5.繁栄と滅亡、歴史は繰り返してきた。
「気高き白き翼の蛇様の帰還は間近。我らが真なる人、マ人による正しき治世を」
白い蛇をかたどった杖を天高く掲げ、予言者は儀式の開始を告げる。
今度行う大規模な儀式は、目の前に来る滅びの運命を変えようとするもの。その日、その時に行われるのには意味があった。
――そう、その時、星は落ちるのだ。この大地に。
その瞬間、儀式を行うことにより、星はケガレを滅ぼし、世界は更なる栄華を帝国にもたらすのだ。
「贄をつれてきなさい。では、王はこちらへ」
予言者は王を祭壇の前に促す。
この特別な儀式では、国を背負う王自身が神への供物を奉げる。代々伝わるという黒き鏡の剣をもって、贄の心の蔵を祭壇に奉げるのだ。
しかし、贄が現れるはずの出入り口には、だれも姿を表さない。
「どうしたのです? 早く贄を」
しかし現れたのは、息も切れ切れの帝国兵であった。
「た、大変です。奴隷が反乱を……」
帝国の命運を占う神聖な儀式の最中だというのに、邪魔が入ったらしい。
「王、ここは危険で……」
彼からその次の言葉が出ることはない。首から上が突如なくなったのだ。
「何者だ!」
王は叫ぶ。
「これから死すべき者に名乗る名などない」
トウカ率いるヤ人たちが、儀式の間に終結する。皆、血にまみれ疲労も見られるが、士気は高い。
「誰か! 誰か!」
王は叫ぶが、何者も助けに現れない。
多勢の暴力の前に、王は成す術もなく死んだ。それは、あっけのない幕切れであったが、今ここで千年続いた帝国の歴史は閉じたのだった――
「さて。王が死んでは、この国も終わりですね。時期、星も落ちる。さて、私は雲隠れとしましょう」
異常をすばやく察知した予言者は、壇上の混乱を利用し、祭壇裏の隠し通路から脱出を図っていた。
元より帝国に尽くす忠義はなかった。帝国に寄生し甘い汁を吸っていただけなのだ。
帝国が滅ぶ今、運命をともにする理由はない。
予言者は合流した一族の者を引き連れ、帝都からの脱出を試みていた。
「海をまたいだ遥か遠い地に、都合のよい文明があることを報告いたします」
分家の一人が言う。彼ら一族は天の運航だけではなく、地の図も把握しているのだ。
「今度はそこへお世話になりましょうか」
彼ら一族は、卓越した技術と情報を持って、力ある国の懐へ入り込み、私服を肥やしてきたのである。
「では、そのように手配します。星が落ち、大地が落ち着き次第、船を呼びなさい」
分家の男は、配下の者にそう命じる。
落ちそうな星を見上げ、予言者は未来を占う。
「今度は、ヤ人たちが国を興すかもしれませんね」
国は滅びたが、民はいる。人類が存在する限り文明は興り、発展する。
国を滅ぼした一族たちが、次なる支配者になることはままあることだ。
「ならば、百年もすれば、この地の文明も再び、ほどよく育っているでしょう」
この地は資源も豊かだ。隕石落下の傷が癒えれば、発展することは間違いない。
「我々の目に適うよう育ってくれると良いのだが」
歴史を重ねる中で生まれくる永遠の繁栄を求む欲深き者たち。そんな彼らに、甘言を与えれば、暮らしに困ることはない。政に呪いが入り込む余地がある限り、深く根付くことができるのだ。
「では、頃合を見て、種を仕込みましょう」
権力に寄生する一族たちは、確定している未来のごとく、言葉を連ねる。彼らにとって、国は財を収穫する畑でしかないのだ。
「さて、行きましょうか」
滅びた国に用はない。帝国の予言者だった男は、新天地に思いをはせて、黒い笑みを浮かべた。