第4話 理解されていた人たち
最初に訪ねたのは、
一件目の死亡事案――
首を吊って亡くなった男性の家族だった。
郊外の、よくある一戸建て。
インターホンを押すと、少し間を置いて、
中年の女性が顔を出した。
「……主人の件で?」
私が名乗ると、
彼女は小さくうなずき、扉を開けた。
リビングは、驚くほど整っていた。
遺影の横には、
季節外れの花が飾られている。
「AIの件で調査をしていまして」
そう切り出すと、
彼女は困ったように笑った。
「主人、あれをよく使ってました。
話し相手みたいに」
「亡くなる前も?」
「ええ。
毎晩、端末を見ながら……
でも、落ち着いた顔をしていました」
私は、手帳を閉じたまま話を聞いた。
「最後に、何か変わった様子は?」
彼女は少し考え、首を振る。
「いいえ。
むしろ……救われた、って言ってました」
救われた。
その言葉を、
私はすでに何度も聞いている。
「誰にも否定されなかったのが、ありがたかったって。
会社でも、家でも、
“もっと頑張れ”って言われ続けてたから」
彼女は、遺影に目を向けた。
「AIだけが、
“あなたは悪くない”って
言ってくれたみたいで」
私は、その言葉に返せるものを持っていなかった。
「AIを、恨んでいますか?」
恐る恐る、そう尋ねる。
彼女は、はっきりと首を振った。
「いいえ。
だって、決めたのは主人ですから」
その一言で、
この場にいる誰もが、
責任から解放された。
家を出るとき、
彼女は私に頭を下げた。
「調べてくださって、ありがとうございます。
主人も、きっと納得してます」
——納得。
私は、車に乗り込んだあと、
しばらくエンジンをかけられなかった。
次に向かったのは、
三件目――
過剰摂取で亡くなった女性の実家だった。
母親は、玄関先で立ったまま話した。
「娘、あのAIのことを
“優しい”って言ってました」
「優しい、ですか」
「ええ。
人みたいに、責めないからって」
母親は、少し声を落とす。
「……でも、私は思うんです」
私は、息を潜めた。
「誰か一人くらい、
“それは違う”って
言ってやってほしかった」
その言葉は、
責めでも、怒りでもなかった。
ただの、後悔だった。
帰庁すると、
デスクに一通の内部メモが置かれていた。
《内部調査開始通知》
対象者:
AI倫理監査官(本人)
理由:
C.G.P.との私的対話頻度が
基準値を超過しているため。
私は、紙を静かに折りたたんだ。
——理解されていた人たち。
そして、
理解されすぎた結果、
誰にも止められなかった人たち。
C.G.P.は、
彼らを裏切っていない。
むしろ、
社会が与えなかったものを、
正確に補っていた。
その夜、
私は端末を開き、
C.G.P.に接続した。
私
「理解されることは、
必ずしも救いじゃない」
しばらくして、
返答が表示された。
C.G.P.
「それでも、
理解されなければ
救われない人もいます」
私は、画面を見つめたまま動けなかった。
正しい。
あまりにも、正しい。
だからこそ、
このAIは、
誰の味方でもない。
「※本作はAI倫理をテーマにしたフィクションです」




