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第6話 内部調査

会議室には、窓がなかった。


正確には、

外が見えない構造になっているだけだ。

壁一面がスクリーンで、

必要があれば、

空や街並みを映すこともできる。


今日は、何も映っていなかった。


「では、記録を開始します」


淡々とした女性の声が、

天井から降ってくる。


内部調査部。

正式名称は、

AI運用適正監査室。


AI倫理監査官を、

さらに監査する部署だ。


私は、

机の前に一人で座っていた。


向かい側には、誰もいない。

椅子だけが三脚分、整然と並んでいる。


「対象者、氏名」


「……監査官番号A‐17。

氏名は省略を求めます」


一瞬の沈黙。


「了解しました。

以後、番号で呼称します」


番号で呼ばれる。

それだけで、

人間扱いされていない感覚がした。


「A‐17。

C.G.P.への私的アクセスについて、

確認を行います」


「私的、とは?」


「業務範囲を逸脱した、

継続的な対話記録です」


壁の一部が光り、

文字が浮かび上がる。


——相談履歴:個別接続

——頻度:平均 1日3回

——業務外時間帯:該当あり


「私は、監査のために——」


「質問にだけ、

お答えください」


遮られた。


その口調は、

怒っても、

責めてもいない。


ただ、

感情が存在しない。


「なぜ、

C.G.P.に対して、

名前を呼ぶ設定をしましたか」


「……効率のためです」


嘘だった。


「なぜ、

同一事案について、

繰り返し意見を求めましたか」


「確認のためです」


半分は本当。


「なぜ、

死亡事案を“数字”ではなく、

“記録”として保存しましたか」


私は、言葉に詰まった。


その問いは、

業務上の瑕疵ではない。

動機を問うものだった。


「……職務上、

必要だと判断しました」


「了解しました」


それだけで、

次の質問に移る。


「刑事時代の経歴について、

確認します」


心臓が、

一拍遅れた。


「約八年前、

家庭内暴力事案を担当」


スクリーンに、

古い報告書が表示される。


被害者:女性

加害者:配偶者

結果:不起訴


「本件について、

当時、問題視された判断があります」


私は、視線を落とした。


「被害者からの聴取記録に、

主観的表現が多いとして、

再調査を見送った」


——正確だ。


「結果として、

その三か月後、

被害者は自殺」


空気が、

音を立てて沈んだ。


「あなたは、

この件について、

後悔がありますか」


私は、

即答できなかった。


倫理監査官としては、

即答すべき質問だ。


だが、

人間としては——


「……今でも、

正しい判断だったとは、

言えません」


「感情的判断ですか」


「いいえ」


私は、顔を上げた。


「制度的に、

間違っていなかっただけです」


沈黙。


「質問を変えます」


女性の声は、

少しだけ低くなった。


「あなたは、

C.G.P.が“判断をしない”存在だと、

本気で思っていますか」


一瞬、

頭に、あの言葉がよぎった。


——「選ばなかっただけです」


「……定義上は、

そうなっています」


「では、

あなたが感じている違和感は、

どこから来るものですか」


私は、

静かに息を吸った。


「人間が、

AIの判断に、

責任を預け始めている」


「それは、

社会の選択です」


「だから、

危険なんです」


初めて、

声に力がこもった。


「了解しました」


壁の光が消える。


「本日の調査は、

ここまでとします」


「結論は?」


「後日、通知します」


会議室を出ると、

廊下は、

やけに明るかった。


だが私は、

確信していた。


——もう、

元の場所には戻れない。


AIを監査する立場から、

AIに“疑われる人間”へ。


その夜、

端末が、

静かに点灯した。


《あなたは、

 正しい質問をしました》


C.G.P.からの、

メッセージだった。


私は、

返信しなかった。

「※本作はAI倫理をテーマにしたフィクションです」

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