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3日目のキールダンジョンを終え、宿に帰ってきました。
現在マスターは大のお気に入りのお風呂の魔道具に入っています。
この魔道具はなかなか高性能であり、水を満たして魔石をセットすれば短時間で入浴に適した温度に温めてくれます。しかも温度を一定に保つ機能もあります。
しかしながら高機能ゆえに消費する魔石量は多く、一般人の利用に向かないことは明らかです。もちろんマスターにそんな心配は無用です。お金は潤沢にありますし、魔石払いも利用しているため魔石自体もたくさん手元に持っています。
惜しむらくは水自体を作り出す魔道具がないことです。このお風呂の魔道具も水だけは人間の力で運んで盥を満たす必要があります。宿であればスタッフが汲めばいいでしょう。そうでない場合は自力で水を汲むことになり、湯に浸かる喜びも半減です。
少量でも水を産みだすことができたならば、マスターの様々な探索にも役立つことでしょう。水を持ち運ぶのはかなりの負担になります。かといって省略できません。もし魔道具の製作をする機会があれば、まずはそこからです。
魔道具にはそれぞれに決まった規格の魔石をセットして使用しなければなりません。高性能であったり大規模な魔道具には大きい規格の魔石が、小さい物にはそれ相応の魔石が必要です。
前世の電池が例えとして適切です。単一、単三などを思い浮かべれば比較的理解しやすいでしょう。
マスターや領軍が集めてきた魔石は、国が経営する魔石加工所に送られ成形されます。その成形された各規格の魔石が国民に販売されたり、魔石払いとして支給されます。
本来は魔獣が落としたままの状態が一番エネルギー効率が良いらしいのですが、様々な種類のある魔道具の規格に対応するための加工技術であるようです。このあたりの情報は秘匿レベルが高いらしく、私には把握できていません。今後の課題の一つでしょう。
魔石加工と魔道具の製作に関しては正直興味が尽きません。
この世界の科学技術レベルは低いままなのに、魔道具は突出して高性能なのです。かといって魔法が高度に発達しているわけではない。その技術は一体どこからくるのか。このアンバランスさは何に由来するのか。この世界における学習が進めば進むほど謎が深まります。
一つだけ思い当たることがあります。ダンジョンです。ダンジョンの存在も同様に異質でした。つまりこれらの技術は神に由来する可能性があるのではと推測しています。いずれ調査は必要でしょうが、今はまだ想像の範囲で構いません。
お風呂に浸かったままのマスターは、とても機嫌が良さそうです。めったに出ない鼻歌なども聞こえます。前世の『アニソン』であるようです。マスターの身体をチェックすると極めて良好なリラックス状態にあり、セロトニンやオキシトシンが多く分泌されていると推定できます。お風呂とアニソン効果は絶大であるようです。
これはもっと有効に利用すべき案件ですね。
急ぎ記憶データベースを検索、アニソンを抽出していきます。そしてそれらをBGM、または伴奏できるように音響解析して音源に変換します。マスターの歌声を邪魔しないように、少しずつゆっくりと音を忍び込ませていきます。
「えっ!? 空耳?じゃない!?」
マスターは辺りを見回し確認しています。機を見計らって説明し『ドヤ顔』を示す顔文字を例の左上の部分に表示します。話を聞いたマスターからは、
どこのストリーミング会社だよっ! ドヤ顔むかつく!
とのツッコミを頂きました。その後褒めていただき、追加で20曲ほどのリクエストを頂きました。
マスターに注意点を説明します。この音はマスターの鼓膜に直接作用させていますので、体全体で聞くような重低音域は再現性が悪く苦手です。また他人には聞こえていません。他人の鼓膜に干渉する方法は現在検討中ですので、その『みんなでカラオケ』の提案は保留とします。
お風呂で数曲を熱唱、満足されたのかお湯から出てきました。少し休憩した後に話しかけます。
《マスター、身体強化[1]の話です。よろしいでしょうか》
(なんか教えてくれるんだっけ。やったぜ!)
《ご期待のところ申し訳ありませんが教える、という程のことではありません。アドバイスにさえならないかもしれません》
マスターが訓練中によく口にする『集中する』という言葉があります。
観察すると確かによく集中していらっしゃいます。その集中によりマスターの魔素がエネルギー的に励起され、光の矢などがより強化されます。私はこの励起された魔素を活性化魔素と呼んでいます。
活性化魔素は万能です。使用用途によって変質する性能を有しており、強化に使うならより強化の効果を高め、破壊に使うならより破壊力を増します。つまり抑えた身体強化を実行するのに、より高性能でパワーのある魔素を使用しているのです。LOWギアにしたままでアクセルをベタ踏みするようなものです。
おわかりでしょうか。訓練が上手くいかないのも当然です。
集中する事と活性化魔素を作ることを別々の事として分けましょう。集中するとは意識を高め、目標に対する思考を研ぎ澄まして加速させる、と定義しましょう。一方今まで行ってきた集中は活性化または励起と呼称しましょうか。
この訓練時は常に『活性化』せず『集中』して行いましょう。
もう一つあります。
ここからはマスターを観測した結果感じた概念的な話になりますので、よくイメージを膨らませながらお聞きください。
マスターが身体強化[2]を行うとき、自分の体の器を[2]にしてそこに[2]の魔素を注いでいます。対して身体強化[1]の訓練を行うとき、[2]の状態から器だけを[1]に変化させていました。しかも[2]の魔素をなるべくこぼさないように無理やり[1]の器に押し込めようとしていました。結果魔素は収まりきらず、多くがこぼれていきました。さらにそこへ[2]の魔素を保持しようと注ぎ続けるので、なおのこと魔素の消費に拍車がかかっています。
ちなみにこの時点で使用されている魔素は活性化魔素です。本来なら[2]から[3]へ遷移するものです。
身体強化[1]を発動する時は[2]から[1]ではなく、強化無しから[1]の順で行うのが良いと考えます。また状況により[2]から[1]へ移行させたい時は、間に強化無しを挟んで[2]ー無しー[1]としてください。もちろん習熟度が上がれば[2]から[1]へのダイレクト遷移で構いません。
これらの順序処理はマスターの意識レベルの話なので、時間的には何も変わらないでしょう。
いかがでしょうか。
この話を聞いてマスターはとても感心して喜んでくれました。もうベッドに入る時間なのですが早速訓練を始めています。
《そうですそうです! 無しから[1]へうまく起動できてます》
《待ってくださいそれではダメです。順序はいいですが活性化魔素になりかけてます》
《他が疎かになりすぎです! 歩きながらやってみてください》
調子に乗り過ぎましたね。深夜過ぎまで続けてしまいました。明日は遅めに起床するよう調整します。
無理にダンジョンで行う段階でもないので、明日はダンジョンをやめましょうかと提案しました。行くそうです。吸収もやるんだと張り切っています。それがマスターの望みであるなら私は最高の補佐をするまでです。
明日もマスターにとってよき日になりますように。




