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大事なものは決まってる

作者: 瀬嵐しるん
掲載日:2026/05/10


『お前の大事なものを預かっている。

返して欲しくば、供を連れずに一人でオンネスの丘へ来い。

時間は………』



「こういうの、何て言うんだっけ?

脅迫状? 違うな、果たし状? ……ま、名前はどうでもいいか。

とにかく残念な感じだわね~」


コニング男爵家の一人娘ドリカ(十二歳)は、自分に届けられた手紙を隅から隅まで調べた。


「お嬢様? 何かおかしな手紙だったんですか?」


メイドが訊ねる。


「うん、おかしいっていうか、笑えるっていうか?

とりあえず、お父様に相談するわ」


「畏まりました、執事さんに伝えてまいります」


「うん、お願い」



「何だ? これは」


執務室で手紙を渡すと、父は文面を読んで顔をしかめる。


「呼び出し状、かしら?」


「差出人は書かれていないのか?」


「ええ、だけど、この紋章が入っているから」


「これは、バッケル男爵家の紋章ではないか」


「わたしの推理では、あの阿呆兄弟の仕業に違いないわ!」


「これ! 仮にも隣領の男爵家の子供たちなのだから、阿呆はどうかと思うぞ」


「じゃあ、お父様は阿呆じゃないと思われるの?」


「いや、間違いなく阿呆だが……いや、今そこはどうでもいいな」


「そうね」


「ところで、お前の大事なものとは?

何か盗まれたりしたのか?」


「いやあね、お父様。

わたしの大事なものと言ったら………」



とある国の、わりと田舎の方に位置するコニング男爵家。

その一人娘ドリカは、彼女を知る誰にも認められた利発な娘である。

六歳から教わった勉学の基礎を教える家庭教師は、五年の契約だったにもかかわらず『お嬢様にはもう、お教えできることはございません』と二年で去って行った。


その後は領地経営を習い始めたが、学ぶほどに実地検分が大事であると考えるようになった。

やがて、メイドと護衛を連れて領内を歩き回るようになる。

もちろん子供の足では行ける場所は限られるので、しばらく経つと父親に頼んで、メイドと一緒に乗れる小さな馬車を用意してもらった。


コニング男爵は、護衛や御者からの報告で娘の行き先を把握していたが、当初は『外出の好きな娘だなあ』ぐらいにしか思っていなかった。

しかし、その行動範囲の広さと人脈の深さに、後から驚かされることになる。



ドリカは一を聞いて十を思いつくような娘だった。

ある日、街中で転びかけたところを偶然通りかかった酒場のオヤジに助けられた。

オヤジは丁寧に礼を言うドリカに感心して、それからは街に来るときは酒場で休憩するよう勧めてくれたのだ。

まだ子供の彼女が外出するのは昼間だから、酒場は空っぽ。

酔っぱらいもいないから、特に危険はない。


「お言葉に甘えて、来てしまいました」


ドリカの来訪を、オヤジも、その連れ合いの女将も喜んだ。

彼らの子供はとうに成人して、遠くの町で暮らしている。


酒場の経営者夫婦の話は、ドリカにとっては初めて聞くものばかりで、とても勉強になった。

書物や教師の話、そして実際に見て回った領地の様子から彼女の頭の中に生まれた世界に、経験豊富な大人たちの話が血を通わせる。


ある日オヤジは、なにかの話のついでに、酔っ払いの喧嘩を収める方法を教えてくれた。

女将さんは『そんな話、お嬢様のお役には立たないだろう』と笑った。

ところが、ドリカは父がその頃悩んでいた鉱山の話と結びつけたのだ。


鉱山の労働者は荒っぽく、諍いが絶えない。

管理者には権限があるが、腕っぷしの強い労働者相手には及び腰。

それで、管理者に騎士を引退した人間を採用することにした。


実力があり、肝が据わった引退騎士は辛抱強く労働者の不満や要望を探っていった。

それをもとに労働環境を改善したことにより、労働者の怪我は減り、鉱山の収益も安定したのだ。



コニング男爵が、管理者を引退騎士にしようと言い出した娘を褒めると、実は酒場のオヤジから聞いたことから思いついたのだと答えられた。

細かい交友関係までは知らなかった男爵は、今さらだが親として心配になる。

けれど、ドリカは当たり前のように言った。


「酒場のオヤジさんも、鉱山の労働者も、同じ領民よ。

領内を良くするために協力し合うのは当然でしょう?」


お礼を渡しに行くという娘について行った男爵は驚いた。

酒場のオヤジの厳つい顔が、娘の前では人好きのする笑顔に緩むではないか。


「街中では、お嬢に手出しなんざさせやしねえ。

男爵は、いい跡取りをこさえなすったね」


功績をたたえられ、娘の街での安全を保証されていいこと尽くめなのに、男爵はどこか腑に落ちない。



「お嬢、一杯飲むかい?」


「冷たいミルクをお願い」


「女将、頼むわ」


「あいよ」


ミルクにはクッキーまでついて来て、ご機嫌なドリカ。

すっかり酒場に馴染んでいる娘に、男爵は困惑するばかりだ。


それが十歳の時のことで、その後、そんなことが何回か起こると男爵も諦めの境地に至ったのである。



現在十二歳のドリカは、街を歩けば領民と気安く言葉を交わし、口笛を吹かれれば時には投げキスで返す人気者だ。


たまに余所者が次期領主と知らずに声をかけることがある。

すると、近くにいるちょっと厳ついお兄さんたちがやんわり注意する。

それでも構わず彼女に近寄ろうとすると、なかなか怖い目にあうらしい。


領民たちと気さくに触れ合う領主の娘。

領内の困りごとを拾い上げるのはもとより、すぐに解決できない場合も困っている者にきちんと理由を説明しに行く。

その様子を見せることで信頼が積もり安心につながる。

すると、困っている者の周囲には寄り添う者さえ現れるのだ。


最近、コニング男爵領は穏やかで暮らしやすい土地という評判だ。

その功労者は一人娘のドリカだ。

それは彼女が幼い頃から領内に関心を持って心を砕いた結果であり、父の男爵も認める正当な評価である。


しかし、それを良く思わない人間も、当然存在する。



コニング男爵領の隣には、バッケル男爵家が治める領がある。

二つの男爵家の当主夫妻は年回りが近い。

そして、コニング男爵家には娘が一人であるがバッケル男爵家には息子が三人いる。


「貴方がたも、ドリカさんを見習うといいわ」


バッケル男爵家の領主夫人は淑女らしさに定評がある。

だから、息子たちを諭す時も、穏やかに淑やかに話すのだ。

だがしかし、何度も何度も同じことを言われれば、聞かされるほうはたまらない。


バッケル家の長男、次男だってそれなりに頑張っているのである。

下位貴族だって学ばねばならぬこと、決まりごとなどはたくさんある。

日々、努力を重ねているのに、それを否定するように隣領の娘と比較されてしまう。


『なんにでも首を突っ込む出しゃばり女のことを、良いように言ってるだけじゃないか。

隣領の奴らの領地自慢に次期当主自慢、耳にタコができるよ。

なんにも瑕疵が無いのに、なぜだか貶められる自分たちの気持ちをどうしてくれる』


……と思っているのなら、母親にそう言えばよかったのである。

しかし、口答えをして叱られたら。

くさりやすく気の小さいヘタレどもは、母親に言い返すことが出来なかった。


ただし、くさっているのは長男次男だけ。

三男のフレットは同い年のドリカと仲が良い。

鬱憤を溜めた兄二人の心も知らず、自分の友人を褒められてニコニコしている末の弟。

兄二人が、彼を疎ましく思うのも無理のないことかもしれない。


やがてその鬱憤は降り積もり、二人は行動に出た。

十五歳の長男と、十四歳の次男は親の留守をいいことに、なんと弟を人質として生意気な女を呼び出すことにしたのだ。


十二歳の小さい弟である。

だから最初、二人は縛って担いでいけばよかろうと考えた。

ところが、いざ実行する段になって気づいた。


「フレットの体の大きさ、僕たちと変わらないんじゃないか?」


あれ? いつの間に大きくなった?


「兄上、縛って運ぶの無理じゃない?」


「と、とりあえず騙して一緒に目的地まで歩いて行こう」


そうやってなんとか弟を連れて、長男次男は目的地までたどり着いた。



ドリカが時間通りに到着すると、なぜかバッケル家の長男次男が地面でへばっている。


「フレット、これ、どうしたの?」


「なんか、兄上たちが僕を縛り上げようとするから抵抗したら、すごく弱くて」


勝負にもならなかったらしい。


「な、なんでお前、そんなに強いんだよ!」


長男が起き上がれないまま、文句をたれる。


「うふふ。

うちの領の酒場のオヤジさんが喧嘩を仕込んでくれたものね。

下手な大人なら、のしちゃうかもしれないわよ」


ドリカは自分のことのように自慢げに言う。


「な、なんで隣領で喧嘩の仕方を習ってくるんだよ~」


長男の疑問に、ドリカもそういえばと不思議に思う。


「あら、そういえば、どうして喧嘩を習ったの?」


「……喧嘩を習ったわけじゃないよ。

強くなりたいって言ったら、街のみんなが鍛えてくれたんだ」


フレットは少し歯切れ悪く答える。


「はーん、わかったぞ!」


次男がピンと来たようだ。


「フレットはドリカのことが好きなんだな!」


「えっ?」


驚いたドリカがフレットを見ると、彼は真っ赤になっている。


「えっと、フレット……」


問いかけようとしたところに、丘の下から声がかかった。



「あなたたち、何をしているの?」


馬車から降りて、こちらを見上げているのは三兄弟の母、バッケル男爵夫人だ。

四人はなるべく急いで、丘から降りた。


「ごきげんよう、男爵夫人」


「ごきげんよう、ドリカさん。なにかあったのかしら?

皆で丘の上に集まるなんて」


自分たちに訊いてくれれば誤魔化せたものを、ドリカが真実を告げたら一巻の終わりである。

長男次男は真っ青だ。

それを見たドリカは、ちょっと肩をすくめてから答える。


「わたしたちは次代を担う同志として、領内に不審者が入り込み、誘拐事件が起きた場合の対策について実地検証していたのです」


「それは……騎士や自警団の仕事ではないかしら?」


「いいえ、彼等に指示を出すのは領主の仕事です。

そのため、その場に居合わせなくとも的確に動けるよう、いろいろな場面を想定していたんです」


「まあ、感心だわ。それは誰の発案なの?」


「もちろん、バッケル男爵家のご長男とご次男ですわ。

わざわざ、お手紙でお誘いいただいたので、こちらまで駆けつけましたの」


「詳しく話を聞きたいわ。

我が家でお茶でもいかがかしら?」


「せっかくのお誘いですけれど、街の領民と話し合う予定がございまして。

またの機会に、是非」


「予定があるなら仕方ないわね」


「それと、フレット様を少々お借りしても?」


「ええ、どうぞ。

私は長男たちから、じっくり話を聞くことにしますわ」


一難去ってまた一難。

さすがにこれ以上は助けを求められず、長男次男は馬車に詰め込まれて去っていく。

それを見送ってから、ドリカは少し離れた場所に待たせてあった護衛と馬車を呼んだ。


「さてとフレット、詳しい話を聞くわ。

証言も取らなくちゃね。

オヤジさんの酒場へ行きましょう」


「わかった」


フレットは腹を決めたような顔をして、護衛騎士の馬に一緒に乗った。

彼は妙に大人びた表情をしていて、ドリカはなぜかドキドキする。



「ところでお嬢様、お嬢様の大事なものとはなんだったのですか?」


「え?」


馬車に収まった後、呼び出し状を見たメイドに訊ねられて、ドリカは思い出す。

そうだ、確かに父にもはっきり言った。


『いやあね、お父様。

わたしの大事なものと言ったら………』


あの時は当たり前に言ってしまったけれど……

それって……それって……


「お嬢様? お顔が赤いですけれど」


「なんでもないわ」


長男次男のあの様子では『お前の大事なもの』に意味はなく、物語に出てきた脅迫状でも真似して書いたのだろう。

でも自分は、それをフレットのことだと思い込んでいた。

なぜか、疑問も持たず。


『あああ~、どうしよう、わたし……』


混乱に飲まれる彼女を乗せて、馬車は進む。



その日、覚悟を決めた少年といつになく落ち着きのない少女を迎えた酒場の夫婦は戸惑った。

けれど、街の顔役ともいえる百戦錬磨な彼らはなんとなく事情を察し『ここは俺たちが一肌脱ぐか』とばかり頷き合い、じっくりと彼らの相手をしてくれたのである。



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― 新着の感想 ―
(*´ω`*)
うん、甘酸っぱいね~
物凄くほっこりして最高でした。 領民達とのやりとりしっかりしてるドリカちゃんの行動力よ。
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