7.滅びの世界に芽生える、新たな秩序。
星が落ちた衝撃で、火山が噴火したのだろう、草原に、森に、帝都に、灰の雨が降る。それは太陽遮り、夜が明けても、薄暗い世界を作り出していた。
まるで明けぬ夜のように、空は滅びの風を受けとめて、白く黒く舞い落ちる。
灰色の視界に覆われながらも、ソウライは帝都を脱出した。森で仲間と落ち会うためだ。
帝都では、崩れた家の前で立ちつくす者や、家財を運び出している者を見かけた。ここで起こったことは、悲惨であったことを物語っていた。
「トウカ、無事に脱出しているといいのだが……」
無事な姿を見るまで、その不安は付きまとう。ソウライは最悪の事態だけは考えないようにしていた。
権力を示すために造られた立派な石造りの神殿は、帝国の崩壊を示すかのように瓦礫の山となった。
星が落ちた時、トウカはまだ神殿にいたはずだ。計画では事が終わったら、広場を陣取り、星が落ちるのを待つこととなっていた。そこにいたのならば、瓦礫の下敷きになることは避けられるからだ。何事もなく予定通りに進んでいることを願い、ソウライは森を目指した。
森へたどり着くと、すでに人が集まり、小さな集落となっていた。
帝都を逃れたマ人たちも森へ逃げ込んだようだ。布で屋根を張りその下で灰の雨を避けていた。
ヤ人もマ人も未曾有の災害の前にして、目立って対立する気配はなかった。ソウライは、そのマ人の集団から視線をそらす。あの中には、目的の人物はいないのだ。
森の周囲に臨時に作られた集落に帝都で戦った者たちも続々と戻って来ている。しかし、その中にトウカの姿はない。
「トウカは無事だろうか」
なかなか再会できない恐怖は、ソウライの心臓を別の生き物のように収縮させる。親しい者を失ってしまうのは嫌だ、と。
探し回っていると、少ないながらも情報が入る。
ソウライは怪我人が治療を受けているという場所を知り、祈るようにそこへ向かう。
あまり考えたくはないことだが、トウカが傷を負っているのならば、そこにいるだろう。
治療所にも人があふれていた。
星の衝突の影響だろうか、飛ばされてきた木や小石によって、屋根や壁には、小さな穴が空いていた。穴の開いた壁から、室内の光がうっすらと漏れている。
部屋は怪我人であふれかえっていた。床には藁で編まれた簡単な寝床が敷かれている。傷を負った者も多いのだろう、重い空気の中に血の臭いがかすかにする。
ソウライは一歩、踏み出した。散乱した藁が、湿った鈍い音を立てる。重々しい音である。
ソウライは怪我人の列を見渡し、目的の人物がいない人を確かめ、次に部屋を見渡した。治療の邪魔にならぬよう気をつけながら、トウカがいないか、探し回った。
「あ、トウカ!」
治療小屋の隅にトウカの姿があった。ソウライは駆け寄った。
「だ、大丈夫?」
彼女が自分で施したのだろうか、腕には布が乱暴に巻きつけてあった。
「治療は?」
「もっとひどい者を優先させている。私は腕が痛いだけだ。さほどひどい怪我ではない。ここでじっとしていれば、問題はない」
「腕が痛いだけって……」
木が添えられているということは、そこそこ重傷ではないだろうか。
「それはそうと、君は怪我はないのかい?」
「僕は大丈夫」
「それは良かった。帝国の暴虐から解放されたのに、君がそれを謳歌できないのでは、悲しいからな」
辛いであろうにもかかわらず、他人を思いやる余裕がある。
そんな様子のトウカに、ソウライは思った。トウカは、相変わらずだな、と。
「そうだ。包帯を巻き直そうか。少しはましになるはずだ」
まず何をするにも、その怪我を治してからだ。ソウライはそう言って、友人に手を差し伸べた。
「ああ、頼む」
トウカはソウライの手をとった。
「怪我が治ったら、気ままに旅でもしようか」
「それは素敵だな」
隠れ住んでいたときには出来なかった事、やりたい事、明るい未来に思いをはせる。
もう彼らは、帝国に怯えながら隠れて暮らす必要はない。自由なのだ。
空は塵に覆われ、未来の見えない暗雲がたちこめてはいたが、新しい時代の光は、確かに射していた。