2.野を支配し、真を求む人。
――空を飛ぶ人は、もはや人ではない、悪魔である。
彼らのその瞳は、満月のように赤く輝き、闇夜と共に行動する。
彼らは妖しげな術を使い、時に化け物に変化し、空を自在に舞い、そして血の海を渡る。
何よりも恐ろしいことは、彼らはその力を持って世界を破壊するのだ。
彼らは、悪魔である。
彼らは、危険である。
彼らの存在は、厄災である。
世界のために、彼らは狩らねばならない。
「星界の導きに従い、我らが神をまつる神殿にて悪魔の民であるヤ人をニエとして捧げ、天に祈るのだ。さすれば、悪魔に汚染されし大地は浄化され、さらなる繁栄が約束されるだろう」
帝国の予言者は、民の前でそう演説する。予言者は星から運命を読み解き、この世界に訪れつつある破滅を回避する術を民に伝える者である。
最近の異常気象、飢饉、疫病、まるで世界が終焉に向かうかのような自然の様子に人々は恐れおののいていた。この世界に厄災をもたらしているのは悪魔の民によるもの、彼らがいる限り世界に平穏が訪れることはないのだ。
神の名の元に、彼ら元凶をこの大地から滅さねばならない。
悪魔の民として恐れられるヤ人は、聖なる儀式によって神へ命を捧げることで、その邪悪な魂が救われる。悪魔の民によって汚された大地を浄化するため、帝国はヤ人を神へささげるニエとして儀式を行ってきた。
「どうして、やつらを根絶やしにできない?」
予言者の演説を観覧しながら、帝国の王はいらだちをみせる。
野に住まうヤ人は、帝国に組しない野蛮な民である。今なお牙を向き、闘争本能のままに帝国を滅ぼさんとしている、最も危険な一族だ。神の導きにより彼らに天罰が下り、その数を減らすことに成功したが、その残党が森に潜んでいるのである。その悪魔の民が存在する限り大地は汚れ、破滅はより確実に帝国を蝕んでいくのだ。
「そ、それは、やつらは逃げ足が早く、森に身を隠されるとやっかいなため……」
控えていた討伐隊隊長は、うろたえる。ヤ人は、森を味方とする。彼らの領域に立ち入るのは、容易ではなかった。
「ならば森に神に清められた火を放ち悪魔の民を、焼き殺せばよいでしょう? 儀式にはヤ人の数体もいれば支障はないのですから、それ以外はニエにもなれないゴミです」
演説を終えた予言者は、そう言葉を進言する。
すべてのヤ人は滅さねばならなかったが、それを神殿で行わなくとも良いのである。
神殿で捧げるニエは月に数人程度でよく、神殿で行う儀式だけでは、到底狩りつくせないのである。儀式に使う十分な量のヤ人を常に補充する必要はあったが、だからといってヤ人を多く捕らえてもそれは邪魔にしかならないのだ。
「しかしそれでは……」
森を焼き払うことには、どうしても賛同できなかった。森は帝国にも恵みをもたらす。その森を焼くことは、帝国にとって損失ではないのだろうか。
最近の帝国は、何かがおかしい。森を焼くことも厭わず、必要以上にヤ人を迫害する。何かに追い詰められたかのように怯え、徐々に自らの首を絞めているよう思えてしまう。
「確かあなたは、何度かヤ人を狩り損ねていましたね。あなたの代わりはいくらでもいるのですよ?」
王は隊長を責めたてる。それを言われると彼は次の句が継げなかった。王の命令は絶対、逆らうことは許されないのである。
「どんな手を使っても良い。帝国の更なる繁栄のため、ヤ人を狩り尽くしなさい」
王はそう命じる。悪魔の民を絶やさぬ限り、帝国に安寧はないのだ。
「は! 我らマ人に、我らが帝国に、永遠の繁栄を!」
命を受けた隊長は、心にちいさな不満を抱えながらもそう頭をたれた。
「あの者は信頼できるのですか? 市井の出と聞きますが、果たして、あのような大役をこのまま任せるても良いのでしょうか」
予言者は言う。
「忠誠心は厚く、部下からも信頼されている。ヤ人討伐隊の中でも一、二を争うほど腕は確かだ。だがしかし、詰めが甘いのだ」
ヤ人とはいえ子供には、甘くなってしまうらしいのだ。
「……その『やさしさ』が、命取りにならなければいいのですが。あの男にとっても、この国にとっても」