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ノースは力に自信はないが、隠れる事には自信があった。
毎日、毎日、父から隠れ、息を潜め、父の不興を買わないように暮らしてきた。
空気のように存在しないかのように。
そのおかげで、ノースは魔物と一回も戦うことなく魔王城に辿り着いた。
ここまではノースの思った通りに進んだが、最大の誤算が魔王城で待っていた。
「何故、誰もいない……?」
ノースが魔王城に入った時、中はどこも無人だった。他の魔物と戦う実力のないノースにとって、魔王以外の魔物に遭遇しないのは好都合だったが、魔王までいないのでは意味がない。
玉座の間に辿り着いたノースは、玉座までの長い階段を上る。百段近い階段を上りきると、中央にイスが置いてあるのが見えた。
「これが魔王の玉座か……」
背もたれとひじ掛けだけのシンプルな作りの普通のイスだった。もっと禍々しい雰囲気の物を想像していたノースは、意外だなとまじまじとイスを見る。ぐるっとイスの周りを見て正面に戻った。いくら見てもイスはイスである。
「案外小さいんだな」
このサイズなら魔王は人間と変わらない体格なのでは、と考えながらイスに触った瞬間、ノースは悲鳴を上げ、身体をのけ反らした。
「ぐあああぁぁぁ」
ノースの身体に電撃が走る。イスに触ると電気が流れる仕組みになっていたのだ。
のけ反ったおかげでイスから手が離れたが、ノースが受けた衝撃は相当なものだった。
のけ反らせた身体を解く事も出来ず、ノースの身体がぴくんぴくんと動き勝手に後退りをする。やっと身体から力が抜けた時、ノースの後ろに倒れられる床はなかった。
玉座まで続いていた長い階段を、ノースは転げ落ちた。電撃による衝撃のせいで受け身を取る事も出来ない。
階段を最後の段まで転がったノースに、起き上がる力は残っていなかった。背中を打った反動で咳が出て、大量の血をともに吐き出す。
こんなはずではなかった。
こんな無様な死に方をする為にここに来たのではなかったのに。
ノースには目的があった。
魔王に殺されるという目的が。
魔王討伐には褒賞金とは別に、弔慰金が出ていた。魔王と戦って敗れた者は、見せしめとして城に送られてくる。そうやって送られてきた者は、魔王に少なからず報いたとして弔慰金が家族に支払われた。それは、借金を全額返済してもマリアが一生を暮らすのに十分な金額だった。
もう先がないと感じたノースは、マリアだけでも幸せになってほしいと願い、ここまでやってきたのだ。
だが、これでは金が貰えない。
自分の不運を呪い、脳裏をよぎるマリアにノースは詫びた。
「ご、めん。マリア……」
誰にも届くことのない声が、広い部屋に虚しく消えていく。
「死に、た……くない……」
力なく瞼は閉ざされ、ノースの頬を涙が伝った。