偽らざる肢(あし)
僕は秀司さんの足が好きだ。だが彼の膝より下には何もない。生まれつきだそうだ。
子供の頃は車椅子で過ごしていたそうだが、僕が初めて彼にあった頃にはもう、義足をつけて方々を走り回っていた。
彼はちょっと変わっている。猫を見ると突然追いかけまわしてみたり、一緒に歩いていたはずがいつの間にかいなくなっていて、数メートル戻ったところにある雑貨屋で何かくだらないものを真剣に見つめていたり、いきなり立ち止まってノートにゆがんだ文字でメモをびっしり取ってみたり。だけど一番『変わっている』のはやっぱり彼の足だと思う。
秀司さんの義足は擬態をしない。肌色ではなく鋼色で、形はササミのようではなくパイプ状、カメラの一脚がその見た目に一番近いかもしれない。仕事の時などはスーツに隠れてしまってほとんど判らないが、休みの日となると夏でもロングブーツを履いてその辺を闊歩する。足とブーツの隙間はどうしているのかというと、何か所かを細いベルトでギュッと縛ってしまうのだ。夏にロングブーツを履いても平気なのは僕らの特権だ、とよく言っている。
それでも義足と膝のあたる部分はずいぶん汗をかく。歩き回ってベッドにぐったりと寝ころんだ彼の義足を外してやるのは僕の役目だ。膝を濡らしたタオルで拭うと、気持ちがいいと言って僕の頭をグシャグシャに撫でる。そのままベッドにもつれ込んで、子供のくすぐりっこみたいにお互いあちこちを触り合う。秀司さんは膝で僕の股間をつつくのがお気に入りらしい。僕も嫌いじゃない。だけど、
「ね、あっちの方の足でやってよ」
僕は彼の無機質な足の感触がたまらなく好きなのだ。秀司さんは「仕方ない」という顔をして、ガチャガチャと義足を取り付ける。そして、夏の日差しで生暖かくなった足の裏で、巧みに僕を愛撫した。いつか、こっちの足でしてる時はどう感じているのかと聞いたことがあった。結論から言うと間接的に膝で感触を味わっているらしい。けど彼にしてみればこっちの足でもあっちの足でも膝で感じることに変わりないのだから、直接触れる方がいいそうだ。
ちょっと不満そうにしている彼に「じゃあ、いいよ」と言って鋼色の足を外す。じっとりと汗をかいた彼の膝を包み込むように撫でてやると、秀司さんは全身を震わせた。
「ねえ、いつも思うんだけど、君、僕の足だけが好きなのかい」唐突に秀司さんが言った。
不安そうな彼の言葉に僕は驚いた。だけどちょっと意地悪な気分になったので、
「そうだよ」と言ってみた。すると彼の瞳にうっすらと涙が浮かんだ。それを舌で嘗めとって、
「でも同じくらい、秀司さんのそういう所、好きだよ」
とたんにホッとしたような顔をする秀司さんは、本当に子供みたいだ。彼の背に腕を回す。背骨のくぼみをなぞると彼はまた震えた。
「ねえ、秀司さん。僕も秀司さんの足みたいになりたい」
とたんに秀司さんがギョッとしたような顔をした。彼の表情で言葉足らずだったことに気付いて、慌てて訂正した。
「僕らの関係を隠さずにいれるようになれたらな、って思ったんだ」
僕の腕の中で、秀司さんが小さく「ウン」と言った。
<おわり>