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吾輩は《聖女》である。名前はまだにゃい。

作者: KK
掲載日:2026/02/22

 今日は猫の日(2月22日)なので投稿しました。

 よろしくお願いします。


「ああ、ワタシの愛しい子よ。あなたが《聖女》にさえ生まれていなければ……ごめんなさい……」


 ふむ。

 野良の黒猫であったはずの吾輩は、どうやら《聖女》という生き物に転生したらしい。




 誰の目にも触れぬ都会の路地裏で、誇り高い死を迎えたはずだった。

 見上げれば、真っ暗な夜空が視界に映る。

 風が冷たいな。

 露わとなっている顔が冷え、周囲からは木々のざわめく音が聞こえる。

 思わず顔を前足で擦りたい衝動に駆られるが、体は布に包まれており、更に籠のようなものの中に納められているようで身動きが取れない。

 これでは、吾輩自慢のヒゲを撫でる事も叶わぬ。

 ……いや、今の吾輩は既に猫ではなく、《聖女》という生き物のはずだから、ヒゲは無いのかもしれないが。

 というか、ここはどこだ?

 吾輩を抱えて歩いている、この人間は何者だ?

 頭上の人間は、悲壮な顔をして吾輩を運んでいる。

 性別は女だ。

 吾輩は、この女にコンタクトを図る為、声を発する。

 おい、人間の女よ、お前は何者だ。

 吾輩をどうする気だ。


「にゃあ……にゃにゃ」


 ……うむ、声は出た。

 言葉ではなく、鳴き声みたくなってしまったが。

 すると、人間の女は吾輩をのぞき込み、泣きそうな顔をする。


「うぅ……ダメ、やっぱり捨てるなんて……」


 捨てる?

 何とも不穏な事を言っているぞ。


「でも、ダメ……早くしないと、あの人がこの子を取り戻しに追って来る……」


 何を言っているのだろうか。

 吾輩が人間の言葉を発せられるなら、この女と意思の疎通ができるはずなのに。

 声を発しようとしても、前世と大して変わらない鳴き声しか出ない。

 もしかして、《聖女》とは猫の一種なのか?

 その時――遠くの方から、野太い男の声が聞こえた。


「エリザ! どこだ!」


 女はハッと振り返り、急いで走り出した。


「あのガキを独り占めする気か!? そうはさせねぇぞ! そいつは俺の子だ! 俺のものだ!」


 察するに、この野蛮な声の持ち主が吾輩の父親という事だろうか。

 ならば、更に察するに、吾輩を運ぶこの女は、吾輩の母親という事だろう。

 そして、母親は吾輩を父親から奪い逃走している。


「それとも、おい、エリザ! お前まさか、そのガキをどこかに捨てる気か!? 何を血迷ったんだ! お前だって見ただろ! そいつの額に《紋章》が現れたのを! 間違いねぇ、そいつは紛れもない《聖女》の紋章だ! そいつには《聖女》の才能があるんだよ!」


 ほうほう。

 どうやら、《聖女》とは役職のようなものの名称らしい。


「そいつにはとんでもねぇ価値が付く! 貴族に売り込めば莫大な金が手に入るぞ! しかも俺達は《聖女》の親だ! 豪勢な暮らしが待ってるんだぜ!」

「恐ろしい事……」


 大喜びの父親の一方、逃げる母親は顔を青ざめさせる。


「その、たった一人の《聖女》に選ばれるために、候補者同士の熾烈な争いに巻き込まれてしまう……血で血を洗うような抗争……残酷な死を迎えた子が何人もいるのに……」


 なるほど。

 どうやら、《聖女》の才能を持つ者は多数いるが、選ばれるのはたった一人。

 その一人になるためには、この先、他の《聖女》候補やそれを擁立する者達との権力闘争に巻き込まれる。

 この女は市民の出で、吾輩を守り切れる自信が無い。

 更に、欲に目が眩んだ父親は、吾輩を貴族に売り捌こうとしている。

 人間同士の縄張り争いにおいて、《聖女》なるものの資格を持つ吾輩はとても危険な存在らしい。

 だから、この母親は泣く泣く吾輩を捨てる事にした……といった経緯か。

 まったく、いつの時代も人間の世界は面倒事が多いな。

 しかし、で、あるならば、吾輩が身動きも取れず、まともに言葉も発せない理由も分析できた。

 つまり、今の吾輩は――幼体。

 赤ん坊なのだ。

 などと考えている内に、しばらく森の中を走っていた母親が、崩れるように膝をついた。

 大分疲労が蓄積しているようだが、その甲斐もあって、父親の怒声は聞こえなくなっていた。

 無事、撒いたようである。


「ああ……大丈夫、大丈夫よ……」


 母親はすぐに立ち上がり、歩き出す。


「ここは隣国との境界……向こうの国、ブリッツウェル王国の領土だけど……もう少し先、この森を抜ければ、街中ではないけれど、人の住んでいる場所がある。どこかの家の前に置いて行けば、拾ってもらえるかもしれない」


 汗の伝う顔に微笑を浮かべ。


「この子を頼みますという手紙と、わずかばかりだけど貨幣を一緒に添えてある。どうか、ワタシ達よりも優しい両親に拾われて……」


 いやいや、母親よ。

 大して裕福でもない家の前に吾輩を放置したところで、貨幣だけ取られて終わりではないのか?

 余裕が無いのはわかるが、もう少し吾輩を安全に他人の手に委ねる段取りというものを考えて――。


「ひっ……」


 その時、母親がビクッと体を震わせた。

 吾輩の耳目にも、前方に立ちはだかる獣と、その口元から発せられる低い唸り声が届いた。

 これは困った。

 腹を空かせた野犬だ。

 獲物の匂いを嗅ぎ付けてやって来たのだろう。

 前世でも度々襲われる事があった。

 まぁ、吾輩の華麗なる身のこなしで逃げる事は容易いのだが、残念ながら、あの頃のしなやかさも柔らかさも、この体には無い。

 やれやれ、転生したばかりだというのに早速食われてお陀仏か。

 野犬はジリジリと迫ってくる。


「……ッ」


 その時、母親は吾輩を守るように胸の中に抱きかかえ、野犬に背を向けた。

 驚いた。

 何をしている。

 それでは遠慮なく襲い掛かって下さいと言っているようなものではないか。


「にゃっ、にゃっ」


 吾輩は、未発達の声帯で何とか訴えかけようとする。

 しかし、母親はキツく目を瞑って動かない。


「大丈夫よ、あなただけは、あなただけは……」


 そう、譫言のように呟き続ける。

 ……くっ、何とかならないのか。

 そうだ、吾輩は《聖女》なのだろう?

 おい、《聖女》の力よ。

 吾輩がピンチだぞ。

 貴様、宿主が死に瀕しているのに何もしないつもりか。

 都合良く吾輩を守ってみせよ。

 すると、そんな吾輩の心の声に呼応するように、額の辺りが熱くなる感覚。

 そこを中心に、吾輩の体を包み込むように、青い光が煌めく。

 まさか、これが――。

 その瞬間、遂に痺れを切らした野犬が牙を剥き、母親に向かって飛び掛かった!


「んにゃっ!」


 こっち来んな!

 刹那、母親の背中に食いかからんとした野犬の体が、弾き返された。

 地面に叩き付けられ悲鳴を上げた野犬は、すぐさま逃げて行った。


「え……い、今のは……」


 突然の現象に、母親も動揺している。

 だが、吾輩には見えていた。

 野犬は、母親の少し手前に発生した“光の壁”に触れ、反発するように吹っ飛んだのだ。


「もしかして……《聖女》が使うとされる、聖魔法の一つ……《聖域》の魔法?」


 母親が呟く。

 なるほど。

 これが、《聖女》の力、というものなのか。

 我が身を守る術があるという事を知り、吾輩は少し安堵した。


「ああ、やはりあなたには《聖女》の才能が……」


 しかし、危険が去ったというのに、母親は複雑な表情を浮かべていた。

 その後――。

 しばらく進み、遂に森を出る。

 そこから少し先に、小さな家を発見した。

 母親は、その家の前に吾輩を静かに置く。

 やれやれ、これでお別れか……。

 繰り返し思うが、他にもっとマシな方法はなかったのか。

 母親に対する苦言は止まらないものの、余り強く責める事もできない自分もいる。

 ここまで身を挺して吾輩を守ろうとしてくれたし、これから戻ったところでおそらく彼女には彼女の地獄が待っているはずだ。


「にゃ、にゃ」


 母親よ、達者で暮らせよ。

 互いに頑張ろう。

 そんな意味を込めて、吾輩は喉を鳴らす。

 母親は最後に悲しそうに微笑み、吾輩の頬に口付けをした。

 去って行く彼女の背中を見送った後、吾輩は目覚めたばかりの聖域魔法で身を守りながら、夜を越した。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「……んにゃ」


 小鳥の囀りが聞こえる。

 朝だ。

 結局、身を守る為に夜通し聖域を発動し続けるハメになってしまった。

 まぁ、疲労感よりも眠気の方が強いくらいでさほど困ってはいないが。

 というわけで、吾輩はとっととグッスリ眠りたいのだが、その為には早くこの家の住人に存在を知らせ、上手い具合に拾ってもらわねばならない。

 のだが、朝日も昇っているというのに一向に住民が起き出す気配が無い。

 まさか、ここまで来て空き家ということはないだろうな?

 ……仕方ない。

 赤ん坊らしく、少し泣いてアピールしてみるか。


「にゃー。みゃー、にゃー、みゃー、みゃー、にゃー」


 泣く、というより、鳴く、という感じになってしまったな。

 しかし、効果はあったようだ。


「んん? なんだ?」


 家の扉が開き、中から人間が現れた。

 体格の良い、ヒゲ面の大男だった。

 男はしゃがみ、家の前に置かれた籠の中を覗き込む。

 山賊のような見た目に反し、純朴な瞳が吾輩を見詰める。


「何やら猫の鳴き声が聞こえると思ったら、何故うちの前に赤ん坊が……」


 男は首を傾げる。

 するとそこで、籠の中に差し込まれた手紙を発見したようだ。

 それを取り出し、文面に目を走らせる。


「……捨て子、だと?」


 手紙を読み終わった男の手が、わなわなと震え出す。

 ……男の服装は、見るからに貧乏そうだ。

 吾輩は、賽の目は最悪の方に振れたと覚悟する。

 恐らく、この男は心添えの貨幣だけ取り上げて、吾輩は森にでも捨てられるだろう。

 まぁ、いい。

 野良生活など、前世の生涯そのままだ。

 おまけに、今世の吾輩には《聖女》の力がある。

 襲い掛かってくる猛獣を叩きのめし、適当な授乳期の獣の乳を啜ってでも生き延びてやると――。


「な……なんて可愛そうな子なんだ!」


 男が、滂沱と涙を流して叫んだ。


「この子は絶対に俺が守る!」


 ………。

 幸いにも予想は外れたようで、今夜はグッスリ眠れそうである。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 その後、この大男は手紙を自身の妻にも読ませた。


「な、なんて可愛そうな子なの!? この子は絶対に私が守る!」


 手紙を読んだ男の妻――背の高い、金髪妙齢の女は、滂沱と涙を流して吾輩を抱き締め、そう叫んだ。

 似た者夫婦である。

 というわけで、色んな意味で感受性が豊かで底抜けに善人な夫婦に、吾輩は拾われたようだ。

 どうやら、この夫婦は子供を授からない体質のようで、吾輩は快く迎え入れられたのはそれも理由のようだった。

 実に運が良かった。

 しかし、子育てになど全く覚えの無い夫婦だ。

 最初の内は吾輩の育成に四苦八苦の様子で、それはそれはてんてこ舞いの毎日だった。

 だが、この善人夫婦は吾輩を本当の娘のように……いや、本当の娘として丁重に扱った。


「ミャアちゃん、おはよう。今日も目元がクールね」

「みゃあ」


 吾輩が発する喃語から、吾輩はミャアと名付けられた。

 安直なネーミングだが、しかし、名を与えられ呼ばれるという感覚は悪くないものである。

 ちなみに、吾輩が《聖女》であるという事は、手紙でも伏せられていたようだ。

 あくまでも育てる事が難しく捨てられた、という設定のようである。

 まぁ、無駄な争いを起こさない為には、仕方が無い事ではあるが。

 なので、吾輩もこの夫婦――新たな父と母の庇護の元にいる間、出来るだけ《聖女》としての力を発揮しないよう努めた。


「よいしょっと、ほーら、良い子、良い子」


 母が、吾輩を抱きかかえてゆっくりと揺らす。

 彼女の腕の中はとても暖かく、油断しているとすぐにウトウトしてしまう。


「ただいま! 今日も野菜が沢山売れたぞ! ミャア! お隣さんにお乳を分けてもらって来たからな!」


 そこで、父が外から帰ってきた。

 我が家は敷地の畑で野菜を育てており、それを売ったり、時には物々交換で財を稼いでいるようだ。


「あなた、ミャアは今オネムの最中よ」

「お~、すまんすまん。しかし、今日も可愛いなぁ、ミャアは。どうれ、お父さんにも抱っこさせてくれぇ」


 父が、母から吾輩を受け取る。

 そして、デレデレと締まりのない顔が近付いてくる。

 頬擦りする気だ。

 吾輩はこれが凄い嫌だ。

 父の顔はヒゲが痛いし、むさ苦しいし、ゴツゴツしている。


「みゃっ」

「ぐわっ!」


 抵抗のため、思わず両目にパンチしてしまった。

 貧しいが、明るい雰囲気に満ちた家。

 この母も父も、どこか抜けている。

 しかし、そんな両親から本物の親以上の愛情を注がれ、吾輩はすくすくと育っていった。




 ――吾輩が拾われてから、一年程が経過したある日の事だった。




「ミャアちゃん、今日も天気が良いわね。絶好のお買い物日和よ」

「みゃあ」


 吾輩は、母に連れられ近くの街に買い物へと来ていた。

 買い物を終えた母に背負われ、心地良く舟を漕いでいた。

 その時だった。

 突風が吹き、近くの商店の劣化した屋根板が壊れた。

 そこまで大きくはない破片。

 だが、突風の勢いに乗り、瞬く間に母の頭目掛けて飛んでくる。

 危ない――。

 咄嗟に、吾輩は聖域の魔法を使っていた。


「キャッ!」


 飛来した屋根板が、母の頭部スレスレで、壁に衝突したかのように弾け飛んだ。

 母が思わず悲鳴を上げる。

 まずい……と思った時には、もう遅かった。

 ここは街中で、往来の真ん中。

 誰もが一部始終を見ていた。

 母の頭に衝突するはずだった屋根板が吹き飛んだのも。

 母に背負われた赤子が、目映く青白い光を纏っているのも。


「あんた、大丈夫か!?」

「い、今のは……」

「あの赤ん坊……まさか、魔法を!?」


 瞬く間、周辺は大騒ぎとなり。


「ミャアちゃん……その、おでこの光は?」


 そして母に、額の紋章を見付かってしまった。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 どうやら、この世界では魔法はかなり特殊な力のようだ。

 帰宅後、吾輩が魔法を使った事に父と母は大変驚き、狭い家の中で箒と鍬を持ってうろうろ動き回るという奇行を繰り返し続けている。

 そして、魔法を使う赤子がいるという噂は人から人へと瞬く間に伝わり――遂に、この国のお偉いさんの耳にも届いたらしい。

 気付けば、吾輩達の家を何人もの騎士達が囲っていた。

 ただでさえ狼狽えている父と母は更に混乱し、吾輩を抱えて逃げようかと話をし始めた。

 どう考えてももう遅いだろう。

 家の扉が開く。

 数名の騎士達が立っていた。


「失礼する。我等はレイオラス王子直属の騎士団である。そこにいるお前達の赤子が、魔法と思しき力を使ったと市民から報告があったため、事実確認のために来た」

「も、もし本当だったとしたら……」


 跪きながら、父が恐る恐る問う。


「我がブリッツウェル王国において、魔法の才覚を持つ者は貴重な人財。身柄を確保した後、しかるべき教育を受けてもらう」


 母が、吾輩を抱き締める。

 なるほど、吾輩の生みの母が暮らす国同様、才能ある者は相応の処遇を強いられるようだ。

 今よりも豪勢な暮らしが出来そうなのは悪くない。

 ……だが、少々勝手が過ぎるな。

 吾輩は、この家の住み心地を気に入っているのだ。

 どこかに引っ越す気は無い。


「さぁ、その赤子を渡せ」


 先頭の騎士が、母の腕から吾輩を取り上げようとする。

 触れるな、痴れ者が。

 青白い光が瞬き、騎士の伸ばした手がバチンと壁に阻まれた。


「……ッ! い、今のが……!?」

「団長!」


 吾輩が魔法を使うと、後ろに控えていた若い騎士達も腕を伸ばしてくる。

 むぅ、一々相手に合わせて壁を出していては面倒だな。

 そうだ、こうすればどうだろう。

 吾輩は、空中に真っ平らな壁を生み出すイメージではなく、硬い鱗状の障壁が吾輩を球体状に包み込むように想像する。

 瞬間、吾輩の周囲を取り囲うように、光のボールが形成された。

 おお、出来るではないか。


「みゃっ、みゃっ、みゃっ」

「なっ!?」

「こ、こいつ……」

「ま、待て!」


 光の球体は、吾輩のイメージ通りに動かすことが出来る。

 吾輩を納めた球状聖域は、まるでボールのように家の中を跳ね回る。

 テーブル、ベッド、父の頭、タンス、ハシゴ、父の頭、そして騎士達の頭の上を飛び跳ねて、吾輩を捕まえようとする彼等を翻弄する。

 ふむふむ、まるで前世に戻ったようだ。


「団長! こ、この魔法は一体……」

「よもや、聖魔法の一種……聖域か? まさか、我が国に聖魔法の素質を持つ子供が生まれるとは……」


 騎士団長が、宙に浮かぶ吾輩を見て驚嘆している。

 吾輩は、チラリと窓の外を見る。

 立ち並ぶ騎士達の中に、一台、豪奢な作りの馬車が停まっている。

 それを見て、吾輩はピンとくる。

 猫の群れには、それを率いるリーダーがいる。

 こいつらのような下っ端を、いつまでもあしらっていても時間の無駄。

 リーダーに話を付けるのが一番だ。


「みゃ」


 聖域を操作し、吾輩は入り口から外へと飛び出す。


「待て!」


 追ってくる騎士達を置き去りにし、吾輩は真っ直ぐ馬車へと滑空していく。

 そして、開きっぱなしの窓から車内へと飛び込んだ。

 馬車の中には、一人の男が座っていた。

 明らかに他の騎士達とは違う雰囲気を纏った人物。

 窓の外を眺め、咳き込んでいたところを不意を突いて突入した。

 一目でわかる――コイツが、この群れのリーダーだと。

 吾輩は、突然飛んできた赤ん坊にビックリしているそ奴の膝の上に着地。

 聖域を解除し、そのままの姿勢で待っていると、吾輩を追って騎士達がやって来た。


「レイオラス王子! ご無事ですか!?」

「こ……この赤ん坊! なんと不届きな!? すぐにレイオラス王子の元から離れよ!」


 騎士達が喚いているが、吾輩は横になって動かない。

 ここが吾輩の寝床だとでもいうように、ふんぞり返ってみせる。


「な……なんというふてぶてしい態度……!」

「まるで、レイオラス王子のお膝を布団か何かくらいにしか思っていない……清々しいほどの不遜な顔立ち!」

「しかし何故だ……そんな態度がどこか堂に入ってさえ見える……」

「何故か神々しさすら感じる……!」

「熟練の厚かましさだ……!」


 色々好き勝手言うな、この人間共。

 だが、堂に入っているのは当たり前だ。

 吾輩は元猫である。

 人間になど退かぬ、媚びぬ、顧みぬ。

 油断無く構える騎士達ではあるが、王子を人質に取られているようなものなので迂闊に手出し出来ない様子だ。


「いい、武器を下ろせ」


 その時だった。

 吾輩が乗っかっている人間――騎士達の言葉から察するに、レイオラス王子が、そう口を開いた。

 そして、王子は吾輩の体を両手で持ち上げ、目を合わせる。

 ……これが、王子。

 なるほど、敬われるだけある整った顔立ちだ。

 人間の美醜にはいまいち興味はないが、これが美形と呼ばれる人種だということはわかる。

 但し、どこか顔色が悪いように思えるが。


「この子の名は?」

「父母は、ミャアと」

「……ミャアか、かわいい名前だね」


 騎士団長に尋ねると、王子は吾輩を見詰め微笑む。


「ミャア、君を是非王城に招きたいのだが、一緒に来てくれるかい?」

「ふー」


 吾輩は、首を振って拒否を示す。

 すると王子は、驚くほど素直に「そうか、わかった」と承諾した。


「れ、レイオラス王子……」

「ここを去りたくないと言うのであれば、無理強いはさせられない。大切な家族がいるのだ、離れ離れにはさせられないよ」

「……しかし、王子」

「兄上には私が上手く言っておく」


 フッ、と、レイオラスは笑う。


「すまないね、君に興味を示して捕えるように命じたのは、私の兄にあたる第二王子なんだ」


 ……おかしいと思った。

 何故、赤子の回収などという作業の現場に、わざわざ王子ともあろう者が顔を出しているのか。

 この王子は、恐らく他の王子に比べ地位が低いのだろう。

 そして、意地の悪い兄から不当な扱いを受けているのかもしれない。

 レイオラス王子は、ゴホゴホと気怠げそうに喉を鳴らしている。

 先程も思ったが、顔色も良くない。

 精神的な疲労が体に出ているのがありありとわかる。

 前世、都会の隅で生きていた頃、こんな顔をした人間を何人も見て来た。

 毎日やつれた顔で、決まった時間に列を成してどこぞへと向かって行くスーツ姿の人間達。

 一体何が楽しくてそんな事をしているのかとよく思ったが、それが性質だったり、逃れられない立場の人間もいると知った。


 ………。

 兄弟、か。

 そういえば、吾輩も前世では、小さな頃に足に怪我を負い、足手纏いになるからと親兄弟達に捨てられたのだったな。


「みゃっ」


 吾輩は、なんとなくレイオラスの額に手を置いた。

 お前も大変だな――と、少しばかり労いの気持ちを込めて。


「……励ましてくれるのかい?」


 吾輩の意思が通じたのだろうか。

 レイオラスが、薄らと笑む。


「ありが――」


 その時だった。

 吾輩の触れた手の先から赤黄色い光が瞬き、レイオラスの体を包み込んだ。

 まるで火に覆われたかのようになるレイオラス。

 なんだ、なんだ。

 吾輩、何をやらかした。


「王子!」


 騎士達が動揺している。

 吾輩も動揺する。

 しかし、そこで光が収まり、レイオラスが「大丈夫だ」と声を発した。


「体に害は無い……むしろ、体調が良くなった気すらする」


 レイオラス本人の言うとおり、今の彼は血色が良くなっている。

 目元のクマが消え、頬には赤みが差し、目にも光が灯っている。

 その目が、吾輩を見た。


「今のはまさか……治癒の魔法か?」


 レイオラスの発言に、騎士達がざわつく。


「王子……先程その赤子は、聖域のような魔法を……」

「聖域に治癒……この子は、隣国の《聖女》に近い才能を持っているのかもしれない」


 おお。

 ドキッとした。

 この王子、中々勘が鋭い。


「《聖女》……聖域、治癒、加護、召喚、切除、交信から成る、六大聖魔法全てにおいて高レベルの力を発揮する者……まさか、この子が……」


 レイオラスが、真っ直ぐ吾輩を見詰める。


「……私はブリッツウェル王国第三王子、レイオラスだ」


 そして、フッと微笑んだ。


「また会いに来るよ」


 そして、レイオラス王子とその騎士団は、あっさりと去って行った。

 一団を見送ると、吾輩はふぅっと溜息を吐く。

 とりあえず、今のところ厄介事には巻き込まれずに済んだようだ。

 まぁ、吾輩が《聖女》の資格を持つ者だと、王子にバレてしまった。

 これからどうなっていくかは、わからないのだが。


「ミャアちゃん!」

「おお、ミャアよ! 俺達の元からいなくならなくて本当によかった!」


 そこで、両親から熱烈な抱擁を受けた。

 ぎゅうううううっと、抱き締められる。

 全く暑苦しい。

 母の胸はまだ良いが、父のヒゲ面は……。

 ……まぁ、今日ばかりは許してやるか。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 それから数年後。

 紆余曲折を経て成長した吾輩は、王城に招かれる事になる。

 後に、吾輩の癒しの力の手助けもあり、過酷な環境の中でも潰れる事なく逞しく成長したレイオラス王子。

 彼の寵愛を受け、ブリッツウェル王国の《聖女》として名を馳せる事になる吾輩の物語は、ここから始まったのだった。


『吾輩は聖女である。名前はまだにゃい。』

 お読みいただき、ありがとうございます!

 楽しんでいただけたなら幸いですm(_ _)m


 本作は連載候補の短編となります。


 読者様の反応を参考にしつつ、考えていこうと思います。


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