1話
【プロローグ】
痛い。
何で俺が負けている?
俺は力を手に入れたはずなのに。
あいつより強くなったはずなのに。
何故まだ勝てない?
意味がわからなかった。
だがもう動けなかった。
段々と周りの色が、音が、わからなくなっていく。
薄れゆく意識の中、最期にこう思った。
そもそもなんで、俺は、あいつに、勝とうと、していたんだっけ……。
〇
【5歳】
止まった心臓が動き出したような感覚で目が覚めた。
「ウィルお兄ちゃーん! 起きてー!」
誰かが呼んでいる声がする。僕はゆっくり目を開けた。
やがてばたばたという音が近づいて来たかと思うと、ガチャリと部屋の扉を開ける音が聞こえた。
「いつまで寝てるの! 早くしないと勇者さん来ちゃうよー!」
そう言って僕の部屋に入って来たのは妹のリリだった。リリは僕が寝ているベッドに近づいて来ると僕の布団を剥がした。
「おはよう、お兄ちゃん……ってあれ?」
布団の下から出てきた僕が顔をしかめていたからだろう。リリは驚いたように言った。
「お兄ちゃんどうしたの? どこか痛い?」
「……大丈夫だ。ちょっと嫌な夢を見て……」
うっすらとしか思い出せないが、すごく嫌な夢を見ていた気がする。誰かに殺されたようなそんな夢だ。
「怖い夢を見たんだね。大丈夫? 勇者さん迎えに行けそう?」
「うん。もう大丈夫だから起きるよ」
僕はそう言うと、ベッドから起き上がった。
今日は特別な日だ。僕たちの住む村――ルート村に魔王を討伐した勇者さんがやってくる日だ。
勇者さんは魔王を倒してからも世界中を旅してみんなを助けたり、冒険の話をしたりしているらしい。一体どんな人だろう。
朝の支度を終えた僕、ウィルは妹のリリと共に家を出ると村の入口で勇者さんを待っていた。
僕とリリは村の入口で勇者さんを迎える係になっていた。村の子供の誰かが迎えに行こうということになって、僕が一生懸命手を上げたら選ばれたんだ。
「勇者さん早く来ないかなぁ」
僕は言った。
「お兄ちゃん、すごく楽しみにしてたもんね」
「うん! だって魔法使うんだよ!」
「凄いよね! 私も使えるようになりたい……ってあれ? お兄ちゃんあれなに?」
リリが正面を指さした。
勇者さんが来たのかと思って僕も見ると、そこにいたのは勇者さんではなかった。
僕達からすこし離れた正面に代わりにいたのは奇妙な生き物だった。体型は太った子供ぐらい、肌の色が緑色の生き物がニタニタとした表情でこっちを見ている。
「魔族だ……!」
僕は驚いて言った。
「魔族? 魔王の家来だった?」
「うん、でも魔王が倒されてからはほとんどいなくなったってお父さんが言ってたのに……」
恐ろしい魔族が目の前にいると気づいて、僕は震えてしまった。
「お兄ちゃん怖いよ……どうしよう……」
「逃げないと……でも勇者さんが来るかも……」
僕達がまごまごしていると、
「ケケケケッ!」
魔族がそんな不気味な声を上げながら、こちらに向かって走り出した。
「「うわああ!」」
「させるか!!」
次の瞬間、目の前を青い光のようなものがものすごいスピードで横切った。
それは魔法でできた水の塊だったらしい。
とてつもない速さで飛んできたそれは、魔族に直撃した。
「ギャアアア!」
魔族に当たると同時に水球が割れた。魔族は弾かれるように吹っ飛ぶと、近くの森の方に落ちていった。
「え、え……?」
僕は何があったかわからず、水の魔法が飛んできた方を見た。
「危なかったね」
そう言ってこちらに近づきながら、金色の鎧をきたお兄さんが笑っていた。
その人こそが僕たちが待っていた勇者さんだった。
◯
「初めまして。ルート村の皆さん」
そう言って勇者さんはにこやかに笑った。
あの後、僕達は勇者さんを連れて村の広場に移動した。
村の広場には勇者さんを一目見ようと、たくさんの人が集まっていた。
「わざわざこんな村まで来てくださり、ありがとうございます。しかも子供達まで救って下さるとは」
そう言って村長が勇者さんに頭を下げた。
「いえいえ、そんなお礼を言われるようなことではありませんよ。いつ次の魔王が現れるか分かりませんから。世界に異変がないか見て回るのは勇者の役目です。」
「なんと素晴らしい!」「さすが勇者様!」
勇者さんに向かって大きな拍手が起こった。
「そんな褒められると照れてしまいます。それに世界中を回っているのはそれだけの理由ではないのです。」
そう言うと勇者さんは周りを見渡した。そしてこちらの方を見るとにっこり笑った。
「いつか俺が歳をとって魔王を倒せなくなった時に、俺の代わりに魔王を倒してくれるような勇者が現れたら良いなーと思ってまして。各地の子供達に冒険の話をしたり、戦い方を教えたりするのも目的なのですよ」
そう言って勇者さんは僕の方を見ると手招きした。
「え? 僕?」
僕が思わずそう言うと、勇者さんは頷いた。
「そう、君だ。こっちにおいで。勇者の剣って、触ってみたくない?」
「……! 触ってみたい!」
僕は勇者さんの元へ駆け寄った。
「そんなに急がなくても大丈夫。ほら正面から握って」
僕は勇者の剣を握りしめた。勇者さんはそのまま僕の背面に回った。後ろから僕が剣を持つのを支えるような体勢だった。
「そうそう。そんな感じで剣を振るんだ。ちゃんと正面を見るんだよ」
勇者さんに支えられながら、僕は言われた通りに前をまっすぐ見ながら剣を上から下に振り下ろした。
「すごい、その調子だ! じゃあ次は魔法を撃ってみよう」
「魔法!?」
僕の持つ剣がじわりと熱くなったような感覚があった。次の瞬間には目の前に小さな火柱が現れた。それは一瞬大きく吹き上がるとやがて消えた。
「すごい! 火がついた!」
周りで見ていた村の人々から歓声が上がった。
「すごいでしょう? 魔法は最初は難しいですが、練習すればもっと大きな炎だって起こせますよ!」
勇者さんは人々に向かって語りかけた。
「とは言いつつ、俺も昔は魔法は全然使えなかったんだ」
勇者さんは僕だけに聞こえるように言った。
「練習したの?」
「そう。たくさん修行して、気づいたらこんなにも使いこなせるようになったよ」
勇者さんは剣を思いきり上に振り上げた。
すると巨大な水の柱が目の前に現れて、大きく渦巻きを作り上げるとあたり一面に水飛沫を撒き散らして消えた。不思議と一番渦潮の近くのいたはずの僕も誰も濡れていなかった。
「すごい……!」
思わず声が漏れた。
「君もいっぱい練習したら、きっとこうなれる」
「本当に? 勇者さんみたいにカッコいいヒーローになれる?」
「もちろん。君ならなれるさ」
「うん! 僕いっぱい修行して勇者さんみたいに強くてカッコいい人になるんだ!」
僕は宣言した。
「ああ、約束だ。君がいつかそんな人になれるのを楽しみにしてるよ」
勇者さんは大きく頷くと、ウインクした。
「わあ! ウィルお兄ちゃんばっかりずるい! 私も魔法使いたい!」
「オレも!」「あたしも!」
気づいたら勇者さんの周りには村中の子供が集まっていた。
「もちろん! ほら順番に剣を持ってみて」
勇者さんはニコニコ笑っていた。
その様子を僕は憧れの眼差しで見つめていた。
自分もきっといつかそんな存在になれると信じて疑わなかった。




