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君の笑顔の花をもう一度咲かせられたら  作者: 杜野優衣
第一章 シラン・ストリアータ
8/8

06.

「……はは」


 僕はその感覚に夢中だった。刃の先が肉を切り裂く爽快感。普段の自分では到底行うことができない行動は僕を高揚させる。魔物を倒すことはルピシアを助けるための行いだというのに、この瞬間の僕は間違いなくそのことは頭からは消え去ってしまっていて、夢を見るような心地でハサミと言う名の凶器を振り回していた。


 悲鳴を出せるほどの体力を失った魔物を見下ろし、僕はやっと我に返った。死んではいない、が。もはや屍に等しい。直接ここで息の根を止めずとも、暫くすればくたばるだろう。僕は一縷の罪悪感も抱くこともなく、ハサミを元の鞘に収めた。


 魔物に人の心を残すなんて馬鹿げている。

 幼い頃から押し付けられたその思想は、皮肉にも今の僕の慰めになっていた。


 僕はそうして、辛うじて形を保っているだけに過ぎない館に足を踏み入れた。


 瓦礫を掻き分け、僕は比較的落ち着いた雰囲気の広間までやってきた。大きな机に並ぶいくつかの椅子。僕は何を思ったか、腫れ物を触るようにそっと触れた。


 世界の膿の影響を受けたせいで薄汚れた木の欠片に成り果てたそれは記憶を孕んでいた。ここに生きた、幼い少女の物語だ。



 ◇◇◇



「ノプシス」


 朝起きて、

 一番に聞く私の名前。

 その名前を呼ぶ声がたまらなく優しくて。


「ノプシスッ!」


 悪いことをしちゃって、

 それを隠そうとしたことがバレちゃった時。

 その名前を叫ぶ声が少し怖くて。


「ノプシス……」


 私が傷ついた時、

 自分事のように苦しんで。

 涙を流してくれる二人が大好きで。


 二人が呼んでくれる

 二人が私に付けてくれた名前が

 何よりも大好きで。


 なんでこうなっちゃったのかな。

 高望みをした訳でもない。

 ただ二人と…家族と『これから』を生きていければそれで良かったのに。


 なんで、なんでなの。

 なんで私はこんなに冷たい床で眠っているの。



 ◇◇◇



「……」


 ああ、なんて感動的で。それでいて悲劇的な記憶なのだろう。幼い少女はただ生きていただけだった。家族と共に、普通の毎日を懸命に生きていただけだった。それを奪う、黒き闇。ああ、なんて理不尽なのだろう。なんて可哀想なのだろう。


 そう、思うとでも?


 くだらないな。人に同情する心なんてとうに捨てていた僕はノプシスの気持ちを理解することはおろか、聞く耳すらも持っていなかった。他人の人生劇場なんて心底どうでもいい。そう思っていた。


 それは元来の僕の性質が主な理由であったものの、ルピシアを助けるためにこんな場所で止まっている暇はないという思いも確かにあった。何にせよ、僕はノプシスという少女の記憶をこれ以上覗くつもりはないし、同情する気もない。さっさとこの場から離れて花を見つけようとしていた。


 しかし。


「なんだっ!?」


 身体が突如として後ろへと引かれる感覚があった。背中に磁石がくっついているかのようだ。謎の力を相手に僕はとっさに抗おうとするも、その原因が不明であるために対処もできなかった。結果としてその力に引き寄せられるままに、僕は館の入り口にまで戻って来てしまっていた。


「来るな」


 馬鹿らしく思うが、館自身がそう言っているように感じた。


「とんだ化け物館じゃないか…」


 本当にこんなにも不気味な場所に花があるのか?


 ここに縋る他道はないものの、僕はそんな疑問さえ抱いていた。花が咲いているのはもっとこう、綺麗な場所だと思っていた。それこそルピシアが作っていた花畑のように。


 そうも言っていられないと僕は再び館の中に足を踏み入れる。しかし今度は入ることすらも拒まれた。館全体が僕の侵入を拒否しているかのような反応だった。先ほどまでは何事もなく進むことができたのに。


 僕の中に焦りが生まれた。早くしなければルピシアが。ルピシアの命が尽きてしまう。


 しかし何度試しても前に進めることはない。僕はこの館には入っていいものとそうでないものを選別する何かがあると睨み、一つの心当たりを見つけた。しかしそれが余計に僕を絶望させる。僕がこの館からはじかれるようになったのはノプシスの記憶に触れたあとだった。恐らくその瞬間の僕の行動、または心情に気にくわない何かがあったのだろう。しかしだ。


 僕は僕の考えを変えることはできない。無理にそれをしようとしたところで、それは上辺でしかないのだからこの化け物館はそれを見抜いてしまうだろう。


 僕は眠っているルピシアに目を向ける。君を助けたくてここまでやってきたというのに、僕は僕のせいで君を死なせてしまうのか。でも、ごめん。僕にはそれが出来ない。いいや、知らないんだ。何かに同情なんてしたことがないから。されたことがないから。


「……ルピシア」


 その時、ある日の彼女との会話が僕の中に駆け巡った。

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