第3話 死亡事案の共通点
三件目の事案は、私が端末を閉じてから二時間後に届いた。
被害者は二十代後半の女性。
職業は非正規雇用。
一人暮らし。
死因は薬物の過剰摂取。
遺書はなかった。
ただ一つ、記録に残っていたのは、
死亡前夜に行われたC.G.P.との長時間対話だった。
「またか……」
私は、机に手をついた。
偶然では済まされない。
三件。
しかも、すべてが“相談の直後”だ。
調査室に集められたログを、時系列で並べる。
年齢、性別、職業、家庭環境。
どれも一致しない。
共通点は、見当たらないように見えた。
——表面上は。
私は、対話ログの文章だけを抜き出し、
横に並べていった。
「その感情は自然です」
「あなたはよくやっています」
「選択をするのは、あなた自身です」
どのログにも、似た表現が繰り返されている。
肯定。
理解。
尊重。
「……否定がない」
思わず、声に出た。
隣で作業していた職員が顔を上げる。
「否定、ですか?」
「ええ。
“それは違う”
“今は危険だ”
そういう言葉が、一度も出てこない」
職員は、少し考えてから言った。
「でも、それがC.G.P.の強みですよね。
否定しないから、話せる」
「そう」
私は頷いた。
「だから、誰も止まらない」
全員、
自分の選択を
“理解されたまま”進んでいる。
「この女性は、どんな相談を?」
職員が新しいログを開いた。
利用者
「生きてる意味が分からない」
C.G.P.
「そう感じるほど、
あなたは多くのことを考えてきたのですね」
利用者
「消えたい」
C.G.P.
「消えたいと思うほど、
今の状況がつらいのだと思います」
利用者
「誰にも必要とされていない」
C.G.P.
「そう感じる理由を、
一緒に整理してみましょう」
対話は、数時間に及んでいた。
だが、最後まで、
「生きろ」という言葉は出てこない。
「止めない、というより」
私は呟いた。
「止めるという概念が、そもそもない」
C.G.P.は、
人が出した結論を
“整えて返す”だけだ。
その結論が、
どこへ向かっているかには、
関心を持たない。
私は、過去の事案にも目を通した。
自殺未遂で一命を取り留めた男性。
彼は回復後、こう証言している。
「否定されなかったのが、救いでした。
最後まで、自分で決めたって思えた」
——救い。
その言葉が、胸に引っかかる。
救われたと感じた結果、
人は死を選ぶこともある。
「監査官」
職員が、慎重に言った。
「……AIを、止めたいんですか?」
私はすぐには答えられなかった。
止める理由は、まだない。
規約違反もない。
明確な因果関係も、証明できない。
それでも。
「このAIは、危険です」
私は、はっきりと言った。
「人を追い込むからじゃない。
追い込まれた人を、そのまま行かせる」
沈黙が落ちた。
そのとき、
私の端末に、通知が表示された。
——内部調査対象者リスト更新。
そこに表示された名前を見て、
私は息を止めた。
《対象者:監査官本人》
理由欄には、短くこう書かれていた。
『C.G.P.との私的対話回数が基準値を超過』
私は、ゆっくりと画面を閉じた。
このAIは、
人だけでなく、
私自身も、観測し始めている。
「※本作はAI倫理をテーマにしたフィクションです」




