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6.時は満ち、天から降り注ぐ、宙のイシ。

 路地裏の掃除もほどほどにして、ソウライは空から神殿を見張っていた。


 神殿の広場で、トウカ率いる部隊が勝利を収めたのを見届けると、神殿から離れようと舵を切った。


 ふと、神殿の片隅にあった立派な馬車のひとつに人が集まっていることに気がついた。

 豪華な馬車、神殿から逃げ出そうとしている、このふたつの情報から導き出されるのは、ただひとつ。間違いなく国を動かしていた貴族や王族に匹敵する地位の者が乗っている。ヤ人(やと)迫害の首謀者、即ち敵だ。彼らは、トウカたちの部隊が討ち逃したのだろう。


「何が、(まこと)なる人、マ人の国だ。そんなもの」

 ソウライは、神殿に巣くう敵を誰一人として、逃がすつもりはなかった。



 ソウライは、見つからないよう空から降り、そうっと近づいた。

(彼らは何を話しているのだろう)



 彼らは語る、この地を去り、他の国へ行くことを。そして、この地が復興した時、またお世話になろうと企んでいることを。

 語るその男たちの笑みは邪悪だった。


 彼らが噂を広めた者だったのだ。彼らが富を得るためだけに、栄えるためだけに、国とそれに敵対する者を生み出し、安寧を謀っていたのだ。

 彼らが元凶だったのだ。

 彼らの蒔いた(うわさ)を帝国の無能な支配者どもは信じ、ヤ人狩りが始まった。


 その噂さえなければ、故郷は滅ぶことはなかった。

 ソウライは、その悪夢をいまだに見ていた。

 彼は今、故郷を消した原因を敵とみなした。

 彼らの会話は、ソウライに次なる行動を実行させるのに充分だった。


(お前らのせいで、僕の故郷は……お前らが、本当の悪魔だ!)


 ソウライは剣を握りしめ、一番偉そうなその場を仕切っていた男――今まさに馬車に乗ろうとしていた帝国の予言者だった男に、向かって突進した。

「うおおおおおお!」


「ヤ人!」

 突然の襲撃者に、慌ただしくなる。

「早く出発なさい!」

 撃退することよりも、逃げることを優先させている。こんなところで、足止めされている時間はないのだ。神殿の広場にいるのならとにかく、建物の立ち並ぶ場所にいることは危険なのだ。星が落ちる前に、安全な郊外へ抜けなくてはならないのだ。


「逃がすか」

 ソウライは動き出そうとする馬車の幌に飛び乗った。馬車を引く馬の足を狙い、小刀を投げる。

 足を傷つけられた馬は走ることができずに、倒れこむ。馬車は横倒し、民家へ突っ込んだ。

 民家へ衝突する前、ソウライは馬車から飛び降りた。大通りの真ん中に降り立ったので、怪我はない。

 ソウライは穴の空いた壁から目を離さず、剣を構える。

 馬車が横転し民家に突っ込んだにも関わらず、大通りに人影はない。今夜は大切な儀式があると伝えられているので、家に引きこもるように命ぜられているのだ。


「奴らだけは許さない」

 壁に衝突したくらいで死ぬとはおもえない。ソウライは彼らにトドメをさそうと、砕けた馬車へ近づこうと一歩、踏み出した。




 ――その時、世界が変わった――




 空がぼうっと激しい光が、現れたのだ。

 ソウライは歩みを止め、空を見上げる。


「星が……」

 白い尾を引き、龍のように空に光の弧を描いている。

 夜だというのに、昼のような明るさが帝都を照らす。建物の、樹木の、すべての影が右から左へと移動して――世界は、再び暗闇に包まれた。



 そして――

 ――闇の中に龍に似た雄叫びがこだまする。


 ついに星が落ちたのだ。



 ――大地が揺れた。右へ左へ波打つように。

 揺れに耐え切れなかった石造りの建物たちが崩れる。瓦礫が、大地の揺れに踊り、降り注いだ。

 それは一瞬の出来事であるが、非常に長い時間続いたように感じた。




 揺れが収まり、あたりは静まりかえる。視界を遮っていた土煙も落ち着き、帝都の惨状が明らかになる。

 馬車の衝突した民家は、大地の揺れに耐え切れず崩れている。あたりを見渡せば、いくつかの建物が瓦礫となっていた。


 大通りの真ん中にいたおかげだろうか、ソウライは崩壊に巻き込まれることなく、瓦礫の前に立っていた。


ソウライは、民家だった物の下敷きになっている馬車に近づいた。

「助けてくれ」

 瓦礫の下から、声が聞こえる。覗きこめば、男が一人、閉じ込められていた。。

「誰が、お前なんか助けるか」

 ソウライは吐き捨てる。良い様だ、という思いが感情を支配している。


「……今、マ人たちは烏合の集です。そんな哀れな彼らを導き、支配し、次なる君主として、あなたがたヤ人が立つのです。そのお手伝いをする準備が、わたくしたちにはあります」

 予言者は自らが助かるための命ごいを、誘惑する言葉を持ちかける。

「どうです? 次の王はあなたが成ってみては? さぁ、手を取りなさい。ヤ人の子よ」

 甘い言葉は紡がれた。


「そんなもの、そんなことをして手に入れた力なんて……偽りだ」

 ソウライは否定の言葉を、剣を持って返す。

 鈍い感触が剣から伝わってくる。より強く、より深く、剣を押し込んでいく。


「ぐふぁ……わ、我が一族、に……栄光、あれ!」

 瓦礫の暗闇は沈黙した。

 ソウライは剣を引き抜いた。崩壊した帝都に用はない。何事もなかったかのように、歩き出す。


 ソウライの去った後――乾いた風だけが、いつまでも宵闇の帝都を駆け巡っていた……。

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