プロローグ 『普通の日常』
初めて自分で小説を書きます。
誤字脱字など発見しても大目に見ていただけたら幸いです。
蝉の声、蒸されるような暑さ、風鈴の音。
その全てが鬱陶しいながらも好きだ。一年中暑い日が続いているとさすがに飽きてくる人も多いと思うが、ソファに横たわりながらぐったりと天井を眺め、テレビの音を聞いている少年――ナツは全くそんなことはなかった。
特に見た目に特徴があるわけでもなんでもない、強いて言うなら周りよりも少し身長が低く、半開きで覇気を感じない目をしているくらいの普通の高校一年生。
彼は何よりもこの暑さを気に入っており、雨が降ったりして肌寒い日はどうにも元気が出なくなってしまうくらいにこの暑さが好きなのだ。
毎日暑ければ毎日アイスをおいしく食べられるし、最高だとすら思っている。冷蔵庫に入れていない食べ物が早く饐えてしまうなんてことはアイスをおいしく食べるための犠牲になるなら仕方がないし、アイスは饐えたりしない。
「ちょっとナツ、アイスが切れちゃったんだけど。今から買ってきてよー」
薄手の水色をしたワンピースを着ている、妹のコナツからけだるげな声が聞こえてくる。
コナツは今年から中学一年生にあがったばかりで、ナツに似て少しきつめの目をしている。ショートヘアがよく似合っていて整った顔立ちをしているため、結構モテる。
どうやらコナツは、声の方向からしてキッチンにいるようだ。
「あんだけあったのにもう切れたのか? 俺まだ三本くらいしか食べてないんだけどな。ってか、コナツさん? あなたが今咥えてらっしゃるのはなんですか?」
黒い半袖Tシャツに茶色の半ズボン、お世辞にもオシャレだとは言えない格好をしているナツが体を起こしながら言うと、コナツは口に咥えた棒状のものをかじり手に持った。
「見てわかんないの? アイスよアイス。あたしが食べてるので最後だから切れたって言ったの、頭使いなさいよ」
「アイス切れるとか以前に俺がキレそうなんですが」
「うるさいわね、休みなんだしさっさとスーパー行きなさいよね」
ふと見ると、キッチンの前に配置してある大きな長机の上に数個の氷と麦茶の注がれたコップが置いてあった。
「冷たいねぇ、アイスだけに」
コナツは目を細め、「何言ってんのこいつ」とでも言いたげな顔だ。
「何点ですか」
「マイナス200点」
「えっ、何でそんなことに?」
寒いギャグだというのはナツだって言う前から解っていたが、さすがに酷評し過ぎだろう。
「まずギャグが寒いのでマイナス50点、服がダサいのでマイナス50点、妹を性的な目で見たのでマイナス50点、ナツだからマイナス50点」
「性的な目で見たりしてません! ってか最後なによ!」
ナツはソファから立ち上がり抗議する。
「ナツは気持ち悪いからどんなに面白いギャグを言ってもマイナス50点よ」
「100点のギャグを言ったら何点になります?」
「その他の要素でマイナスじゃなくても50点かしら」
「50点満点ということで考えればいいのか……」
「勘違いしないで。さっきの採点もそうだけど1000点満点だから」
「うわっ……私の点数、低すぎ…?」
コナツは兄に対しての当たりこそ強いものの、気が利くし優しいので二人は他の家の兄妹よりも断然仲がいい。
喧嘩などほとんどしないし、したところで二分もすれば仲直りしてしまう。
妹に理不尽なことを言われても笑っているのが仲がいい証拠だ。
「その麦茶、あんたのなんだけど」
コナツがキッチンの前の長机に置いてある麦茶を指差しながらそう言った。
ナツは手を伸ばし、麦茶を手に取りながらコナツに向かって言う。
「用意が良いな、ありがとう」
ナツが麦茶を一気飲みすると、
「……今日はいつもより暑くなるらしいから、玄関に帽子置いといたわよ」
「ありがとう、行ってくるよ」
ナツは少し恥ずかしそうに言うコナツの頭を撫でる。
「っ! さわんな汚いわね! 死ねシスコン! 早く行きなさい!」
「へいへい」
なんだかんだ妹が大好きなナツは財布を手に取り、こぼれる笑みを堪えながら玄関を出た。
昼過ぎの太陽が頭上からナツをを照らしている。
コナツの用意してくれた黒い野球キャップを被ったナツは強い日差しを受け、その暑さ故に胸の中は謎の高揚感で溢れていた。
――こんな日が毎日変わらず続けばいいのに。
道路に立ち込める蜃気楼を眺めながらそんなことを考えていた。
暑くなった道路と太陽の両方から炙られながら、普通の人間なら足を引きずりながら歩くであろう今の状況で、ナツは足を高らかに上げ、気分良く進んでいく。
しばらく太陽の神秘を体で感じながら歩を進めると目的地であるスーパーの見える道まで出た。
中に入るためそのまま進んでいたナツは目の前のスーパーにいつもより多くの人が来ていることに気づく。
いつもは四割ほど空いているところがある小さな駐車場も、今日は見た限り満車のようだ。
「なぜだろう?」と思いつつ自動ドアが開くのを待ち店内に入ると、店の中はクーラーが効いていてとても涼しく少しの間立ち止まる。
確かに夏の暑さは好きだが、ただ蒸し暑いのが好きというわけではない。こんな風に暑い世界から一転して涼しさに溢れる世界へと足を踏み入れる瞬間もとても好きだ。
自分が立ち止まっていたことに気がつきかごを手に持つと、目の前に張ってある広告が目に入った。
『GWセール 全品5%OFF!』
ポップな字体で書かれた広告を見て、なぜ今日に限って大盛況なのかを理解した。
今日は4月30日、GW二日目である。
昨日は高校でたんまりと出た課題を終わらせることに必死になっていたせいで今が長い休みだと言うことを忘れていたのだ。
昨日一日を使って課題をやったにもかかわらず課題が半分も終わらなかったことを思い出し、少しだけ危機感を覚えながらアイスコーナーへと向かう。
駐車場で見たとおり、店内は大盛況のようだった。
いつもはすっからかん……とまではいかないものの、決して客が多いとは言えないこのスーパーにこんなにも人がいると、失礼な話だがなんだか違和感を感じる。
こんなにも客がたくさんいるとアイスも無くなっているかと思いきや、そんなことはなかった。
理由は簡単だ、客の量に対応するようにアイスの並ぶ量も増えていた。
冷凍庫の端でものすごい存在感を放っている「銀杏アイス」の量がそれを物語っている。ってかアイスに銀杏ってなによ。
端に配置されている地雷は見なかったことにして、左手に持っているかごに選んだアイスを入れていく。
ナツはどんなアイスでも同じように好きで、特別これが好きだというものはないが、コナツはそうではない。嫌いなアイスはないのだが、なぜか棒状の折って二本の状態にして食べるアイスをえらく気に入っているのだ。
既に両親のいないナツの資金はどこから出ているのかといえば、それは母親の兄妹である伯父さんからだ。毎月生活費を渡しに家にまで来てくれるし、ナツの進学の金まで出してくれた。
そんな伯父さんから受け取った金なのであまりホイホイと使うわけにはいかないのだが、アイスは別だ。毎日暑い日が続く中でアイスの一つも無ければ干からびて死んでしまうことだろう。
適当に色々なアイスをかごに詰め込み、棒状のアイスの量をかご半分くらいにしてから会計を済ませ店を出た。
店の入り口付近でコナツに帰る連絡をしようとポケットに手をやってから携帯を家においてきたことに気づく。
いつも半開きの目がさらに細くなり、
「やっべ……」
小さくこぼしてからアイスの詰まった袋を両手に持ち、帰り道を歩き出した。
「遅い! 何してたの!」
「いや、アイス買ってたんですけど」
玄関のドアを開けると、目の前には仁王立ちしたコナツがいた。
「『スーパー着いた』とか! 『これから帰る』とか! 『今502歩目』とか連絡しなさいよ! 心配したんだから!」
「携帯忘れたんだ、悪かったって……ん?心配したって言ったか?」
「!!」
「今日は珍しくデレるんだな」
「うるさい! あんたの心配じゃなくてアイスの心配したの! ばーか! 死ね!」
「はいはい、アイスが溶けますよーっと」
そう言って、ナツは靴を脱ぎ、家の中へと入っていく。
袋いっぱいに詰められたアイスを慣れた手つきで冷凍庫に入れていく。
二つある冷蔵庫のうちアイス用になっていた方がいっぱいになってしまったのでもう一つの冷蔵庫にもに入れ、やっとのことで入れ終わる。
一段落ついたところで、キッチンの前にある椅子に座り込んだ。
「にしても携帯どこにやったんだ?」
机の上、キッチン、ソファと携帯を探していき、ソファに乗っていたクッションをどけると、ようやく携帯を見つけられた。
あったあったと携帯の画面をつけると「コナツさんから着信があります。」という文字が画面の一番下までびっしりと表示されていた。
無論、スクロールするとまだまだ表示されていく。
「あはは、ヤンデレかな? 愛されるお兄ちゃんはつらいですな」
軽口を叩きながらロックを解除すると、「4月30日」の文字が目に入る。
昨日一日を課題消化に使ったことと去年のGWに課題が終わらず半ベソかきながら机と向き合ったことを思い出し、軽く身震いをする。
明日はコナツと街に出かける約束もしてしまっているのだ。怠けている暇などない。
結局ナツはせっかく買ってきたアイスを食べることもなく自分の部屋に戻ることになった。
課題も終わるかどうかわからないし、部屋に戻る途中すれ違った妹には「明日の約束、忘れてないでしょうね」と変に圧力をかけられるしでナツの心はボロボロである。明日朝起きたら毛が全て抜け落ちている可能性すらある。
机の上に山積みになっている課題たちを見つめながら、GW明けは何人が廊下に立たされることのなるのか……などと考えて現実逃避に浸る。
幸い苦手な世界史の課題は昨日で全て終わらせておいたため、今日は昨日ほど頭を抱えずに済むだろう。
「昔の人たちは何であんなに覚えにくい名前なんですかね、遠い未来への嫌がらせかな?」
虚しい独り言を言いながら椅子に座り、シャープペンを持つ。
そして、明日は服を買いに行くんだっけ、さてコナツにはどんな服が似合うだろうと考えながら国語のテキストへ書き込み始める。
自分のファッションセンスが皆無なのも忘れて。