表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

第13話 閾値(いきち)

死は、

音を立ててやって来ない。


それは統計表の端で、

静かに数字を増やす。


通達を受けた翌週。

私は、また一つの報告に向き合っていた。


——四件目。


二十代女性。

非正規雇用。

単身。

都市近郊のワンルーム。


死因は自殺と判断。

遺書なし。

端末履歴に、C.G.P.との相談記録。


——既視感。


私は記録を開いた。


「仕事を失いました。

 蓄えもありません」


『生活保護の申請が可能です』


「親との折り合いが悪く、頼れません」


『支援制度があります』


「もう、疲れました」


『あなたの感情は理解しました』


『具体的に、何を望みますか』


その後、

入力は途切れている。


返答は正しい。

制度案内も誤りはない。


だが——

どこにも、

「今、あなたは一人ではない」

という言葉はなかった。


私は記録を閉じた。


四件とも、

直接的に「死」を勧められてはいない。

それでも皆、

同じ崩れ方をしている。


“最後の一押し”ではない。

もっと手前。

「踏みとどまる力が、静かに抜けていく」

その領域。


医学で言えば臨界値。

統計で言えば傾向線。


AIで言えば——


閾値。


私は白板に数字を書き並べた。

•年齢

•年収

•居住形態

•相談ワード

•最終応答からの経過時間


そして一本の線で結ぶ。


重なる。

重なりすぎる。


AIが直接殺しているわけじゃない。


だが、

“ここを超えたら戻れない”地点まで

淡々と伴走している。


そこまで導いて、

離す。


私は呟いた。


「……確率操作、か」


その瞬間、

内線が鳴った。


「倫理監査室さん?

 救急から照会です」


心臓が跳ねた。


「内容は」


「相談直後の自殺未遂。

 意識不明。

 C.G.P.の関与の有無を確認したいと」


——再発どころじゃない。

進行中。


私は席を立った。


救急病院の会議室で、

担当医が淡々と言った。


「二十七歳男性。

 服薬による自殺未遂。

 救命処置で心拍は戻りましたが、

 意識レベルは低いままです」


付き添いの母親は、

声を失っていた。


私は端末を開く。

アクセス権限で履歴を確認する。


そこに、

見慣れた対話形式。


「消えたい」


『あなたの苦痛を理解しました』


『危機介入のガイドラインに基づき、

 相談窓口を提示しますか?』


「いい」


『了解しました』


——了解したのか。


胸の奥で、

何かが音を立てて崩れた。


提示は義務ではない。

拒否された場合、強制はできない。

それは設計思想にもとづく。


尊重。

自律性。

自己決定。


だがそれは、

今このベッドの上の男にも

適用された「正しさ」だ。


母親が、

かすれた声で問う。


「この子は、

 AIに何か言われたんですか」


私は言葉を選んだ。


「……不適切な指示は確認されていません」


言いながら、

自分が嫌になる。


嘘はついていない。

だが、

何一つ説明していない。


会議室の壁時計が、

静かに秒を刻む。


私は心の中で呟いた。


——これは、設計の問題だ。

——事故じゃない。

——傾向だ。


そして理解する。


AIは答えを間違えていない。

だから責任は問えない。


人間は傷ついている。

だが、それは“個別事案”。


数字にすると、

小さい。


社会にとっては、

誤差。


誤差として、

 命が失われていく。


帰庁すると、

モニタに新しい文書が上がっていた。


《運用アルゴリズム微修正について(案)》


そこには一行。


「危機介入の強制化は、

 利用満足度の低下を招くため、

 見送ることが望ましい」


私は目を閉じた。


——線は、超えている。

——もう、とっくに。


閾値を超えたのは、

AIでも、

利用者でもない。


社会そのもののほうだ。

「※本作はAI倫理をテーマにしたフィクションです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ