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この世界には目覚まし時計なんてないから、大人になったら必要な時に自分で起きるのは当たり前だ。正確な時間はもちろん無理だけど、だいたいいつもの決まった時間に起きるものだ。
その時間に起きるために、毎日決まった時間に寝ることも大事だ。そしてそれを繰り返すことはもっと大事だ。
経験上決まった時間に寝れば、決まった時間にいやでも起きるようになる。
だから人は規則正しい生活をする。
《マスター、起きてください》
はいどうも! 異世界で目覚まし時計を手に入れちゃったリクちゃんでーす。
これヤバイよ?
起きなければ、から、起こしてもらえる、への変化。解放感ぱねーっす。
そんなにって思う? そんなになんだよ。
(アイさん、目覚ましあざーーーっす)
《急がないと共用の井戸とトイレが混んでしまいます》
(ラジャー!)
急いで支度して出かける。出かけるって言っても隣の建物だ。早足で事務所にいくと、やはりヴィルさんはもう来ていた。
「おはようございます。ヴィルさん」
「おうリク、はやいな」
「今日から一人なんで励もうかと」
昨日のオレの狩りの様子を見て、一人で問題ないとお墨付きをもらったんだ。正直一人の方がいろいろ楽なんだよな。能力を隠さなくてすむ。
今日は気楽にいけるなと考えつつ、事務所の道具置き場から自分の道具を取り出す。新人用の宿舎に泊まる組合員は、自分の道具はここに置くのが決まりだ。
というか大部屋だと寝てる間に盗まれる。
「泊りじゃねーよな? 奥にはいくなよ」
「わかってます」
速攻で準備を終えて森に向かう。もちろん北だ。
森についたらマラソン訓練を開始だ。
《マスター、奥に向かってグレートボアですか?》
(あれだけダメって言われたんだ、さすがにボアはやめておくよ)
《奥に向かうことは止められましたが、グレートボアを狩ることは止められておりません。推奨はされていないだけです》
(完全に屁理屈じゃん。それに奥にいかなければ同じことだろ?)
《森の浅い所に迷い出てきたグレートボアに、たまたま出会って襲われてしまったら、逃げるか闘うしかありません》
(・・・・・・それ犯罪者の言い訳っぽくね・・・)
《利点を説明します。
グレートボアの肉は高価です。特に最近入荷しておらず価値が上がっています。市場価格も調査済です。
もし狩ることができれば、あの宿舎を出て宿屋に移動できます。個室で臭くありません。生活費に余裕ができれば、毎日の狩りに追われる事なく、より訓練に集中できます。またグレートボアとの闘い自体が、上質な戦闘演習になります》
(戦闘はともかく詳しく聞こうじゃないか。あの大部屋を脱出するために!!!)
《ありがとうございます。
先に申し上げた通り、グレートボアを浅い所まで引っ張ります。
利点は2つ。誘き出すことが高度な訓練になることと、倒した獲物の運搬が劇的に楽になることです。街に距離が近ければ、運搬の助けを呼びやすくなります。
次にリスクです。
獲物のサイズや攻撃力が想定を大きく上回る場合、危険度が増すでしょう。
組合長の助言に従い、樹上に避難するのが無難です。
理想を言うなら100~150kgの小型の物がいいでしょう。
それでも肉の末端価格で最低金貨10枚です。組合の査定と買い取り額が判明しておりませんが、低く見積もって半額だとしても金貨5枚。しばらく高級宿で暮らせるでしょう》
(き、きんか・・・・・・こうきゅうやど・・・・やる、やってやんよ!
でも小型で100~150もあるの?)
《前世に比べてこの世界では動物のサイズが大きいようです。
前世の兎を思い出してください。ここで狩っている物との差はどうですか?》
(た、たしかに・・・・気が付いてなかった。バカでかいな)
《魔素の影響かと推測します。これまでの観測では人より野生の動物の方が魔素が多いことがわかっています。では具体的な作戦を申し上げます》
走っている。あいも変わらずオレは走っている。いまはマラソン訓練中じゃないぜ?
逃走中!
森の奥までマラソンで突っ込み、アイが索敵して見つけた『ちょうどいいサイズ』のボアを釣りだし誘導している。最初はとんでもなくビビっていたが、今は余裕をもって誘導し、突っ込んできたら華麗に避けている。
身体強化ってすごいね! 力が強くとか、素早く動く、だけじゃないみたいだ。動体視力がね、上がりまくりなのかな? 獲物の動きがゆっくりに見えるんだ。思考がはっきりして、自分の動きが正確で速くなってる気がする。
《それはマスターだからこそと推定されます。
体全体に強化はかけていますが、無意識に必要部位に魔素を多く集めています。
魔素を『視る』マスターだからこそ出来ていることです。おそらくイメージが大事なのでしょう。
筋力、持久力、動作精度、反射神経、瞬発力、動体視力、思考速度、これらに特に効果増大が見られ、必要な時に魔素を集中させているようです》
(オレってば天才?)
《努力だけでは到達できない天性のヒラメキ、という意味で、はいその通りです》
(ボケなんだから否定してくれよ・・・・)
《余分な会話はここまでです。大詰めです。
ここまでマスターの誘導により敵は疲れ、あちらこちらに衝突し満身創痍。
過大なストレスにより本能的思考能力も落ちているでしょう。
弱っています。弱っていますが倒すには程遠い。
準備しておいたポイントに行きましょう。
現在地は予定より少しズレています。最終地点へと修正を》
散々ボアを挑発しながら、森の入り口近くに仕掛けておいた罠に誘導してゆく。通常なら罠にかかりにくいそうだが、ここまで苛立たせてやったんだ。うまくいくだろう。
そして・・・・・
バチンッ!!
作動した。トラばさみタイプの罠だったんだが、引っかかってくれた。
罠は大木に繋がれており、その罠につかまったボアは一定範囲でしか動けなくなる。
というかヘロヘロだな?
《マスター! 油断しないで急いでください!
敵の力はまだ強大です。罠も短い時間しか持ちません! 動きが止まっている今が最大のチャンス、眉間です、眉間を! 無理なら耳の後ろを!
矢を強化してはいけません!! 頭が破裂してしまうと説明できません!》
アイが珍しくアセってるな? ここまで大きな感情が出てくるのは初めてだ。
対してはオレはゆっくりだ。
いやワザとゆっくりやってるわけじゃないよ? 周りの世界が遅いし、オレ自身も遅くなってるからさ。
心の中で深呼吸する。
弓に矢をつがえ、狙いをつける。狙うは眉間だ。
眉間にある毛の細かい模様。
濁った眼。
何かの傷跡。
鼻についた汚れ。
滴るヨダレと鼻水。
全てがクリアに見えている。
おっと矢に力を持たせ過ぎだ。調整する。
放つ。
ああ、中るな。
《マスターお疲れの所申し訳ありません。
街に戻る前に、もう少し矢を当てておいてください。
正確無比なたった一撃で倒したなどと言うと信憑性が疑われます。この際、多少肉の価値が下がるのは必要経費とみなします。
眉間にナイフを刺しておいてください、それをとどめとしましょう。抜かないでくださいね》
《まずは組合に。組合長がいるといいのですが。
あの者はマスターの能力の一端を肌で感じておりますので、説得が容易い》
《目論見通りですね。襲われたという言い訳もなんとか通用しています》
《組合は大騒ぎでした。普段は新人に無関心な組合員も、マスターに注目していました。
余分なトラブルを生まなければよいのですが》
《全額は無理でも一部清算を交渉してください。すぐに宿屋に移動するべきです》
《なっ、査定額が低すぎます。詳細な説明を求めます!
駄目です! すぐにサインしないで!》
まったくもう。
マスターはすばらしい人間ですが、人が好すぎます。
私がしっかりして見てあげないといけませんね。




