4 助け
こちらを狩ろうと、闇の中にぎらぎら光る目が、私の動きを追っている。
私も同じように目の前の獣から視線を逸らさない。
奥から更に後続が数頭、姿を見せ始める。
仲間がこれ以上、増えない内に、目の前の敵を片付けるのがいい。
私は地を蹴り、獣たちに襲いかかった。
しかし、走り続けた疲労は足に蓄積されている。
思う程の速さも、力も出ない。
一頭の胴に喰らいついたが、暴れられて止めを刺すことが出来ない。
獣の牙が私の腹のかすめ、肉をこそぎ取って行く。
噛み付いた一頭に止めを刺さない内から、別の獣が私を喰らい殺そうと疾走して来ていた。
咥えているこの獣を盾にする。
あわよくば、突進して来る獣の角が、この盾を破壊してくれればいい。
しかし事態はそう上手く運ばなかった。
私の牙から逃れようと暴れる獣の、長い角が私に腹に刺さる。
感触から貫通したのが分かった。
『ぅぐっっ!!』
くぐもった声が漏れる。
噛み付き捕らえていた力が緩み、それを機に獣は私の牙から逃れてしまう。
腹には自由になった獣の角が刺さったままで、更に刺し殺そうと前進してくる。
もう一頭の獣も、目の前に迫っていた。
それをどうにか切り抜けるため、目前の獣の喉笛に噛み付こうとした時のことだった。
突然、その獣の姿がかき消える。
いや、実際に消えたわけではないとすぐに分かった。
上空に向かって何かが一閃した。
光を追って上を見ると、上下真っ二つに分かれた獣の体が地面の落ちてくるところだった。
『っつ!!』
腹に衝撃があった。
私を刺し殺そうとしていた獣も、いつの間にか半分に切り裂かれた状態になっていた。
私は腹に刺さったままの獣の角とその上半身を、後ろ足で蹴り腹から引き抜く。
馬鹿馬鹿しくなる程の痛さに、死んだ方が良いのではないかとも思った。
すぐ様かぶりを振る。
目前の危機は脱したが、新たな未知の敵が現れたのだ。
そんな弱気なことを考えている暇はない。
一体先ほどの光は何だったのか。
少し離れたところで、また獣の断末魔が聞こえた。
それが数回繰り返されて、差し迫って排除すべき獣の気配は全て潰えた。
獣を瞬く間に狩り終えた者が、こちらに歩いてくる。
私が絶対的信頼をおいている、生き物の気配を感じる能力。
呼吸、音、匂い、体温、それらを感じとる力。
それが反応を示さなかった。
私の感覚はそこに誰も居ないと言っているのに、僅かな月明かりを反射する細長い武器と、それを手に持つ人間の姿が、私の目には映っている。
そう、いとも簡単に獣を屠ったのは、たった一人の人間だった。
その人間は歩いてこちらまでやって来ると、その手の武器、剣を構えて、すっと音もなく切りかかってきた。
少し遅れて私は回避行動に移る。
一撃目はなんとか、避けることが出来た。
二撃目、三撃目と、猛追を受ける度、速さが増しているような気がする。
これだけ避けることが出来たのは奇跡に近い。
本当に辛うじて、当たらずに済んでいるだけだ。
次は駄目だ。次は刺されて死ぬ。
そう絶望的なことが脳裏をよぎった時、はっと気付いた。
この人間は、私が獣の姿をしているから敵とみなして、襲いかかっているのではないか。
そう思うが早いか、私は剣を避けて、空中を翻ったと同時に、人間の姿に戻って叫んだ。
「私は人間ですっっ!!」
着地の衝撃は獣の姿の時とはやはり違う。
しかも、腹を角で貫かれた傷はそのまま残っている。
気絶したいほど痛いが、気力で耐える。
予想は当たっていたようだ。
人間は、剣を振り下ろすのをぴたりと止めた。
性別は男だ。
髪は金髪、目は碧いので、外国人だろう。
背は関島よりも高い。
全身を覆うマントのせいで分かり辛いが、その下に着ている衣服がやけに古めかしい。
ファンタジーや海外の歴史物の小説や洋画で出てくるような服装だ。
「……人間?」
外国人の容姿で日本語を話しても、服装が奇抜でも、銃刀法に違反していたとしても、私は大したことではないと笑い飛ばせる。
生きているのだから。
「そうです。人間の女の子です」
力強く言った。
腹が痛い。
男はしばらく硬直していたが、驚きから冷めると、視線を横に逸らしながら近寄ってきた。
羽織っていたマントを脱ぐと、私の体にかける。
全裸だったので、助かったと、それを有りがたく受け取る。
「すまない。怪我をしているのではないか」
「大丈夫です」
欠片も大丈夫ではない。
腹に穴は空いているし、細かい傷で血だらけだ。
しかしそれは、この外国人のせいではない。
それに、少しすれば勝手に治ると経験上、知っていた。
男は一瞬、鋭い目付きをした。
けれど何も言わず、腰の辺りに巻きつけた鞄から白い布を取り出して、私に差し出す。
「しばらく、傷口に巻いておくといい。何もしないよりはましだろう。顔の血も拭っておきなさい」
顔も体も、獣と自分自身の血にまみれて酷い有り様だ。
私は素直に男から白い布を受け取り、そのうちの一枚で顔の血を拭い取った。
男に借りたマントの下で、もう一枚の白い布を適当に、腹に括り付ける。
「色々と聞きたいことはあるが、とりあえずこの森を離れよう。腹の治療もそれからだ」
腹を貫かれたのは見られていた。
大丈夫と言い張ったところで、結局そうなるようだ。
「近くに馬を止めている。そこまで移動するが」
「馬……」
馬で移動をする。
私は、色々な感情を押し込めて、素直に関島を助けられるかもしれないと、喜ぶことにした。
極度の緊張状態から解放されて、気が抜けていた。
気配を感じない男からは、目を逸らさないようにしているつもりだったが、気付けばすぐ傍に男が立っている。
ごく自然な様子で私を抱え上げようとするので、慌ててその手を逃れた。
「あ、歩けます。大丈夫ですから」
「子どもは大人に甘えるものだ」
本気で逃れようとする私を、静かな動作で苦もなく捕まえる。
抱え上げる時も、腹の傷に触らぬようそっと、しかし逃がさぬよう素早く。
私はそんな人間に出会ったことがなかった。
男は私の敵う相手ではない。
そんな男に抱え上げられるなど、恐ろしくて息も吸えない。
「私は、子どもではないです」
「女性ならば、なおのこと男に甘えていればいい」
甘く微笑まれて、言葉を失った。
同時に脱力する。
何を言っても駄目だ。
時間を無駄にするだけだと判断する。
この手の人間は苦手だった。
「あっ、待って下さい。連れがいるんです」
男が歩き出したので、慌てて止める。
「仲間がいるのか」
「はい、あっちです」
私は一方を指差した。
「……分かった。行こう」
男は私を抱えたまま、移動する。
獣と争う間に随分、距離を移動していたようだ。
関島の元に辿り着くまでの時間がやけに長く感じた。
抱えられて緊張しているせいかもしれなかった。




