならベンチに座れるよな」

 まるで紳士のように手を差し出し、コナツに座るよう促す。

「兄貴ぶりやがって」

 憎らしげな声を上げ、コナツは少し顔を赤くしながらベンチに座った。

「優しすぎるのよ、ばか」

 コナツが小声でつぶやくと、内容まではわからないもののナツにも声は聞こえていたらしい。

「何か言ったか?」

「クソ兄貴死ねって言ったのよ」

「……お兄ちゃんファミレス行く前に精神科行ってもいい?」

「だーめ」

 ナツはコナツの背後にいたので気づかなかったが、コナツの口元はわずかながら緩んでいた。





 何分かしてバスが来ると、二人は整理券を取って後ろから二番目の入り口ドア側の席に座る。コナツを先に座らせたのでコナツが窓側、ナツが通路側だ。

 通勤時間を過ぎているせいか、車内にはナツ達を合わせても五人しかいなかった。

 時間の問題があるとはいえ、ここまで乗客がいないのもどうなのだろう。

「人が少ないとゆっくりできていいな」

 ナツが他の客に配慮し小声で話しかけると、コナツも小声で返事をする。

「そうね」

 簡素な返事だったが、ナツにはそれで十分だった。

 朝のように泣き出されるのも、テンションが上がりすぎるのもらしくない。

 これがいつものコナツ。いつものナツの妹なのだ。

 朝のことは全く訳がわからなかったが、持ち直してくれたのならこれ以上何も言うまい。

「ねぇ、本当なのよね」

 これ以上向こうに着くまで喋ることもないだろうと思っていたナツは、内心少し驚いた。

「朝のことか?」

「それ以外に何があるの?」

 着替えの時といい、物覚えのいいコナツにしてはやたら確認が多いなとナツは思った。

「本当だよ。絶対守ってやる。俺に任せなさいな」

「……そう」

 それからは二人が何かを口に出すことはなかった。

 ナツは手に持った整理券二枚を団扇でも扇ぐようにパタパタと振り、コナツは終始窓の外の景色を見つめていた。

 降りるバス停が近づくとナツは財布を取り出し停車ボタンを押す。

 二人が席を立ち、コナツは先にバスを降りた。

「大人二人分払います」

「はいよ」

 ナツの言葉に運転手は返事をし、なにやら機械をいじった後、

「はい、いいですよ」

 その言葉に、ナツは二人分のバス代を合わせた六百二十円を機械に放り込んだ。

 財布をしまって急いでバスを降り、小走りで先に下りていたコナツに追いつく。

 バスを降りた瞬間に蒸し暑さがナツの体を襲ってきた。 

 バスの中はクーラーが効いていたので、外の気温とはかけ離れた涼しさだった。

 暑さのあまり手に汗がにじみ始めるが、それでもナツはこの暑さを気に入っていた。

「最初はー……っと、そう、ファミレスだったな」

「自分で腹が減ったって言ってたのに……」

 コナツに呆れ顔をされ、ナツは返す言葉もない。

 二人は話しながら歩を進めていく。

「あはは、すんません」

 ナツがぎこちない笑顔で言う。

 進行方向を見ると二十メートルほど先のところにファミレスの看板が見えた。

「ちょうど近くにあるみたいだしあそこでいいよな」

 ナツの提案に、

「あの店に行くためにあのバス停で降りたんじゃないの?」

「えっ、そろそろかなって思ったから降りただけなんだけど」

 コナツの呆れ顔がさっきよりもわかりやすくなっている。

「この前も一緒に街来たわよね?」

「あの時は三人だったから……ってのは言い訳になりませんかね?」

「またシキの話するの」

 コナツはさっきとはうってかわってふくれっ面になってしまった。

 シキ――ナツと同じ中学で一緒に同じ高校に上がったナツの一番仲のいい女友達だ。友人の中では一番仲が良く、よく家に呼んだりもしている。

 ナツはそこまでシキの話をしているつもりはないのだが、シキの話になるとコナツは決まって不機嫌になるのだ。

「悪かったって、もうしないもうしない」

 ナツはコナツの機嫌を取るように入り口のドアを開け、どーぞどーぞと言わんばかりにへこへこしながらドアを開けたままコナツの方へ振り返る。

 コナツはナツと目を合わせず店内へ入っていく。

 どうやら時間的な問題で、バスと同じく店にも客はあまりいないようだ。

 その証拠に、名簿に名前を書くまでもなく店員に声をかけられる。

「何名様ですか?」

 出てきた女性店員が意外にも美人で、ナツはわかりやすく鼻を伸ばしながら答える。

「あ、二名様です」

 頭の中がハッピーになってしまい、その反動で日本語までおかしくなってしまった。

「喫煙席と禁煙席がございますが、どちらがご希望ですか?」

「禁煙で」

 アホなナツに変わり、コナツが対応すると、

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 ナツが、右手で進行方向を示しながら進んでいく店員の尻を追いかけると、デレデレのナツが気に入らなかったらしいコナツが思い切りナツの尻を蹴飛ばす。

「あぎゃふ!」

 ナツが痛みによる奇声を上げると店員が慌てて振り返る。

「お客様!? どうされました!?」

 店員に心配されるも、美人な店員にダサいところを見せるわけにはいかないナツは無理をして痛みを我慢する。

「あぅ……大丈夫です………! 任せてください……!」

 もう何がなんだかわからない。

「そうですか? あ、お席こちらになります」

 店員の心配そうな視線を横切ったコナツが席に着く。

 床に這いながらナツも席に着いた。

 ナツはコナツの対面に座ると、痛そうに自分の尻をさすっていた。

「どこか痛むようでしたら遠慮なくお申し付けください」

 もう医者なのか店員なのかよくわからなくなってきた美人さんは、マニュアルにはないであろう言葉を添えてナツたちの席を離れた。

「コナツ……てめぇ……!」

「美人だったわね、さっきの店員さん」

「ええ、それはもう。ってそれとこれとは全く関係ねぇだろ! なんで俺のこと蹴ったのかお聞かせ願おうか!」

「あんたの鼻の下が伸びてたから、あんな美人な人の前でかっこ悪いとこ見せるなんてナツも嫌かなーって思ったから」

 ナツは机を叩きながら立ち上がる。

「だからって蹴らなくてもいいじゃん! お兄ちゃんお尻が痛いな!」

「どうでもいいけど、すごく目立ってるわよ」

 コナツは落ち着いた様子で窓の外を見ながら頬づえをつき始めた。

 ナツが落ち着いて店内を見渡すと、どうやらかなり目立ってしまったらしい。客のほとんどがナツを物珍しげに見つめていた。

「えっへへ、すんません」

 ナツはぎこちなさしか感じない笑い方で繕い、再び静かに席に着くと、

「帰ったらキツいおしおきを覚悟してもらおうか」

「わかったわ。ナツの部屋のクローゼットに隠してあるハードなエロ本をシキに見せればいいのね」

「よし、今日は好きなだけ食べなさい」

「わーい、どれを食べようかしら」

 妹の楽しそうな顔を見て、ナツはつい微笑んでしまう。

「なによ、妹に発情しないでっていつも言ってるんだけど」

「俺はしてないっていつも言ってんだけど!」

 ナツの必死の抗議を無視し、コナツは注文のボタンを押す。

「ちょ、俺まだなんも決めてないって」

 ナツは慌ててメニューを開くも、店が空いているせいで店員がすぐに来てしまった。

 しかもさっきの美人店員だ。

「ご注文お伺いいたします」

 店員に非はないとはいえ、容赦なく注文をきいてくるのでナツはものすごく焦る。

「モッツァレラピザとたらこスパゲティください」

 コナツはメニューを指差しながら注文をした。


 まずい、慌てている姿など美人に見せてたまるものか!


「では、僕もそれを(イケボ)」

 ナツはキメ顔で注文をしたのだが、店員は注文よりもききたいことがあったらしい。

「モッツァレラピザとたらこスパゲティを二皿ずつですね」

 店員は注文を繰り返した後、確認もせずナツに話しかけてきた。

「お尻、大丈夫ですか?」

「あ、はい。いやぁ、心配かけちゃってすみません」

 またしてもわかりやすく鼻の下を伸ばしたナツは、コナツに全力で足を踏まれる。

「ぐぎゃぁ!」

「お、お客様、大丈夫ですか!?」

 テーブルの下で起こっていることなど店員には知る由もない。

 店員が心配してくれたのだが、ナツの耳には届かなかった。

「コナツ!許さん!」

 ナツは目を見開き怒りをあらわにしたが、コナツのほうは落ち着いていた。

 コナツは落ち着いた顔をしながら、

「ん? どちら様?」

「同じテーブルに座ってて赤の他人な訳があるか! なにいまさら他人の振り始めてんだよぶっ飛ばすぞ」

「お客様、おやめください!」

 その声を聞き、ナツはやっとのことでわれに返った。

「はっ! あ、すいませんしょうがない妹で」

 慌てて取り繕うも、時既に遅し。

「あはは……ごゆっくり」

 店員はそう言ってそそくさと店の奥へ入っていってしまった。

 最後に見た店員の顔は、発言とは間反対の「早く帰れ」という表情だった。

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