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気が付くと親鹿を仕留めた時の大きな幹の上で木に背を預けていた。
どうやらあの真っ白な空間から戻ってきたようだ。
かなりの時間が経過している。
親鹿を仕留めて幹の上で気を失った後、それから最低でも半日は経っているようだ。
今は正午すぎといったところだろうか。
「リクと陸、ボクとオレ。 いまはまだ多少混乱しているものの、いずれ落ち着くのかな」
ボクは敢えてそう口に出してみることで、事実を噛み締めてみる。
もともと一人の人間のハズなのに、頭の中が2つに分けられたような奇妙な違和感。
反発し合っているわけではない。むしろ融合し始めていると思う。
(んなこと言ってる場合じゃねぇYO!いよいよなんだから)
「うひょ~~~~、キタキタキターーー」
思わずオレは叫んでしまった。
「ステータス!」
それから暫くの後、日が落ち始めた森は段々と薄暗さを増し始めている。
(ステータスやレベルは無い世界なのか?
いや、まだあきらめない。あきらめたくない。ひとまず保留にして、今は帰ろう)
水辺から獲物を引き上げ、作っておいたソリに積み固定する。
そのソリと自分の体を縄でつなぎ、前かがみに引っ張ってゆく。
転生して記憶が戻った事は自分の中でまだ処理できていない。
考えるべきことは山ほどある。
だが今は試験の最中だ、戻ろう。
(運に助けられた所もあるけど、試験は無事達成できた。さすがの師匠も文句をつけられない・・・よね?)
「おっとと。あまり速く進むと獲物が傷ついちゃうね」
まとまな道など無く、獣道を戻るしかない。平らな部分なんてあるわけもない。できるだけ慎重に、でも急いで進む。
(慎重に急いでと言えば、スロット用の魔法を考えなきゃだな!
今後の快適ライフを決める重大な選択だ。ある意味オレの生命線。今すぐにでも創りたいが、失敗はできねぇ)
汎用性があって応用が効く、生活にも仕事にも役立つ、簡単便利でお得な魔法。
気をつけなきゃいけないのは、後天的に習得できる技術をスロットに設定してしまうこと。設定した後に同等の技能が手に入る事がわかったりしたら、悔しさで憤死する未来のボクが見える。
もちろん習得難易度が極めて高いものなら、有用度によってはアリだよね。
(『ファイアボール』なんていかにもありそうな魔法を設定するのは明らかに悪手じゃん。テンプレ的標準で言えば『収納魔法』『鑑定魔法』だろうな。おっと『転移魔法』も忘れちゃいけない。
いけねっ!この世界の魔法は使えないって言われたんだ。
だから考え方としてはスキルベースだな? 収納、鑑定、転移。
ただ、この世界の魔法やスキルについてオレは何も知らない。
マジックバッグが手に入るかもしれない。
ファストパスゲート、ワープ装置みたいなのがあるかもしれない。
それに人物を鑑定しても、鑑定するべきステータスはあるのか・・・・・・くそっ)
圧倒的に情報が足りない。不確定要素が多すぎて決めきれない。
誰かに聞きたい、教えてほしい。
シスター? 師匠? 魔法について詳しいとは思えない。
16年間、身の回りで魔法を一度も目にしてない。
そもそも、誰かに聞く、ということ自体リスクが高い可能性もある。
(どうしたらいいのかな・・・どうすりゃいいんだ?)
「・・・・・・・!」
閃いた瞬間、思わず立ち止まってしまった。引いていたソリが勢い余ってボクの足に追突する。
(こんな時わからないことを教えてくれる。困った時に指針を示してくれる。なんだったら相談にも乗ってくれる、そんな魔法?)
色々な思考や感情がグルグルと頭の中を回っている。
そんな状態でも体は動き続け、距離から考えたら随分短い時間で師匠の家にたどり着いた。完全に日は暮れてしまっているが、夜中にはなっていない。
家の外から師匠に声をかける。
「帰りました。ノム師匠」
いつもより速い反応で師匠が家の扉を開けた。
ボクの全身を注意深く見回している。おそらく予想より遅く帰ってきたボクがケガ等していないか確認したのだろう。問題なさそうだと判断した後、ボクの背後に少し距離をあけて置いてある獲物を見る。
「ここじゃ暗い。裏にまわれ」
家の裏手にある小さめの納屋で、かがみこんでじっくり獲物を検分する師匠。
「状態は極上だ。川か? まだ冷たさが残っている」
「はい」
「一番近い川からここまで運んできたとして、なんで冷えているんだ。どれだけの距離があると思っている」
「・・・えっと・・・」
「まぁいい。それよりなんだこの首は。力任せに捩じり切ったのか? ナイフはどうした」
(しまった! 断面を処理しておくべきだった)
「あーはい。ナイフの切れ味が悪くなってしまって。
近くにあった尖った石で、削ったり叩き切ったり」
「お前・・・・」
するどい目で師匠がボクを見つめる。
冷や汗をかいているのを師匠にバレないように必死に冷静を装う。
少しの沈黙の後。
ため息をついた師匠が立ち上がってボクの頭に手を置いて言う。
「よくやった。ご苦労だったな。獲物は預かる。念のために聞くがケガは無いな? ヨシ。明日の午後、シスターの所に行くから伝えておけ。今日ははやく休めよ」
「師匠、試験は合格ですか?」
「あたりまえだ」
こうしてボクは一人前として認められた。
翌日。
いつものようにシスターの授業を受けた後、ボクは家事の手伝いをして忙しく動き回っていた。
記憶が戻った今、改めて周りを見回してみると魔道具が目に付く。
陸としては興味深々だ。
一番多く見かけるのはランプ型の魔道具だ。他にも火をつけるもの、食材を冷やして保管するもの等があるようだ。教会の建屋にいけばもっとありそうな気がする。
(最寄りの街にさえ行ったことがないけど、ここは間違いなく田舎なハズだ。それなのにある程度の数の魔道具がある。魔道具は汎用化され広く普及しているんだ。ただしこの国の主神の影響はあるだろうな。他国ではまた違うかもしれない。
あと、これだけ魔道具が広まっているのに魔法が無い? 変だな。
動力源は・・・・魔石か。これについてもよく調べる必要があるな。異世界の定番だ。
やっぱり『なんでも教えてくれる魔法』が本気で欲しいな~。昨日で試験も終わったし、さっそく今日の夜にでも1つ目の魔法を決めよう)
午後をいくらか過ぎた後、約束通りノムさんがやってきた。シスターには昨日のうちに伝えていたので、何も驚くことは無くノムさんを迎え入れる。
「やぁシスター」
「こんにちはノムさん」
声をかけながら、ノムさんは大きめの植物の葉に包んだ何かをシスターに渡す。きっと食材だろう。
「いつもありがとう、助かってるわ」
「気にするな、それにこれはリクが獲ってきたヤツだ」
「それでもよ」
ぶっきらぼうに言い放っているが、ノムさんかなり照れてるな。
あれ?
あれあれ?これもしかして・・・
「ひとまず食堂の方へ」
「あぁわかった。リク、お前もだ」
食堂へと誘うシスターの言葉に返事をしながら、ノムさんがボクの肩をつかんで歩き出した。
「シスター、聞いてるとは思うが成人を控えたリクの奴にちょっとした試験を出した。ひとり立ちできるかどうか見極めるためだ。
8日間の期間を与えたが、こいつは4日で決めてきたよ。簡単ではなかったハズだ。オレは甘くはないからな。
リクは大丈夫だ。安心して送り出してやれ」
「この子は小さい頃からなんでもよくできたわ。たいしたわがままもなかった。とても聞き分けのよい子だった。
少し寂しくはあったけどね。
読み書きができて物覚えも良い。特に計算がすごいわ。私もかなわないもの」
「出来すぎだろこいつ。少し抜けてるぐらいが可愛気があるってもんだ」
「小さい頃、本当にかわいらしかったわ~。まるで天使みたいに」
この後ながながとボクの小さい頃の話に花が咲いてしまった。
恥ずかしくていたたまれない、聞いてられない。ボクは返事もできずにうつむいていた。
昔話に区切りがついたのか、ノムさんが話を元に戻す。
「シスター、キールへの連絡と手配は?」
「あちらから連絡が来てるわ。2週間後だそうよ」
「よし、リク」
ノムさんがボクに向き直って真面目な顔をする。
「2週間後にお前は旅立つ。それまでに準備するんだ。
すぐには使わないかもしれないが装備類は持てるだけ持っていけ。ただし狩りの邪魔にならない程度だ。
お前の足ならキールまで半日だろう。向こうに着いたら斡旋所を頼れ。そこで仕事をもらえる。慣れるまでは寝る場所と、最低限の食い物はあるハズだ。
お前の腕なら狩人として十分やっていける。駄目だったら他の事をしてもいい、義務じゃないんだ」
こんなに長文を話すノムさんは初めてだ。少々面食らってしまい、余分な質問をしてしまう。
「冒険者ギルドってないの?」
「ぼうけんしゃ・・・なんだって?」
「あ、ごめん。なんでもない」
ノムさんにつられてシスターも怪訝そうな顔をして見てくる。
「リク?
肌着を多めに渡しておくわ。それと少しだけどお金、旅立つ日に渡すね。
ここじゃお金なんて使ったことないだろうけど、キールではお金か魔石でしか欲しいものは手に入らないわ。欲しいものと自分のお金を交換するの。
登録と税のことも覚えてるわね? そこでもお金が必要になるわ。
この書類と手紙を持って斡旋所の係りの人に渡すのよ。
それと挨拶はきちんとしてね。
あとお金の単位はわかってる? 銅貨10枚で小銀貨、小銀貨10枚で・・・・」
「シスター!シスター、授業を始めないで。大丈夫。買い物は問題ないから。やらなきゃいけないことはわかったよ。
一つ、2週間後の旅立ちに向けて準備すること。
一つ、キールに着いたら斡旋所に書類を持って行って指示に従うこと。
一つ、しっかり働いて買い物やお金の使い方に慣れること。
付け加えるなら、挨拶をする、人に優しく、自分には厳しく、でも無理はしない。
怪しい人にはついていかない、ウマい話には飛びつかない。盗難や犯罪等に注意する。
こんなとこでどう?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
二人とも驚いたのか口を開け絶句したままだ。
「・・・まぁこの子ったら、どこでそんなこと覚えたのかしら」
「もともと小賢しい所がある子供だったが、急に大人に・・・いやジジくさくなったな」
「ジジぃって!オレまだ若いよ!」
「『オレ』か・・・・」
二人の目がいきなり生暖かくなった。




