5 野営地にて
明け方、空がほんの少し白み始めた頃。
私は野営のテントから抜け出した。
森の中はまだ暖かい方だった。
テントを出てしまえば、冷たい風が肌を刺す。
寒さにやっぱりテントの中に引き返そうかと悩んでいると、少し離れた所にいる見張りは私に気付いたようだった。
頭を下げただけで何も咎めなかった。
360度見渡せば、昨夜やっとのことで逃げ出してきた森と、ひたすら続く平野が広がっている。
平野の先には、街らしきものがある。
風景に混じって、誰かの後姿が見えた。
「関島さん、何してるんですか」
歩み寄って、呆れながら声をかけた。
昨夜、金髪の外国人と私が発見した時、関島は高熱で意識が朦朧とした状態だった。
急ぎ、外国人の男の馬でこの野営地まで運び込んだ。
怪我の治療をして、熱を下げる薬草を飲ませて、やっと一息ついたのはもう夜遅くの事だったのだ。
あれから数時間しかたっていない。
「寝てなくて大丈夫ですか」
振り返らない関島に並んで、横顔を覗き込む。
関島はぼぅっとした表情で、私をちらりと見てからまた前方を向く。
「街が、見える」
生気のない声だった。
「そうですね。詳しいことは私もまだ聞いていないんですが」
「……頭が痛い」
熱もまだ下がりきっていないのだろう。
目の焦点が合っていないように見える。
ひよこを撫でるような優しい手つきで関島の肩に触れれば、ふらふらとよろける。
とても頼りない。
「戻りましょう。外は冷えます」
体調が悪いと不安になりやすい。
目が覚めて状況が分からず、混乱したのかもしれない。
そう考えると、起きた時に傍にいてやれず、申し訳なかったと思う。
私は慰めるように優しく言い、関島に肩を貸した。
「悪い……」
「いいですよ」
怒れらたりするのは大嫌いだった。
今は、関島に怒鳴られたい気分だった。
再び目覚めた時、空は大分明るくなっていた。
テントの入り口は空気の入れ替えの為か、開け放たれている。
そこから朝日が射し込んでいた。
私は目だけを開けて、身動きせずに辺りを伺う。
すぐ横にある怪我人用の寝台の縁から、関島がこちらをじっと見下ろしていた。
いつから見ていたのだろう。
「おはようございます」
朝の基本は挨拶だ。
「顔に土がついてるぞ」
「あれ?」
早朝のことを思い出す。
関島を怪我人用のテントに連れ戻って寝台に寝かせた。
それから、そのすぐ横の地面で、丸くなって眠りについたのだ。
こういう時は狼の姿の方が楽なのだが、いつ事情を知らない人間が入ってくるとも知れないので、そのままの姿で眠った。
顔や体についた土を払いながら立ち上がる。
いつの間にか被っていた掛け布がさらりと落ちた。
それを拾って、足の筋を伸ばし、姿勢を起こしながらぐいっと伸びもする。
私の方は全快だ。
「体の調子はどうですか」
「足が死ぬほど痛いな。体もだるいし、全身がずきずきする。振り落とされた時に打ち付けたせいじゃないか」
「うん、大丈夫そうですね」
外で話した時は酷い状態に思えたので、これなら大丈夫だと安心する。
私がほっとして相好を崩すと、顔面に枕が飛んできた。
「話を、聞け」
「聞いていますよ。痛いなぁ」
枕が顔の辺りから落下する前にどうにか掴んで、寝台に戻す。
掛け布はもう汚れてしまっているので、手に持ったままだ。
それを持ち上げて、ゆらゆら揺らす。
「あ、これ、ありがとうございます」
「放っておけばよかったな。お前は、風邪を引きそうにない」
「確かに。骨折で死にかけてたのに、私を優先してくれるなんて……」
自分の分の掛け布を私にくれたようだった。
感謝しているのに、関島がまた枕を持ち上げたので、私は咄嗟に顔を庇う。
予想の衝撃が来ない。
私は腕の合間からそっと様子を伺った。
「お前、わざとやっているだろう」
関島は枕を下ろして呆れた顔をしていた。
とんでもないと首を振る。
「元気そうだな」
くつくつという笑い声がした。
2人の人間がテントの中に入ってきた。
金髪の外国人が、後ろに1人引き連れてやって来たのだ。
少し緊張する。
「はい、おかげさまで」
「それは良かった。君の方はどうだ」
外国人はそう関島に声をかける。
関島が上半身を起こすのに、私は手を貸した。
「随分と良くなりました。昨夜は、助けて頂いて有難う御座いました。一時は死ぬものと諦めていたので、感謝してもしきれません」
関島は改まった様子で丁寧に礼を述べた。
私は憮然とする。
あの時、命がけで関島を守るつもりでいた。
それなのに死ぬと諦めていたと言うのか。
むすっとする私の頭に、関島は手をぽんっと乗せた。
「大した事はしていないさ。感謝するというなら、これからの人生を大事に生きてくれ」
からりと笑うその顔には、恩に着せるような様子は微塵もない。
関島の手がするりと私の頭から降りていった。
「……有り難いお言葉です」
「堅いな。先程のようにもっと気軽に話してくれて構わないんだ」
「いえ」
関島は控えめな笑みを浮かべて、謙虚に振る舞った。
私は先程から、もう何十回と、これは誰だろうという言葉を頭の中で繰り返している。
「さて、お腹が空いただろう。あまり美味しいと言えるものでもないが、食事にするといい」
後ろに器を乗せたトレーを持って控えていた若い男が前に出てきて、寝台の横にある台に食事を置く。
何かのスープと硬そうなパンが2人分乗せられている。
それらを目の前にすると、私のお腹が鳴る。
関島は溜息をつき、外国人の男と食事を運んできた男は、おかしそうに笑った。
「もう少し消化しやすいものを用意したかったんだが、旅程がずれこんでいてな。こんなものしか用意できなかった。すまないな」
「いいえ、十分です」
「はい、美味しいですよ」
私はスープを飲みながら言った。
関島に腹の辺りを手の甲ではたかれる。
外国人の男がまた笑う。よく笑う男だ。
「いい、いい、食べてくれ。その為に用意したんだ」
「有難う御座います。遠慮なく頂きます」
関島はゆっくり頭を下げた。
外国人の男はそれに頷く。
「それで、食べながらで構わないんだが、このまま幾つか聞きたい事がある。いいか?」
「勿論です。俺達の方も、教えて頂きたい事がありますから」
「そうか……悪いな。先程も言ったように、旅程が随分遅れている。今日の午後にはここを発たなければならないんだ。その前に確認しておきたくてな」
外国人の男はそう言ってから、傍に控えていた若い男に目配せする。
若い男は見本のような礼をし、テントの外へ出て行った。
「……では、聞くが」
若い男の姿が見えなくなったのを見届けてから口を開いた。
私は、それまでの流れを傍観しながら、硬いパンを食いちぎっている。
「副団長殿。それには私も混じらせて下さるんですよね」
女性がテントの中に入ってくるのが見えた。
ふわりと何か甘い匂いが漂ってくる。
私は意識せずに鼻をくんくんとならしてしまう。
「ニコラ様」
外国人の男は女性をそう呼んだ。
目標は完結させることです。




