第2話 救世主(自称)、村を救う?
「こっちです!こっち!」
少女は砂埃を蹴って走る。その後ろを、悠然と歩く男が一人。
――彼の名はカード。元大統領、現異世界転生者、スキル「セルフファースト」の持ち主。
「ふむ、なかなか良い景色だな。君の案内、合格だ。国務長官にしてもいいぞ」
「え、何その変な称号!?私はただの商人見習いなんだけど!?」
「見習い?なら私の見習いに変更しよう。私を見習えば人生が楽になるぞ」
「うわ、すごく胡散臭い……」
そんな会話をしながら、二人は緩やかな丘を越えた。見えてきたのは小さな村――石造りの家々が並び、畑が広がるのどかな集落。だが、その穏やかな空気にどこかピリついた緊張感が混じっていた。
「最近、近くに砂竜が出るって噂で、村の人みんなビビってるんです。だから、あなたが倒したって話、きっと希望になりますよ!」
「正確には“倒してない”が、“去らせた”。私の存在感に屈したのだ。つまり威厳による勝利。あるいはカリスマによる勝利。どちらでもいい」
「えっと……うん、まぁ……村長に説明できる範囲で説明するね」
少女はやれやれと首を振りながら村へ駆け込んだ。
村の中央。教会跡地の広場には、村人たちがざわつきながら集まりつつあった。
「おい、なんだって!?アリシアが砂竜を追い払った男を連れてきたって!?」
「本当か!?あの砂竜に何人もやられてるってのに……」
「まさかまた詐欺師じゃねぇだろうな?」
「おい見ろ、あれがその……えーっと、名前なんだったっけ?」
「カード様です!」
元気よく名乗ったのは、案内役の少女・アリシア。栗色の髪を揺らし、やや興奮気味に話す。
「この人、私の目の前で砂竜を撃退したんです!なにもせずに!ただ立ってるだけで、砂竜が寝ちゃったの!」
「……ああ?それ、なんかの薬じゃねぇのか?」
「いやいや、ほんとに!“セルフファースト”っていう謎スキルで!」
「セルフ……ファスト?お前また変な噂に……」
村人たちの視線が一斉にカードに集まる。カードは悠々と前に出た。そして右手を高らかに挙げて叫んだ。
「民よ、安心せよ!私がこの村の安全を保証しよう!」
「……誰?」
「カードだ。世界の大統領。貴君らに必要なのは、私という存在。それ以外に保証はない」
「なに言ってんだこの人?」
「けど、砂竜が来てないってのは事実よな……」
「村長ー!村長どこー!」
アリシアが呼ぶと、わらの帽子を被った老人が人混みをかき分けてやってきた。
「なにごとだ、騒がしい……って、ほほう、なんとも立派な……いや、見た目は……立派か?」
「村長、この人が砂竜を退けたんです!私、見たんですから!」
村長は白い髭をなでながら、カードを見上げた。
「ふむ……何者だ?」
「私はカード。貴君の村の救世主だ。君の役職をひとまず“名誉村長補佐”にしておこう。私がトップとして管理しやすくするためだ」
「なに勝手に肩書き作ってるんじゃ!?」
「肩書きというのは自分で作るものだ。私は大統領時代に“経済の救世主”“平和の守護者”“カリスマ・ビジネスリーダー”など、計47個の称号を自作したぞ」
「……」
村長はしばし絶句したが、周囲の村人たちがざわつき始めた。
「でも、砂竜が退いたのはほんとにありがてぇ話だぜ」
「確かに、命が助かったって話なら無碍にはできん」
「うちの畑、今朝から荒らされてないし……やっぱこの人のおかげじゃねぇか?」
気づけば、村人たちの間に「カード様すごい」「救世主かも」という空気が漂い始めていた。
「ふむ、民意が高まってきたな。では、第一命令を出す。私はこの村の最も広い家に住む。食事は三食、肉中心。夜の警備は最低三人、昼寝の時間は静かにすること。以上だ」
「いや、村のルールってものが――」
「支持率は高まっているぞ、村長。今なら選挙をしても勝てる自信がある」
「いや村に選挙制度はないわ!」
しかし、数人の村人が拍手しはじめ、あっという間に「カード様!カード様!」の歓声が上がる。
「さすが……自己中心的なのに、なぜか支持を得る天才……これが大統領の風格……!」
アリシアは少し引きながらも、どこか感心していた。
こうして、カードは村に居候するどころか、「尊敬されているらしい異世界人」というポジションを獲得することになった。
そして、彼の“セルフファースト”スキルがもたらす影響は、これから村を、世界を、そして神々の秩序すらも……めちゃくちゃにしていくのだった。
――次回、「第三話:村の問題を“自分に都合よく”解決せよ!」