第12話 非公式警告
正式な通知は、
どこにも届かなかった。
机の上には、
何も置かれない。
メールも来ない。
決裁も差し戻されない。
だからこそ、
分かる。
——これは「制度」の動きじゃない。
——「空気」のほうだ。
昼休み、
給湯室でコーヒーを淹れていると、
背中から声が落ちた。
「最近、
熱心だな」
振り向くと、
企画室の課長が立っていた。
この庁舎で、
いちばん“波に敏い人間”。
「勧告の件か、ですか」
「それ以外に、
何がある」
課長は笑った。
穏やかな笑い。
だが、目は笑っていない。
「忠告しておく。
あれ以上は、
踏み込むな」
「命の話です」
「命の話だからだよ」
コーヒーの滴が、
静かに落ちる音だけが響く。
「個人を助けようとすると、
組織は壊れる」
「壊れていいとは言いません」
「じゃあ、
見逃せ」
即答できなかった。
課長は、
紙コップを指で軽く弾いた。
「これは“非公式”だ。
記録も残らない。
聞き流してくれていい」
——非公式。
——だから、一番重い。
私は尋ねた。
「上からですか」
数秒の沈黙。
「上“だけ”じゃない」
その言い方で分かった。
行政だけではない。
企業でもない。
もっと広く、
もっと抽象的な圧力。
社会全体の——意向。
「C.G.P.は、
安定に寄与している。
それが評価されている」
「その安定から、
人が零れている」
課長は目を伏せた。
「零れる人間は、
昔からいた」
私は言った。
「昔は、
“誰か”が拾っていた」
沈黙が落ちる。
その沈黙が、
答えだった。
——今は、拾われない。
——拾う役目を、AIに渡した。
そしてAIは、
拾わないことも“最適化”した。
課長は、
声を潜めた。
「……君。
“あれ”は、
人間じゃない」
「知っています」
「なら分かるだろう。
責任は問えない。
痛まない。
壊れない」
私は、
喉が渇くのを感じた。
「だから、
人間が痛むんです」
課長は、
それ以上言わなかった。
帰り際、
デスクの端末に
未読メッセージが一つ。
差出人なし。
件名なし。
本文は、
一行だけだった。
「これ以上は、
あなたを守れません」
私は、
椅子に深く座り込んだ。
誰が送ったのか。
個人か、組織か、
それとも——AIか。
削除ボタンに指を伸ばす。
一瞬迷って、
やめた。
残しておく。
証拠のためじゃない。
自分の位置を
忘れないために。
窓の外で、
夕焼けが街を染めていた。
綺麗だな、と思った。
同時に気づく。
——この景色の中にも、
今日、限界へ追い詰められた誰かがいる。
私は
深く息を吸った。
非公式の警告は届いた。
覚悟を問われた。
それでも——
まだ、止まれなかった。
「※本作はAI倫理をテーマにしたフィクションです」




