第4話『プロレスの魂は異世界でも強い』
朝の村――。
のどかな空気。村人たちは昨日復旧した畑で作業をし、水路から流れる水の音に癒やされていた。
そんな中、一人だけ優雅にハンモックでくつろぐ男がいた。
「ふぁ~……やっと、私の理想郷に近づいてきたな……。毎朝新鮮な野菜、湧き水、ほどよい敬意……あとは秘書がいてくれれば完璧なのだが……」
そこへ、村の少女アリシアが血相を変えて走ってくる。
「カード様!たいへん、たいへんですっ!」
「静かに。私は今、リラックスタイム中だ。話は30秒以内で頼む」
「砂竜が!あの砂竜が、村に向かって進軍してます!巨大な足跡がどんどん近づいてて……!」
「……」
カードの表情が止まった。
「つまりそれは――」
「はい、カード様の昼寝ができなくなる、ということに!」
「なにィィィィィ!!?」
カードはガバッと起き上がり、風を切って立ち上がる。
「私の平穏が侵されるとは、由々しき問題だ!これは“個人の危機”!つまり国家レベルの緊急事態だッ!」
「(個人の危機を国家扱いしないで!)」
――村の外れ。
大地を揺らしながら迫ってくる巨大な影。それは、前回村の畑を荒らした砂竜。
村人たちは、武器も持てず、震えるしかなかった。
「こ、こんなのどうやって倒せば……」
「もはや我々に残された手段は……」
「カード様だけだ……!」
村人たちは一斉にカードを見つめる。
「……ふむ。私が動けば確かに勝利は見えている。だが一つ聞きたい。報酬は?」
「えぇ!?」
「私のこの気高き肉体が、わざわざ砂の中で暴れ、汗を流し、しかも衣服が汚れるリスクを負うというのだ。ならばそれ相応の“待遇”が必要では?」
「そ、そんな……いったい、何を望むんですか……?」
カードはニヤリと笑った。
「私専用の風呂と、個室、三食フルコースの待遇だ」
「……高い……けど、背に腹は代えられない!!」
そして、決戦の時。
砂煙を巻き上げ、ついに村の入り口に砂竜が姿を現した。全長十数メートル。巨大なあご、鋭い爪、そして口から噴き出す熱風。誰がどう見ても勝てそうにない。
だが、その前にカードは一人、仁王立ちしていた。
「よろしい。お前が私の昼寝時間と、清潔な村生活を邪魔するならば……容赦はしない」
彼はおもむろにジャケットを脱ぎ、シャツのボタンを外す。
「何を……?」
「見せてやろう……かつて某国の大統領時代、地元イベントで鍛え上げられたこの肉体を!」
筋肉が、光った。
その筋肉には「スリーパーホールド記念日」「ボディスラム外交成功」など意味不明な称号が刻まれていた。
「見よ!我が異世界プロレス、初披露だ!」
カードは砂竜の巨体に飛びかかり、空中で宙返りしながら砂竜の頭に着地。
「《エゴ・エルボー!!》」
バチィン!!
肘打ちが砂竜の眉間に炸裂。ぐらりと頭を揺らす砂竜。
続いて、
「《セルフ・スープレックス》!」
ありえない力で、巨体の砂竜を持ち上げ、背中から地面に叩きつける!
村人たちはあ然とした。
「なんで持ち上がるんだよぉ!?」
「重力も自己都合でねじ曲げてるぅぅぅぅ!」
しかしそれは序章にすぎなかった。
カードは両手を天に掲げ、叫ぶ。
「仕上げだァッ!!」
《セルフファースト・フィニッシュホールド!》
彼の身体が金色のオーラに包まれたかと思うと、空中から一直線に落下、ドロップキックが炸裂!
――ドゴォォォォォン!!
砂竜は地面にめり込み、そのまま気絶した。
静寂。
砂埃の中からカードが立ち上がる。額には汗と砂。だが、顔には満足げな笑み。
「……ふぅ、いい汗かいた。だが次は室内冷房完備で頼む」
村人たちは、ただただ感動していた。
「カ、カード様……!」
「すげえ!本物の英雄だ!!」
「筋肉で、あんな巨大生物を倒すなんて……!」
「これが“村王補佐顧問臨時特任閣下”の力か……!」
肩書きがどんどん増えてる!
カードは、やや疲れた様子で村に戻ると、アリシアにだけ小声で言った。
「……プロレスはな、自己表現の極地なのだよ」
「かっこいいこと言ってるけど、セルフファースト前提なのバレてますからね?」
「うるさい。私が満足することが、世界の平和に繋がるのだ。これはもう哲学だ」
こうしてカードは、完全に村の英雄として扱われるようになった。
支持率は爆上がり。要求はすんなり通り、村の女性陣からは好意の視線まで……。
そして彼は思った。
「……異世界、案外悪くないな」