3
最寄りの都市キールの北東部に位置する名前のない森。
村から見れば北西となる。
決して深い森なわけではないが、大小様々な山々が連なり迷いやすく、素人が歩くには危険な森となっている。
ボクは宣言通りトゲ岩に向かってその森に分け入り、可能な限り気配を薄くしながらトゲ岩に対して風下になるように進んでいく。
気配を消すことに関しては師匠のお墨付きだ。その言葉を借りれば「おまえ野生動物かよ」とのことだ。
コツはある。
自分の周りにある例のキラキラを目立たなくなるような感覚で落ち着かせてゆくことだ。キラキラ自体を消しているわけではないが、周りのボク以外の薄いキラキラに同化させているんだろうと考えている。
1時間ほどかけてトゲ岩が目に見える場所までやってきた。
ここからは気配を薄くするだけでなく、完全に周囲に溶け込むように集中する。集中したことにより、キラキラがより鮮明に、また広い範囲で認識できるようになった。
キラキラの状態をよく観察すると、近くに動物はおらず、特に異常な事態も起こっていないと判断できる。トゲ岩に限界まで近づき、適度な位置にある木の陰に移動。ゆっくりと長弓を背から外して矢を準備する。
集中力が途切れないように深く呼吸しながら待つ。
(来たな・・・・1、2、3・・・3羽か)
どれぐらいの時間が流れたのか。集中しているせいで時間の経過が認識できない。
茶色の野兎が3羽、トゲ岩の周囲に生えている好物の草を食んでいる。
まるまると太った兎だ。うちの孤児院の一番小さい子ほどもある。もし目標の10羽を一度に仕留めると、間違いなく一回では持ち帰れないだろう。
周りを常に警戒しているが、こちらには気付いていないようだ。
(どう攻めるか・・・・各個撃破だと間違いなく1つ逃がしてしまう・・・・初手で2つ落とせばあるいは・・・・よしそれでいこう)
気配を消して弓に矢をつがえたまま、2羽の頸部を同時に貫ける位置まで移動する。
いくら兎の首だと言ってもそれなりに厚みがあり、貫通は容易ではない。骨にあたれば止まってしまうだろう。
限界まで弓を張り「貫け」と念じながら狙いをつける。
周りのキラキラがほんの少しだけ矢の先端に集まってきた気がする。
(いまっ!)
狙いすました一矢を放つ。
その結果を見定めることなくボクは次の矢をつがえ、残りの兎を狙う。
気配を消すことももう必要ない。
射る事だけに全て集中だ。
なんとかうまくいったようだ。
最初の2羽はもう事切れて倒れている。矢は頸部を大きく抉った上で突き抜けており、あげく土中に埋まってしまっていた。
(あきらかにおかしい威力。キラキラの力なんだろうか? 少なくとも矢の強度がもたない速度と力が出ている)
残りの1羽には左後肢に矢が刺さったままで、動けはしないが生きている。
見るからにひどい傷だ。急いで楽にしてあげた。
すぐに荒れた現場を修繕し、矢を回収。周囲から匂いの強い薬草の類を集めてバラまいておく。血の匂いをごまかすためだ。
トゲ岩から大きく離れた場所で獲物達を処理。血抜きをして内臓などの不要部分を切除、土に埋める。埋めた後に上から土を盛った。
手元に残った処理済の獲物の状態をよく観察してみる。
(2羽は毛皮としても十分だけど、残りの1羽は・・・・ダメかな?)
少し反省しつつもトゲ岩まで引き返し、気配を殺したまま再び弓を手にした。
待ち伏せを続け、1羽単体でやってきた兎を3回、本日合計6羽を獲得。持ち帰って師匠に納入。ボクの身体能力を以てしても一度での運搬はつらかった。小さな子供を6人抱える想像をすれば、どれほど困難か理解できるだろう。
本当に兎は数が多く、たくさん狩ってもすぐに増えるようだ。罠があれば捕まえるのも簡単で、肉量も多く庶民の味方だ。
翌日も違う場所ではあるが、4羽を追加し、なんと2日目にして兎の目標を達成したのであった。時間はまだあったが、目標を達成したこともありすぐに帰る事にした。
夕方前に師匠の家に戻ったボクは、2日目の結果を報告し獲物を師匠に渡した。
師匠は家で矢を作っていたようだが、特に何も言わずに立ち上がって受け取ると、毛皮の具合と他部位の処理状態を確認している。
一通り納得したのか、温度を低く保つ魔道具の箱に獲物を保管し再び矢の作業に戻る。
大体師匠はいつもこんな感じなので、ボクも特に気にすることはなく帰るために挨拶した。
「では帰ります。明日からは大物を狙います」
「ああ」とぶっきらぼうに返す師匠。
でも去り際、「よくやった」と聞こえるか聞こえないかの小さな声で労ってくれた。
3日目。本当の勝負はここからだ。
森の中に流れる小さい川に向かって進む。
この川は森の北部から始まり、中央あたりで西に向かって折れ、森を貫通していっているようだ。この森にとって生命線と言っても過言ではない。
動物達も多くが水場として利用しており、足場が良く水の流れが緩やかな場所には水を求めてくる獲物が多く、狩人にとっては絶好のポイントになる。
そういったいくつかあるポイントを順番に見て回る。
だがなかなか良い感触を得られない。
仕方なく身体能力にまかせて次から次へとポイント移動してゆく。5か所目にしてやっとはっきりとしたキラキラの気配をつかまえた。
(これは間違いないな。しかも複数の鹿だ! 片方は大きく、もう片方は小さい。親子か)
(子がいるなら水場へは頻繁にやってくる。しかも遠くへはあまり行かないはず。よしついてるぞ)
幸運を噛み締め、狩場をここに決める。しっかりとした準備が必要だ。
(高台で水場全体を見晴らせて、目立たず、適度な距離、できれば風雨を凌げる・・・・あの木あたりかな。太めの幹があればいいんだけど)
あたりをつけた木の根元まで近寄って、よく木を観察する。
ボクの身長の倍ほどの高さにある太い幹に目を付けた。
目を付けた幹までの中間に、やや小さめの別の幹がある。そこを足場にして上に行こう。
木から少し後ずさって助走距離を稼ぐ。
そこから木に向かって勢いよく走り、大きく跳躍した。
木の表面を壁走りの要領で、2度ほどトンットンッっと駆け上がる。その勢いのまま、比較的低い場所にある小さめの幹をさらに蹴り飛ばし、目標の大きな幹の部分に手を掛けることができた。
手の力だけで強引に身体を幹の上に引き上げ、水場を見渡してみる。
(悪くない、大丈夫そう)
(やっぱりボクの体はどこかおかしいな。こんな無茶な動きができる人見たことないよ)
ここからは兎の時と同様に弓を準備して気配を消し、待ちの一手だ。生理現象を抑えるため、食べ物や水分も極力減らす。
(これなら罠を複数仕掛けた方が楽なんだけどな。どれぐらい待たされることやら)
あれからどれくらい時間がたっただろうか。
師匠の所を出発したのが正午前、移動してこの水場に決めるまでに数時間、太陽の傾きを考えると木の上で数時間待っている計算になる。
(長時間飲まず食わず動かず、しかも気配を消して集中を続けている。ボク絶対おかしいよね?)
とうとう日が暮れて夜になってしまった。
鹿は夜行性が多いので、夜だからと言って気は抜けない。
ボクは狩人として夜目が効く方だし、集中してキラキラを感じれば陽がある時と同じくらいの視界を確保できる。色はないけどね。
明日はシスターの授業が無いので、ここで一晩を過ごす覚悟を決める。
ただしさすがに途中で休息する必要があると思う。集中力を欠いた状態で獲物が現れたりしたら目もあてられない。
そんなことを考えている時だった。
大きめの影が水場に2つ現れる。予想通り鹿の親子だ。一気に緊張が高まり、気配が漏れそうになる。
(落ち着け。現れてさえしてくれればもうこちらの勝ちだ。1頭なら絶対に外さない。ゆっくりだ、ゆっくりでいい)
(狙うのは頭部だ。少し強めに、貫通ではなく破壊を意識して)
弦を引き絞り狙いを定めると、キラキラが矢先に集まり始める。
(いつもより・・・・なんか多い?)
気にはなったが今さらやめられない。
(・・・・・・・・・いけっっ!・・・・・)
(あれっ? いつもと全然違う!! なんだこれっ?)
放たれた矢は、空気を切り裂くように目標に向かって異常な速度で突き進む。まるで親鹿の頭部に引き寄せられるように。
革袋が破裂したような大きく派手な音を響かせたと同時に、水辺だったせいか驚くほど大量の水飛沫が舞い上がる。
水が収まった後、ゆっくりと倒れこむ鹿の姿が見えた。倒れた姿を確認し、ボクはナイフを持って急いで木から飛び降り走る。
駆け寄ってすぐ獲物が息絶えている事を目視して辺りを見渡す。子鹿の所在の確認のためだ。念のためにナイフは構えている。
子鹿はすでにこの水場を離れ、森の入り口まで退避していた。こちらを振り返り、何の感情も無い無機質な瞳でじっとボクを見つめている。
(家族を奪って・・・・ごめん。頂いた命は余すところなく活かします)
心の中でつぶやく、小鹿に届くわけもないが。
いたたまれない気持ちを切り替え、すぐに獲物の処理を始める。
いつもなら頸動脈あたりをナイフで裂くが、今回は頭部から頸部にかけた部分が吹き飛んで!? いるので、内臓だけ処理する。魚につつかれないように腹はしっかり閉じてすぐに川に沈める。さらに流されないように縄をつないでおく。
次に森の中から適度な長さの枝を拾い集め、獲物を運ぶための簡易的なソリを組む。
ソリといっても木を寄せ集めただけの台状の物で、つないだ縄を自分の体に巻いて力業で引っ張るだけだ。
出来上がったソリを水辺に移動し準備を終えたボクは、再びの太い幹の上へ戻り日が昇るのを待つ。
(いままでこんなに長時間集中を続けたことはなかった。狩りでここまで疲労を感じるのは初めてかも。急に眠気が・・・)
ボクは背後の木に体を寄せたまま、気絶したように深い眠りに落ちて行った。
一瞬で、ほんの一瞬で。




