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異世界への帰郷  作者: 蟻塚ハチ
5/8

5 野営地にて

 明け方、空がほんの少し白み始めた頃。


 私は野営のテントから抜け出した。

 森の中はまだ暖かい方だった。

 テントを出てしまえば、冷たい風が肌を刺す。

 

 寒さにやっぱりテントの中に引き返そうかと悩んでいると、少し離れた所にいる見張りは私に気付いたようだった。

 頭を下げただけで何も咎めなかった。


 360度見渡せば、昨夜やっとのことで逃げ出してきた森と、ひたすら続く平野が広がっている。

 平野の先には、街らしきものがある。

 風景に混じって、誰かの後姿が見えた。


「関島さん、何してるんですか」


 歩み寄って、呆れながら声をかけた。


 昨夜、金髪の外国人と私が発見した時、関島は高熱で意識が朦朧とした状態だった。

 急ぎ、外国人の男の馬でこの野営地まで運び込んだ。

 怪我の治療をして、熱を下げる薬草を飲ませて、やっと一息ついたのはもう夜遅くの事だったのだ。

 あれから数時間しかたっていない。


「寝てなくて大丈夫ですか」


 振り返らない関島に並んで、横顔を覗き込む。

 関島はぼぅっとした表情で、私をちらりと見てからまた前方を向く。

 

「街が、見える」


 生気のない声だった。


「そうですね。詳しいことは私もまだ聞いていないんですが」


「……頭が痛い」


 熱もまだ下がりきっていないのだろう。

 目の焦点が合っていないように見える。


 ひよこを撫でるような優しい手つきで関島の肩に触れれば、ふらふらとよろける。

 とても頼りない。


「戻りましょう。外は冷えます」


 体調が悪いと不安になりやすい。

 目が覚めて状況が分からず、混乱したのかもしれない。

 そう考えると、起きた時に傍にいてやれず、申し訳なかったと思う。

 私は慰めるように優しく言い、関島に肩を貸した。


「悪い……」


「いいですよ」


 怒れらたりするのは大嫌いだった。


 今は、関島に怒鳴られたい気分だった。 

 











 再び目覚めた時、空は大分明るくなっていた。

 テントの入り口は空気の入れ替えの為か、開け放たれている。

 そこから朝日が射し込んでいた。


 私は目だけを開けて、身動きせずに辺りを伺う。

 すぐ横にある怪我人用の寝台の縁から、関島がこちらをじっと見下ろしていた。

 いつから見ていたのだろう。


「おはようございます」


 朝の基本は挨拶だ。


「顔に土がついてるぞ」


「あれ?」


 早朝のことを思い出す。

 関島を怪我人用のテントに連れ戻って寝台に寝かせた。

 それから、そのすぐ横の地面で、丸くなって眠りについたのだ。

 こういう時は狼の姿の方が楽なのだが、いつ事情を知らない人間が入ってくるとも知れないので、そのままの姿で眠った。


 顔や体についた土を払いながら立ち上がる。

 いつの間にか被っていた掛け布がさらりと落ちた。

 それを拾って、足の筋を伸ばし、姿勢を起こしながらぐいっと伸びもする。

 私の方は全快だ。


「体の調子はどうですか」 


「足が死ぬほど痛いな。体もだるいし、全身がずきずきする。振り落とされた時に打ち付けたせいじゃないか」


「うん、大丈夫そうですね」


 外で話した時は酷い状態に思えたので、これなら大丈夫だと安心する。

 私がほっとして相好を崩すと、顔面に枕が飛んできた。


「話を、聞け」


「聞いていますよ。痛いなぁ」


 枕が顔の辺りから落下する前にどうにか掴んで、寝台に戻す。

 掛け布はもう汚れてしまっているので、手に持ったままだ。

 それを持ち上げて、ゆらゆら揺らす。


「あ、これ、ありがとうございます」


「放っておけばよかったな。お前は、風邪を引きそうにない」


「確かに。骨折で死にかけてたのに、私を優先してくれるなんて……」


 自分の分の掛け布を私にくれたようだった。

 感謝しているのに、関島がまた枕を持ち上げたので、私は咄嗟に顔を庇う。

 予想の衝撃が来ない。

 私は腕の合間からそっと様子を伺った。


「お前、わざとやっているだろう」


 関島は枕を下ろして呆れた顔をしていた。

 とんでもないと首を振る。


「元気そうだな」


 くつくつという笑い声がした。

 2人の人間がテントの中に入ってきた。

 金髪の外国人が、後ろに1人引き連れてやって来たのだ。

 少し緊張する。


「はい、おかげさまで」


「それは良かった。君の方はどうだ」


 外国人はそう関島に声をかける。

 関島が上半身を起こすのに、私は手を貸した。


「随分と良くなりました。昨夜は、助けて頂いて有難う御座いました。一時は死ぬものと諦めていたので、感謝してもしきれません」


 関島は改まった様子で丁寧に礼を述べた。


 私は憮然とする。

 あの時、命がけで関島を守るつもりでいた。

 それなのに死ぬと諦めていたと言うのか。


 むすっとする私の頭に、関島は手をぽんっと乗せた。

 

「大した事はしていないさ。感謝するというなら、これからの人生を大事に生きてくれ」


 からりと笑うその顔には、恩に着せるような様子は微塵もない。

 関島の手がするりと私の頭から降りていった。


「……有り難いお言葉です」


「堅いな。先程のようにもっと気軽に話してくれて構わないんだ」

  

「いえ」


 関島は控えめな笑みを浮かべて、謙虚に振る舞った。


 私は先程から、もう何十回と、これは誰だろうという言葉を頭の中で繰り返している。

 

「さて、お腹が空いただろう。あまり美味しいと言えるものでもないが、食事にするといい」


 後ろに器を乗せたトレーを持って控えていた若い男が前に出てきて、寝台の横にある台に食事を置く。

 何かのスープと硬そうなパンが2人分乗せられている。

 それらを目の前にすると、私のお腹が鳴る。


 関島は溜息をつき、外国人の男と食事を運んできた男は、おかしそうに笑った。


「もう少し消化しやすいものを用意したかったんだが、旅程がずれこんでいてな。こんなものしか用意できなかった。すまないな」


「いいえ、十分です」


「はい、美味しいですよ」


 私はスープを飲みながら言った。

 関島に腹の辺りを手の甲ではたかれる。

 外国人の男がまた笑う。よく笑う男だ。


「いい、いい、食べてくれ。その為に用意したんだ」


「有難う御座います。遠慮なく頂きます」


 関島はゆっくり頭を下げた。

 外国人の男はそれに頷く。


「それで、食べながらで構わないんだが、このまま幾つか聞きたい事がある。いいか?」


「勿論です。俺達の方も、教えて頂きたい事がありますから」


「そうか……悪いな。先程も言ったように、旅程が随分遅れている。今日の午後にはここを発たなければならないんだ。その前に確認しておきたくてな」


 外国人の男はそう言ってから、傍に控えていた若い男に目配せする。

 若い男は見本のような礼をし、テントの外へ出て行った。


「……では、聞くが」


 若い男の姿が見えなくなったのを見届けてから口を開いた。

 私は、それまでの流れを傍観しながら、硬いパンを食いちぎっている。


「副団長殿。それには私も混じらせて下さるんですよね」


 女性がテントの中に入ってくるのが見えた。

 ふわりと何か甘い匂いが漂ってくる。

 私は意識せずに鼻をくんくんとならしてしまう。


「ニコラ様」


 外国人の男は女性をそう呼んだ。



目標は完結させることです。

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