窓の魔法
それは私が師匠から教わった魔法の中で最も悪辣で最も恐ろしい魔法だった。
『窓の魔法』
師匠はそう名付けて呼んでいた。
『大したことない魔法だよ。ただの初級魔法。子供でさえ使えるよ。最も維持するのには相応の魔力が必要だけれどね』
師匠はこの魔法を子供を喜ばせるために作ったという。
きっと、そうなのだろう。
なにせ、この魔法は子供の喜ぶ要素ばかり詰まっているのだから。
「空間を指定する」
ぽつりと牢獄で呟く。
あの日、師匠が教えてくれた手順を。
「大きさはいくらでもいい。けど、私は窓の広さが好き」
広さは師匠の家の窓と同じ大きさだ。
「別に四角に拘る必要はないんだけどね。だけど、素敵じゃない? 窓を開いた先に世界が広がっているなんて」
師匠の記憶をなぞり、師匠の声色を真似る。
私は世界で一番惨めな魔法使いだ。
「拘るなら装飾も施していい。それこそ、自宅の窓そっくりにしたっていい。だけど、例えばお菓子の家を見せたいなら窓の形もお菓子で出来たものにしたっていいよね」
師匠は子供のように笑っていた。
本気でそう思っていたのだろう。
この魔法は子供を喜ばせるための魔法。
そう。
魔法なのだ。
魔女の使う、魔法。
「指定した空間に魔力で色を付ける。光景を描く。自分の見せたい世界を――」
師匠は空間に――窓の向こうに人々が笑い合いながら手を取り合う世界を映し出していた。
ただの人間も、魔法使いも、関係なく平和に幸せに暮らしていかれる世界を。
『いつか、こんな日が来ると思うの』
窓の魔法を教えてくれた時、師匠が結んだ言葉を私は口にしなかった。
だって。
そんな世界なんて来るはずないと確信できていたから。
牢屋に出来た窓と言う名の空間。
私が映し出したのは師匠の姿。
生前の。
『どうしたの? そんな泣きそうな顔をして』
窓の向こうで師匠が私に問う。
今、私に言ってほしい言葉を師匠が口にする。
『わかった。あなたの事だから頑張ったんでしょ?』
はい。
頑張りました。
『偉いね。本当に。早くこっちにおいで。しっかり抱きしめてあげるから』
私は泣いた。
自分で作り上げた師匠の幻想に言わせた言葉があまりにも惨めすぎて。
師匠はこの時代にあってもただの人間と魔法使いが幸せに生きていくことが出来ると信じていた。
その信じる気持ちに殉じた。
故に。
魔女狩りにも、魔女裁判にも、そして最後の処刑にも一切の抵抗をしなかった。
復讐に駆られた私とは違って――。
「魔女め」
背後から声がした。
振り返れば看守がこちらを睨んでいる。
「死者と話すことが許されるとでも思っているのか?」
違う。
これは窓の魔法。
自分の望む光景を見せる、実に平和な子供騙しの魔法。
けれど、愚かで唾棄すべき魔力のない人間にはそう映らない。
「死者に干渉するのは神にだけ赦される特権なのだ。それをお前たちは――」
「黙れ」
言い放ち、看守を睨む。
両腕をもがれた私に出来るのはもう睨むことと。
「何故、お前達は私達魔女が神の使いであったと分からないんだ?」
嘘をつくことだけ。
「神の使いだと? お前達が?」
嘲る言葉。
しかし、それでも怯んでいる。
その態度がそのまま魔女狩りという行為の後ろめたさの証明だ。
神のためと嘯いて行う所業。
その残虐さに疑問を持っている。
だからこそ、敵である私の言葉一つでさえ心が揺らいでしまう。
ざまぁみろ。
そう思いながら窓の魔法――映し出す光景を変える。
一度も見たことがない憤怒の表情を浮かべた師匠を作り上げ、あまつさえこう宣言させる。
『愚か者め。神はお怒りだ。お前達は必ず地獄へ堕ちる』
師匠なら絶対に言わない言葉。
だけど、構わない。
罪もない師匠を殺した人間共が天国へ行けるはずないのだから。
――まぁ、本当に神様なんてのが居たならだけど。
窓を閉じる。
ここは牢獄。
入っているのは処刑を控えた一人の魔法使いだけ。
「お前達が地獄へ堕ちる日を楽しみにしているからな」
窓のない牢獄で、意味のない言葉が冷たく響いた。




