第5話『家族に似た女たちと、ニューヨク町(入浴町)への旅』
村の英雄として迎えられて数日――。
カードは、朝から夕まで自由に過ごしていた。専用の風呂、特注ベッド、村の子どもたちによる「お目覚めオーケストラ」まで手配され、まさに“セルフファースト”全開の生活が送られていた。
だが――。
「ふむ……満たされすぎるというのも、問題だな……」
カードは、村長宅のテラスで紅茶を飲みながら、ふと天を仰いだ。
「ここには、もはや挑戦がない。私は常に高みを目指す男……このままでは“偉大な私”が埋もれてしまう」
そこへ、村長がやってきた。
「どうかしましたか?カード様。今朝は果物パフェが少なかったとか……?」
「いや、今日は違う問題だ。刺激が足りん」
「刺激……ですか。そういえば、町のほうに行くのはどうでしょう?最近、『入浴町』という町が注目されてましてね。クルーズという方が町長を務めているとか」
「クルーズ?」
カードの眉がピクリと動いた。
「聞き覚えのある名前だ……たしか、かつて私の政敵の一人にも……いや、まさか……」
過去の記憶が微かにカードの脳裏をかすめる。
「……面白い。入浴町とやらに、行ってみる価値はありそうだな」
カードは早速、旅支度を整えた。馬車などという軟弱な手段は取らない。
「我がこの大地を踏みしめることで、歴史は刻まれる。つまり、徒歩こそ最も尊い移動手段だ」
「(また変な理屈……!)」
そう呆れるアリシアを尻目に、カードは村を出発した。
道中、草原、川、小さな森を抜けながら進む。だが、ある丘の上で不穏な気配を感じた。
「――ん? 何やら騒がしいな」
耳を澄ますと、木々の奥から女性の悲鳴が聞こえた。
「キャアアアッ!!やめてッ、誰か助けて!」
すぐに現場に駆けつけると、そこには三人の盗賊に取り囲まれている少女がいた。服は汚れ、足に傷を負い、背中の荷物を奪われようとしていた。
「盗賊ども……!お前たち、私の“良心ポイント”に触れたな」
「なんだ、ジジイは引っ込んでろ!」
「ジジイ、だと……? 私は“大統領”だぞ?」
次の瞬間、カードは全速力で跳びあがった。
「《スピニング・セルフ・バックドロップ!!》」
宙を回転しながら、盗賊の一人を後頭部から地面にめり込ませる。
「う、うわあああああああ!!」
「つ、強すぎるっ!」
残りの盗賊二人にも――
「《サブミッション・フォー・セルフ!》」
地面に寝かせ、複雑な関節技でうめき声をあげさせた。
戦闘時間、わずか30秒。
少女は呆然と立ち尽くしていた。
「お嬢さん、無事か?」
カードが手を差し出すと、少女は驚いたように彼の顔を見つめた。
「……あなた……」
「?」
「まるで、私のお父さんにそっくり……」
その言葉を聞いた瞬間、カードの心に稲妻が走った。
「……!」
(この目、この口元、髪の癖――まさか……!?)
少女の名前は「アバンカ」。入浴町の郊外で母と二人暮らしをしているという。
「よければお礼をしたいので、うちに来ていただけませんか……?」
「ふむ……見返りは大事だからな。よし、案内してくれ」
アバンカの案内で、カードは小さな家に辿り着いた。田舎町のわりに整った造りで、木の香りが心地よい。
「ただいま、お母さん!お客さんを連れてきたよ!」
「えっ、ちょっと、アバンカ!急に大声出さな――」
現れた女性を見た瞬間、カードの心臓が止まりそうになった。
「……!」
(この輪郭、この声、この絶妙な口調――彼女は……彼女にそっくりだ……!)
「ムラニアです。アバンカの母です。助けてくださって、本当にありがとうございます」
その言葉に、カードは深く頷いた。
「いえ、当然のことをしたまでです……ムラニアさん」
(まるで、元の世界での妻にそっくりだ……まさか、そんな偶然があるか……?)
久々に揺れ動く、カードの感情。
だが、それは悲しみではなかった。
「ふむ……いい湯屋でもあれば、ここでの滞在も悪くないな……」
「ありますよ!この町は“入浴町”ですから!」
「最高だッ!!」
こうしてカードは、再び新天地――入浴町での生活を始めることになる。
次なる舞台には、“因縁の男”クルーズが待ち受けていた――。