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僕の太陽  作者: たま
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プロローグ

挿絵(By みてみん)





 繰り返し見る夢はいつも赤い色で覆われていた。



 夢の主である少年はその場から逃げ出そうと必死にもがく。

 しかしその足は床に縫いとめられたようにぴくりとも動かなかった。


――怖い。


 少年は震えた。


――いやだ。怖い。

――怖い。怖い。



 震えながら自分を取り巻く赤い色を見る。

 それは嫌になるほど見覚えのある景色だった。

 目を閉じればその度に浮かぶ。

 眠るたびにその光景は蘇る。



――たすけて。


 ただ、ひたすらに怖かった。

 がたがたと震えながら少年はもがく。

 この場に居てはいけない。居ては怖いものを見ることになる。



「おかあさん」

 少年は呼ぶ。声が、震えた。


「おとう、さん」

 しかしそれに答える声は、もうどこにも存在してはいなかった。


 12歳の少年はその日に家を……そして「家族」を永遠に失った。


「誰か」


少年は叫ぶ。


「誰か、たすけて……」



 赤い、赤い景色。

 すべてを焼き尽くす赤い色。


 怖い、怖い。


 怖い。






「司くん!」


 自分を呼ぶ声に瞳を開けるとそこには制服を着た少女の姿があった。



「司くん……し、しっかりして……」


 涙でぐちゃぐちゃになった顔を隠そうともせずに、少女はひたすらに自分の名を呼んでいた。

 何度も何度も。懐かしい、その「声」で。


「司くん……」




 少女が大きくしゃくりあげる。

 そうすると大きな瞳から零れた涙が少年の頬にぱたぱたと落ちてきた。



「リコ、おねえちゃん……? 」



 少年は姉の顔をぼうっとみつめた。

 眩むほどの光が目に痛い。

 その光を背負って自分を覗き込んでいるひとりの少女。

 その声は、少年の耳に優しく染み込んできた。

 握られている手のひらからは柔らかな感触が。

 そうして零れ落ちてくる涙からはあたたかさが。



 ふいにある言葉が頭に浮かんだ。

 遠い昔、名前も知らない人に教わったその言葉。


―――梨子はね、僕の……。





 それからというもの、少年―――犬丸 司が覚醒している時には、いつも姉が側に居た。



 白い壁に囲まれた部屋はひどく息苦しく薬臭かった。

 しかし姉はその空気をもろともせずに入ってくるといつもにこにことしていた。

 小さな頃からリコはそういう少女だった。

 いつものんきそうに幸せそうに笑っている。


……お姉ちゃんにはあんまり悩みっていうのがないんだろうなあ。


 子供の頃の自分がそう思っていたのを司は覚えている。




「司くん、聞いて! 」

 リコが頬を紅潮させて部屋に飛び込んできたのは、司が入院してもうじき一ヶ月になろうかという日のことだった。


 リコは心底嬉しそうに微笑みながら、ベッドの上に放り出されていた司の手をぎゅうと握った。


「もうじき退院してもいいんだって! もうね、怪我の具合もいいからって先生からお話があったんだよ」

「退院……」

 鸚鵡返しにつぶやき、司は姉を見返した。

 何がそんなに嬉しいんだろう。ぼんやりとそう思う。

「……どこに帰るの?もう、僕には帰る家なんてないって、聞いたよ……」

 ただ事実である事柄を告げると、リコはほんの一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべた。

 しかしすぐにいつものように微笑む。

 そうして司の手をさらに握った。

「司くん、わたしこの間「まかせて」って言ったでしょう? 」

「……でも」

「あのね、ふたりで住めそうな家をみつけたの! 」

 司はぎょっとして姉をみつめた。

「家って……お姉ちゃん、今入っている高校の寮は? 」

「あのね、二部屋しかないんだけどなんとか住めそうなんだよ。司くんはこれから中学生なんだし勉強をたくさんしないと行けないだろうから一部屋あげるからね」

 リコはあくまでにこにこしている。

 しかし司は息を呑んだ。慌ててベッドから身を起こし、17歳の少女の顔を覗き込む。

「お、お姉ちゃん、もしかして高校……」

「……え、ええと……う、や、辞めちゃったの……」

 言いにくそうにリコは答えた。司はぽかんとする。

 しかしその答えが意味することを察するのはたやすく、司は自分の鼓動が段々早くなってくるのを感じた。

「お、お姉ちゃん……まさか、僕の所為で……」

 司の言葉にリコはおおいに慌てたようだった。

「そ、そんなんじゃないよ! つ、司くんは関係ないんだからね! 」

 実に下手な嘘だった。

 リコは司がそう思ったのを感じたのだろう。とりつくろうように慌てて口を開く。

「ええと、わたし勉強って苦手だし、ちょうど良かったの。数学とか本当にわからなかったし、英語だって……。う、嘘じゃないからね」


 あわあわと言葉を並べるリコを見ながら司は小さく俯いた。

 目を閉じると今でも赤い景色が蘇る。

 夢の中と同じような苦しくて熱い、あの禍々しい色。

 怖くて辛くて苦しい。

 誰かに助けて欲しい。

 助けて欲しくてたまらない。

 だけど、と思う。

 これはリコには「関係の無い」ことだった。

 自分と血の繋がりのないリコに助けて欲しいなど言えない。

 おとうさんもおかあさんも居ない今となっては、自分はリコを助けることも出来ない。

 司はながいまつげにおおわれた瞳を伏せる。そうして思った


……いっそあのまま、自分が……。


「い、嫌だよ」

 はっとして瞳を開けると、リコが潤んだ瞳で司を見つめていた。

 自分は考えを声に出していたのだろうか。

 そう思う間もなくリコは言葉を紡ぐ。

「……わ、わたしは、司くんがいなくなっちゃうのは絶対に嫌だからね」

 司はぽかんとした。

 考えていることを見抜かれて言葉を失う。

「司くんは……わ、わかってないかも知れないけど」

 ついに笑うふりをしていたリコの瞳から涙がぼろぼろと零れだした。

 色気もなにもない泣き方だった。

 リコは子供のようにしゃくりあげながら司の手を痛いぐらい握りしめる。

 そうして大粒の涙をこぼしながら、必死に言葉を紡ぎだした。


「わ、わたしは、わたしは……つ、司くんが生きていてくれて嬉しい……本当に嬉しいんだからね……」


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