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僕の太陽  作者: たま
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4話:弟の恋愛事情

 司は姉のことが嫌いだった。


 昔はそうではなかったような気がする。

 そうだ。むしろ、昔は姉のことが好きだった。


 しかし最近では姉を見ていると苛々することが多くなってきていた。

 頭は悪いし泣き虫だしなにより人一倍どんくさい。

 そのくせ何かというと司の心配ばかりする姉がうっとうしくて仕方がなかった。



 苛々する。



 思わず零れ出た言葉は本音そのものだった。

 リコがそれを聞いてショックを受けるであろうこともわかっていた。

 それなのに実際リコの悲しそうな顔を見るといっそう苛立ちが募る。


 くそ。

 司は苦々しいものが胸中に溢れ出るのを感じていた。



 だから姉とは「これ以上」関わりたくないのだ。

 そう思った。





「あの、犬丸君」

ヘッドフォンの向こうから聞こえる小さな声に、司は振り返った。

「おはよう。いい天気ね」

「……ああ、おはよう、日比谷」

 同級生の日比谷あかりは嬉しそうに微笑む。小走りにやってくると、司の隣に並んだ。

司はそのまま前を向こうとしたが、ふと気づいてヘッドフォンを耳からずらす。 そうして首にひっかけたまま音源を落とした。

 日比谷あかりは声が小さい。音楽があってはその声はほとんどと言って良いほど聞こえなかった。

 ちらりと司を見上げるとはにかんだようにかすかに頬を染めた。

「……何? 」

「あの、犬丸くん昨日の約束覚えてる? 」

「ああ、うん」

司は下駄箱を開けながら頷いた。ああ、そういえば。

「あの、あたしお弁当を作ってきたの。美味しくないかもしれないけど……」

「いや、ありがとう」

 さらりと言うと、あかりはさらにその頬を赤らめる。

 そうして昇降口からクラスメイトが入ってくるのを認め、じゃあお昼にね、というと去っていった。

「おーい、司あ! 」

直後、背後からいきなり背中をどやしつけられ、司はうるさげに視線を移した。

「おいコラなんだよ、なんであの日比谷がお前と昼の約束なんかしてんの? 」

「……」

「あ、こら無視すんな! 」

 すたすたと歩き始めた司を追いかけたのは、クラスメイトの神埼だった。

高校入学時からのクラスメイトである神崎は慣れた調子で司と歩調をあわせる。

「日比谷って美人だかんなあ。俺的にこの学年でナンバーワンだと思ってんだけど。あ、何、お前まさか日比谷狙いだったの? 」

 どんだけレベル高いんだよ。何やらぶつぶつとぼやいている神崎に、司はヘッドフォンを耳につけながら答えた。

「昨日告られた」

「……へ?え、っておいおいまたかよ……」

神崎が思い切り顔をしかめる。

「くっそー。世間の女子は見る目がないにも程がある。男は顔じゃねえっつの!ハートだっつの!なんでこんな冷血漢がいいんだよ。馬鹿だ、ほんっとうに女は馬鹿だ! 」

 大声で叫ぶ神崎にすれ違う女生徒が冷ややかな目をむけていく。

 しかし神崎はそれに気づくようすもなく地団太を踏み続けている。

 多分そういうところが女にもてない原因のひとつだ。

 そうは思ったが、司は忠告などという面倒なことはせずにあっさりと前を向いた。

面倒なことは何より嫌いだった。


「で、なんだよ付き合うことになったってのか? 」

 しかし神崎はそうではないらしい。

 おせっかいで、他人の事情にすぐに首を突っ込みたがる少年は、にやにやしながら司と肩を並べた。

「いや」

「え、じゃあなんで昼飯の約束なんかしてんだよ」

「試しで一ヶ月付き合うことになった」

「え」

 神崎が目を見開いた。

「あの日比谷が?自分からそう言ったのかよ」

「ああ」




 昨日、司が断ろうとすると日比谷あかりは瞳を潤ませた。


 お願い、一ヶ月でいいの。あたしとつきあって。

 それで駄目ならあきらめるから。


 日比谷あかりは学年でも有名な美少女だった。顔立ちは文句なしに整っていて、頭も良い。

1年の時はクラスの委員長を務めていた。

話したことはあまりないような気がするが真面目な性格であることはなんとなく知っている。



 性格はともかく、司は生まれつき女性に好かれやすい顔立ちを持っていた。

 それ故にこれまで女生徒にいわゆる「告白」をされたことは幾度となくあったし、実際に何人かは交際したこともある。

 しかしそれはすべて短期間で終わっていた。

 そうしているうちに学んだことは、いわゆる「遊び」の方が自分には向いているということだった。

 どうやら司は女性にのめりこむタイプではないらしい。

 好きにもならない。嫌いにもならない。

 極めて淡白に相手を見ることしかできなかった。

……いや、違うな。

 そこまで考えて司は自嘲的な笑みを浮かべた。


 誰よりも「苛立つ」人物なら、いる。





「おい、日比谷は真面目なんだかんな。あんまり可哀想なことはすんなよ」

 神崎がかすかに声のトーンを落とす。

 もっともだ。司は思った。

 日比谷あかりは今までの女生徒とは違う。遊びではすまされない。

 ……それに。



「ああ」

司は答えた。

「とりあえず一ヶ月。好きになれるかどうか試してみるよ」

「……お前ってさあ」

神崎が大きくため息をついた。

「そういうとこはさ、男としてマジ最低だな」

「ああ」

司は窓ガラスの外に瞳を向けた。

空は高く晴れ渡っている。


「俺も本当にそう思うよ」



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