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「季節の流れ」  作者: 海野 幸
第一部 「夏」の世界
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第一章1 『闇の中の気配』

 翌朝、ナツは妹の元気のいいモーニングコールで目を覚ますこととなった。

「ナーツー! ぐっもーにん! 朝ですよー!」

 いつもは冷静を気取っているはずのコナツが今日は元気よく騒いでいる。それも朝から。

「ほら、起きて! 今日はお出かけに行くんでしょ!」

「はいはい、わかってますよ……」

 ナツが目を開けずにそう答えると、コナツはゆっさゆっさとナツの肩を掴んで揺らし始める。

「起きなさいよ! 今何時だと思ってるの!」

「んー、八時か九時?」

 ナツはいつも六時過ぎには必ず起きるようにしているのだが、なんせ昨日は遅くまで課題と格闘していたのだ。少しの寝坊くらいは考えられるだろう。

 そう思っての返答だったが、コナツはハイテンションでこんなことを言う。

「ぶっぶー正解は午前五時でしたー」

「ふざけんな永眠させるぞ」

 ただでさえ課題に精神攻撃されているというのに妹に追い討ちをかけられてはたまらない。

 朝の眠気から来る不機嫌さと相まって、普段のナツからは考えられない発言が飛び出してしまった。

「だってぇ、ナツと街にいけるって考えたらテンション上がっちゃったっていうかぁ?」

「なにその常識って概念が頭の中に無さそうな喋り方、いまどきの女子高生ももう少しまともな喋り方するぞ」

 一方は深夜テンション、もう一方は目を開けていない状態で中身のないやりとりがなされている。

「朝からお兄ちゃんに文句言われるとかまぢちょべりばー」


 なるほど。うざさに拍車がかかってきたな。


 きっと明日のことを考えていたら寝られなくなり、深夜特有の変なテンションになってしまったのだろう。

「ほらコナツ、朝からあまり騒ぐのも良くない。せめて騒ぐのはもう少し後にしよう」

 ナツが目を閉じたまま招くような仕草をする。

「え、は、恥ずかしいよぅ……」

「初夜みたいな反応をするな」

 コナツを自分の隣に寝かせ、それからゆっくり頭を撫でる。

 ナツの指の間をコナツの綺麗な髪がすり抜けていく。

 しばらく撫で続けるとコナツはすっかり静かになっていた。

「……やっぱり俺の妹は可愛いぜ」

 小さな声で、誰に言うでもなくつぶやいた。

 ナツがここまで育ってきたのはやはりコナツの存在あってのことだ。

 たった二人で生きてこれたのは二人の心が硬い絆で繋がり、通い合っているからに他ならない。

「ってか可愛すぎない? 心だけじゃなく肉体も俺の硬いので繋がっちゃおうか?」

 妹の寝顔を見て発情なんて、コナツが起きていたら今頃タコ殴りにされていることだろう。

 兄妹とはいえさすがに女子中学生と同じベッドで寝ることに抵抗を感じたナツは、部屋を出てリビングのソファで寝ることにした。

 コナツを起こさないよう静かに部屋を出たナツは、リビングに向かうべく階段へ向かう。

 五時といえばまだ暗い時間帯だ。

 電気をつけなければほとんど前が見えないので、スイッチがついている階段のところまで探り探りに歩いていく。

 右手で壁を触り壁伝いに階段のところまで来たナツは、そのままスイッチを入れようとするが、

「―――ん?」

 手の動きを止め、後ろを振り返る。


 なんだ、この気持ち悪さは。


 暗がりで何も見えないが、おそらくこの闇の中に誰かがいる。

 息遣いが聞こえているわけでも、物音がしたわけでもない。

 言うなればナツの第六感がそうだと感じ取ったのだ。

 ナツの部屋ではコナツが寝息をたてている。こいつをこのままにしておくわけには絶対にいかない。

 手元のスイッチを入れ、相手の位置を捕捉した瞬間に走り出すことにしよう。

 ナツの足音が聞かれてこちらの存在がバレているかもしれないが、だからこそ一瞬でたたみかける必要がある。

 ナツの冷静な判断力がここぞとばかりに発揮される。

 10秒ほどイメージトレーニングをしたのち、ついに動き出す決心をする。


――行くぞ、不審者め。


 ナツは右手で構えたスイッチを押し、全体を見回せるよう顔の向きを変える。

 スイッチを入れてから一瞬のラグがあり、明かりが照らされる。

「僕の存在に気づくなんて、やっぱり君はなかなかやるね」

 !!

 声にならない驚きの変わりに、ナツの目はいつもとはうってかわって見開いていた。

 電気が点き、直後にナツは気持ち悪さの原因を視界に捉えることに成功した。

 だが、そいつはナツの目の前にいたのだ。鼻息がかかるくらいの距離まで顔を近づけ、ガラス玉のような瞳を見せつけるかのように見開き笑っている。

 その整った顔立ちが、恐ろしさを増大させていた。


 やばい。とにかくこいつはやばい。


 ナツの直感がそう告げていた。

 心臓を鷲掴みにされたかのように胸の中が痛む。

 恐怖に思考を支配され使い物にならなくなった頭は、次にどうすべきか考えることもできなかった。

 ナツは訳もわからず後ろに飛び退こうとするが、自分の真後ろに壁があるせいで背中を強くぶつけただけになってしまう。

 その直後、

「ぐおぁぁぁぁぁぁっ!」

 ナツは腹に激痛を覚え、壁に背中を擦り寄らせながらへたりこんでしまった。


 痛え。痛え痛え痛え痛え。


 痛みの原因を突き止めようと腹を見ると、そこには黒いナイフの柄のようなものが生えるようにしてその存在を主張している。

 「Ice Evolution」と大きく書かれた水色のシャツにだんだんと赤が混ざり変色し始めた。

 ナツは刺された下腹部の上を強く抑え、唸るような声を上げながら痛みに耐える。

 なぜ刺された箇所ではなく傷の上なのかというと、まだ腹にはナイフが刺さったままだからだ。

 傷口がだんだん熱くなっていくのを感じる。

 ナイフを引き抜こうにも、これ以上の痛みが襲ってくるかと思うととてもそんな気にはなれない。

 第一痛みからくるものなのだろうか、ナツの手には力が入らなかった。

「今日は少し様子を見に来ただけだったんだけど、気付かれちゃあしょうがないよね」

 少し高めの中性的な声が聞こえる。

「後始末だけちゃんとしておけば何も言われないよね」

 激痛にもだえながらナツを刺した少年の足元を見ていると、どうやら相手は二人いたらしい。

 もう一人は階段を上がって来たかと思うと、

「さぁな。どちらにしろ私は無関係だ」

 少女のような透き通る声でそう言い放つ。


――クソ、なんだよ。片方をなんとかしたところでもう一人いちゃあ勝ち目がないぜ。


 意識が朦朧とし始め、パニックだった頭も一周回って冷静になってしまったようだ。

「すまんな。こいつが無駄死にさせてしまうようで」

 少女のほうはこちらを見下ろし謝罪を始めた。

 言っている間にナツの視界はちかちかと爆竹が弾けるように光りだす。


 そんなのいいから助けろよ……。


「ふざ………けんな……………」

 最後に二人の顔を拝んでやろうと見上げると、少女のほうに目がいった。

 髪は胸の辺りまで伸びていて、顔のほうは……コナツ?

 目つきの鋭さも、綺麗に通った鼻筋もコナツのように見える。


 そうか。これが走馬灯。


 自分の死が迫っているのを感じながら、ナツの視界はだんだん暗転していく。

「コナツ……逃げろ………」

 完全に真っ暗になる前にこんな声を聞いた。



「――――それじゃあ、また明日ね。」

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