第11話:ステーキの危機と牛角リックの陰謀
「ふぅ……やはり温泉のあとはミルクだな」
浴場でゆったりと湯に浸かり、冷たい牛乳を一気に飲み干すカード。だが、その表情は晴れなかった。心に引っかかるのは昨日の出来事――テギュサス町役場で再会した、かつての政敵・リック。しかも、奴はこの町の町長となり、何やら不穏な黒ローブの集団と関わっていた。
「奴の動き……まさか偶然の一致ではあるまい」
だが、まだ証拠がない。今は静観――そう思っていた、その翌朝。
「カ、カードさま!たいへんですっ!」
酪農組合の少女リヴィアが町の中心で息を切らしながら走ってきた。
「牛たちが……牛たちが元気をなくして、餌も食べず、ミルクも出なくなっているんです!」
「……なんだと?」
カードは即座に立ち上がった。かつてこの世界の政治に無関心だったはずの「私」が、今はなによりも――
「ステーキが……危機だと?」
彼の眉間に皺が寄る。湯気の立つ湯から出て、すぐさまテギュサス町の牧場へ向かうカード。
牧場では異様な光景が広がっていた。
牛たちはぐったりとうずくまり、目は虚ろ。皮膚は乾燥し、よだれが垂れている。
「これは……狂牛病と似ているが、早すぎる。こんな急激に群れ全体に症状が出るわけがない」
カードはかつて世界を統べた男。感染症への対応マニュアルなど、記憶に鮮明だ。すぐに餌の検査に取りかかる。
飼育員の若者が差し出した餌袋を手に取り、カードは指を入れてつまみ取る。
「これは……なにか混ざっているな」
指先に黒く粘る粉状の物質。それは微かに燻ったような匂いを放ち、乾いた牧草とは明らかに違っていた。
「黒い何か……」
黒ローブ、リック、牛の病……繋がった。
「やはりお前か、リック」
カードは怒りを胸に町役場へと乗り込む。町長室の扉を勢いよく開けると、そこに居たのは、椅子にふんぞり返っているリックと、彼の背後で控える黒ローブの部下たちだった。
「おやおや、これは。元大統領殿じゃないか。ステーキでも持ってきたのか?」
「持ってきたのはこれだ」
カードは封をした袋を机に叩きつけた。中には黒い粉がたっぷり入っている。
「これは餌に混入していたものだ。牛たちの沈鬱、ミルクの減少、感染症様の症状……すべてこいつのせいだ」
「……それがどうした?私がそれを混入させた証拠でもあるのか?」
リックはにやりと口を歪ませ、手のひらを広げてみせる。
「証拠がないなら意味はない。元の世界と違って、ここは“感情論”じゃ裁けないぞ?」
「証拠がなくても……貴様の身体から吐かせることはできる」
カードの目が細まり、スーツの襟を正す。
「私はこの異世界においても“セルフファースト”……私の好物を奪う者は容赦しない!」
ドンッ!!
重たい音が鳴り、カードはリックの机を片手で跳ね飛ばすと、一気にリックの懐に飛び込む!
「プロレススタイルだ……準備はいいな?」
「来いよ、元大統領」
リックもまた立ち上がり、上着を脱ぎ捨てる。彼の背中には奇妙な紋章、そしてうっすらと黒いオーラが漂っていた。
二人の巨体がぶつかり合い、町長室が戦場となる!
カーン
ゴングが鳴る!
――バックドロップ!
――ジャーマンスープレックス!
リックは意外にも受け身がうまい。しかし、圧倒的な体幹とパワーを持つカードが一枚上手だった。
「どうした、私のドロップキックは甘いか?」
「ふざけるなぁッ!!」
リックは怒声を上げると、黒いオーラをさらに強くまとい――
バキバキッ!
「なに……?」
彼の額から――角が生えた。太く、鋭く、まるで――牛のように。
「ふははははっ!これが……牛王化だ!」
「……牛の角? 完全にお前、ステーキ側の生き物じゃないか」
角を生やし黒いオーラを纏うリックの変貌に、カードの眉がぴくりと跳ねた。
「いいだろう……なら、私も少し本気を出そうか」
次回、カード vs 牛王リック、異世界ステーキを懸けた闘いが始まる!




