カラス
次の日の日曜日の朝、八時にかけていたアラームが鳴った。
早速、昨日買ってもらった新しい白のトップスと黒の八分丈スカートに着替え、一階へ降りた。
そして顔を洗って、朝食を摂り、歯を磨いた。
鏡の前でしっかりとついてしまった、寝癖を少し時間をかけて直した。
「お父さん、お母さん、郵便局のポストに莉子への手紙を出してくるね」
スマホも一緒にバッグへ入れ、郵便局まで行って帰ってくるだけなので、往復一〇分ほどの予定だ。
家から徒歩五分〜一〇分圏内の道は大体覚えてきていた。
まだここに来てから、電車に乗った事がないが、それもこれから先の計画の一つに入っていた。
いつもの十字路の信号が青に変わり、右に渡ってすぐに右方向へと足を進めた。
今日は日曜日だが、この通りに人が少ない気がした。
郵便局が閉まっているし、駅は自分の歩みを進める方向とは逆方向だからなのだろうか。
少し違和感は感じたが、あまり気にしないようにした。
そして、郵便局に辿り着き、ポスト前でバッグから手紙を取り出した。
ポストの普通郵便へ投函をするために、手紙を挿入しよう押し込んだ。
(……ん?)
何かが挿入口で突っかかる感じがあり、押し戻されてしまう。
(え? おかしいな……)
しばらくガチャガチャと挿入口に何とか手紙を無理にでも入れようと試みた。
(他の手紙がたくさん入っていて、中がいっぱいなのだろうか……)
右手で手紙を入れ込もうとし、左手で挿入口を上げ、少し力を入れてみた。
しばらく続けていたが、手紙の状態も心配になってきたので、一旦手紙を引き戻そうと、三分の一ほど中に入っていた手紙を引いてみた。
(……あれ!?)
次は引き抜こうにも引き抜く事ができなくなってしまった。
「えっ、どうして…!? 無理に入れようとしたから中で先端が変な所に挟まっちゃったかな……?」
心の声が思わず言葉に出てしまった。
今日は日曜日だから、郵便局の窓口も開いていない。
名前や住所などの個人情報も書いてあるから、ここに手紙を放置するわけにもいかない。
「お願いだから、入るか戻るかしてよ!」
と、次の瞬間…… ガッ!
手元に痛みが走った。
目に映ったことを、脳が事実と処理するのを拒否した。
右の手元では普通では考えられない事が、起こっていた……
青紫色に変色した細くヌルッと水に濡れたような腕がポストから伸び、杏奈の右手首を思いきり掴んでいた。
「あっ…… あぁ……」
あまりの恐怖で言葉が出なかった。
腰を抜かしてしまい、その場にお尻から地面へ落ちた。
不気味な手は異様なほどに長く、未だに杏奈の腕を掴んで離さない。
誰かに助けを呼ばなければと、周りを見渡した。
おかしい…… 人が一人も通らない。
恐怖を通り越し、ついには意識を失った。
郵便局を目の前に、駅の反対方向からこちら側へ歩いて向かってくる、杏奈と同じ年頃の男の子が、遠目から女の子がポストの目の前で倒れているのを発見した。
そして急いで駆け寄ってきた。
「ねぇ、君! 大丈夫!?」
抱き起こすと、杏奈の目元から涙が溢れ、意識がない。
「……この念の名残、何なんだ……」
瞬時に何かを察知し、辺りを見渡したが、この念を発する本体がすでに消えていた為、その場では辿りきれなかった。
彼は左手で杏奈を支え、右人差し指と中指を自身の額に当てて目を閉じ、誰かにコンタクトを取った。
「僕だ。 緊急で悪いが、郵便局前で女の子が倒れていて、様子がおかしい。 すぐに迎えに来れるか?」
しばらくすると、黒い乗用車が現れ、郵便局前に左ウィンカーを出し、停まった。
運転手が後部座席のドアを開け、二人がかりで杏奈を丁寧に横たわらせた。
杏奈と同じ年頃の男の子は助手席へと乗り込み、漆黒の着物を着て黒髪を後ろで結い、横長レンズのメガネの男性が運転席のハンドルを握り言った。
「圭様…… ここ最近で一番嫌な念の名残を感じますね」
「あぁ、異様だ…… とりあえず戻って彼女の回復を待つ」
車は右ウィンカーを出し、後方から車が来ていないことを確認して、郵便局から駅と反対側の裏通りへと向っていった。
しばらく走らせると両脇に木々が目立つ通りの突き当たりに、大きな鳥居が見えきた。
その鳥居を目の前に右折をし、さらに一つ目の角を左折し、進むと左側に四台車が停められる、神社関係者専用の駐車場がある。
参拝客は鳥居の左右に専用駐車場が別である、規模の広い神社だ。
神社を囲うように、柱や木々のいたるところに、九字切りの刻印が入っている。
縦に四本線が並び、横に五本線が重なっている、この紋様が九字切りと呼ばれている。
神社関係者専用駐車場から、圭の屋敷までは石段を上り、すぐ右手に位置する距離だった。
運転をしていた男性の名は秦魅音と言う。
魅音は、普段神職業務を任せている、二名の巫女に屋敷の客間に布団を敷くよう、指示を出した。
圭は杏奈をおぶり、敷かせた布団へゆっくりと寝かせ、巫女二名を見守りにつかせた。
圭は屋敷内の別室へ行き、私服を脱いだ。
左側に黒地(陰)、右側に白地(陽)の片身替わりの着物に着替え、身なりを整えた。
この世界は陰と陽で成り立っていると考えられている。
故に神職や神事に携わる者は、常に陰と陽のバランスを保たねばならない。
同じ敷地内の父の屋敷へ、途中で中断になってしまったが、自身が周った場所までの結界に異常がなかった事と先ほどの杏奈の件を報告しようと向かった。
ここの神社の名称は女塚神宮。
祀られている神は木花咲耶姫と、瓊瓊杵尊。
木花咲耶姫は誰もが振り返るほどの美貌を持つ女性であったという。
瓊瓊杵尊とは、日本の最高神、天照大御神の天孫であり、木花咲耶姫に一目惚れをし、結婚をした。
普段から平日休日問わず、家族、友人、恋人同士など多くの参拝客が訪れ、縁結び、恋愛成就、家内安全、子宝、安産、健康、厄除けなどの御利益で有名だ。
その反面、他の神社との違いが一つある。 日本で数少ない、霊障依頼を受ける別宮がもう一つの敷地内にある。
正面鳥居の反対側に位置する、屋敷側の更に奥……
普段は車通りも人通りも少ない、道路を挟んだ先に存在する別宮。
あまり規模は大きくはないが、本宮とは異質な空気感があり、使用時以外は常に閉鎖し、一般の参拝者は入れない。
依頼者へのお祓い、除霊や浄霊を受ける事が可能だ。
ホームページこそないが、圭の高祖父の代で、ある一人の男性からの駆け込み依頼で霊障から解放させた事から始まり、その男性から徐々に噂が広まり、依頼を重ねるたび、その評判と実績は口コミやSNSで拡散され、全国の霊障に悩む人々の相談を受け続けている。
女塚神宮への電話口で〈霊障依頼〉と伝えると予約は何ヶ月、場合によっては一年待ちなどで取りづらいが、受け付けをしてくれる。
圭の家系の正体……
それは〈日本最古の秘密結社、八咫烏〉
正式名称は八咫烏陰陽道と言う。
現代において一般的には、その正体を見た人もいなければ、もちろん実際に存在が確かなのか、不確かなのか知るすべもない。
父は蘆屋宗家の陰陽師現当主、蘆屋道志
初代、蘆屋道満、その血筋の一族だった。
ライバルであり、友でもあった安倍晴明。
そして安倍晴明の師匠は賀茂忠行。
この三人は皆、昔に名を馳せた、有名な陰陽師であった。
陰陽道は、古墳時代に渡来人の秦氏から受け継がれたという。
奈良時代には、占星術などの占いや、天文学を取りまとめた陰陽寮という国の機関があり、そこに属していた人を陰陽師と呼んでいた。
現代で言う、国家公務員的立場。
その秦氏の末裔の弟子が、後に霊的呪術儀式を担い、飛び抜けた才能を開花させたのが賀茂忠行である。
そして秦氏の末裔と賀茂一族にて西暦七四四年の平安時代に現在の京都で、八咫烏は結成された。
八咫烏とは、かつて日本における神道、陰陽道、宮中祭祀を裏で仕切っていた組織であった。
そして日本を存続させる為、天皇を裏から支え、神道、陰陽道、呪術、占星術を操ってきた。
元々、蘆屋道満は秦氏の末裔や、賀茂忠行や安倍晴明のような国家の下で活動していた陰陽師とは違い、在野の陰陽師であり、全国を渡り陰陽呪術を広めていた為、当時は陰陽寮や八咫烏には属していなかった。
安倍晴明は陽…… 表(国家)の存在。
蘆屋道満は陰…… 裏(民間)の存在。
どちらも欠けてはならない。
こうして陰陽道の均衡を保っていた。
しかし、明治三年に入ると時代の背景が変わり、天社禁止令が発令され、一切の陰陽道が禁止となった。
理由は本物の力を持つ彼らとは別に、陰陽師を名乗り高額請求で生業とした、似非商人が多数横行し、効力がないにも関わらず、民間人を騙す被害が後をたたなかった。
秦氏の末裔、賀茂家や安倍家すら政権の背景に影響を受け、立場的にも陥ってしまった。
まもなく、八咫烏の存在は次第に衰退していった。
だがそれは、日本政府の最大の過ちだったと後に気付く事となる。
大正に入ると、第一次世界大戦が勃発した。
当時の政府上層部は天皇を守る為、古事記や日本書紀の歴史を辿り、八咫烏の組織がこの日本のどこかにまだいるのではないかと、考え始めた。
すがる思いで、八咫烏、延いては全盛期に名の通った陰陽師を探し出す事を国は決定した。
政府は奈良時代から平安時代、明治に入るまで名を馳せた、当時の秦氏の者、賀茂家、安倍家、蘆屋家の末裔の捜索に尽力を尽くした。
そしてやっとの思いで京都で賀茂家、安倍家、最後に蘆屋家を徳島県で発見した。
秦氏の歴史は古すぎることもあり、末裔は当時も同じ氏を名乗っているのか、日本に駐在しているのかすら、政府は追えない状況だった。
賀茂家の末裔を見つけ出した際に政府が聞いた事は、天社禁止令後に秦氏の末裔数十名は分断を決意し、組織の人数が圧倒的に多かった、賀茂家と蘆屋家の側近として各々の役割を果たす事としていた。
ここで分断したのは、この先陰陽師、延いては陰陽道や神道、呪術や占星術や霊力に長けた者の血を絶やしてはならないと、秦氏先代から代々教えを守っての決断である。
蘆屋家は民間陰陽師で名の通った一族の為、なかなか見つけ出せずにいた。
だが、すでに政府の下で協力下にあった、安倍家の書記で、蘆屋家のルーツは徳島である事が分かり、そこから的が絞れた事で発見に大きく貢献した。
明治始め頃まで首都は京都であったが、その後東京になり、そこから政府関係者らしき人物が、当時の蘆屋宗家当主、圭の高祖父を突然訪れてきた。
スーツを着た政府上層部数名は、突然徳島へ来るなり、国家の現状や天皇と国を守る為に東京へ拠点を移し、賀茂家、安倍家と共に協力してほしいと懇願された。
彼らは八咫烏の復活を伏せて話していたように見えたが、圭の高祖父は察した。
賀茂家と安倍家は当時から変わらず八咫烏としての立場を守ってきていたようだった。
初代蘆屋道満が残した書記や、先代達から受け継がれる口伝が合致した。
蘆屋家以外は皆、一度は国から見放されたが、思想の根底は一切揺らぐ事なく、再度協力に前向きだったようだ。
現在の円形状の山手線、そしてその真ん中を若干の曲線を描くように中央線が走る路線絵図の設計を、蘆屋家の当主の面前で政府上層部はテーブル上に広げて見せた。
それは陰陽太極図が皇居を守る形に設計されていた。
それを見た圭の高祖父は、第一次世界大戦や、まだこの先しばらく安定した世界が来ることがないであろう日本の未来を想定し、まずは詳しい話を聞くために、一度東京へ行く事を承諾した。
国の後ろ盾として生きていく事や、首都の東京へ行く事で今後利便性や、子孫に選択肢のある未来へ舵を切っていかなければならない事も圭の高祖父は考えていた。
後日宮内庁へと呼ばれ、内閣総理大臣、政府上層部、賀茂家現当主と安倍家現当主、各々側近が一名づつと、全体で十名ほどが蘆屋家を待っていた。
御三家が陰陽師として揃うのは、明治初期以来であり、各一族の末裔達がこうして再会するのは歴史を肌で感じ、何とも言えない感覚になったという。
賀茂家の側近、蘆屋家の側近は秦氏の末裔でもあるため、当時は先代達が決めた選択で離れ離れになった一族だが、同じ血の繋がりの再会にも思うところはあっただろう。
本題である、国から蘆屋家へ提示された内容にはこう書かれていた。
一、天皇、延いては国を守り、存続させる為、八咫烏の傘下に入り、陰陽道、神道、占術、呪術などを駆使し、陰陽師として裏から日本を守るに徹す。
二、今後蘆屋宗家、分家共に子孫含む全ての者の衣食住及び資金援助を保証する。
三、東京都内の天照大御神天孫であられる、瓊瓊杵尊及び、木花咲耶姫が祀られている女塚神宮を蘆屋家の拠点とし、継承の承諾。
圭の高祖父は条件に対し、不服は特になかった。
サインをする前に、賀茂家からある一時的な歴史について、そして戸籍についての話を聞かされた。
戸籍制度が始まったのが明治四年に遡る。
その頃の賀茂家が率いる、八咫烏はかなり衰退していた。
明治の時代に戸籍として名を残すと、今後の政権背景が変わる際に、活動に何らかの影響があるかもしれないと懸念をした、当時の賀茂家と安倍家の当主は八咫烏は皆無戸籍のままにすると決めたという。
この世に誕生した時から、ひたすら神道、陰陽道、占星術、呪術を学び、国と天皇を守る為に人知れずひたすら任務を遂行していくのみの人生であった。
時代は流れ、大正になり、文明発展が著しく発達した時代に入りつつあった。
その頃、戸籍を持たない子孫数人が流行病に伏せた。
しかし、正式な戸籍や名を持たずが原因で、医師が子供達を診る事ができず、亡くなってしまった事案が存在した事も事実であった。
それからは戸籍を取得する方向になったという。
八咫烏が戸籍を持たない歴史があった事については蘆屋家は知らず、この歴史が現在は続いていない事に安堵した。
だが、八咫烏は秘密裏な組織なのは間違いない。
圭の高祖父は神社を継承すると共に、現在に至るまで蘆屋家の伝統である、霊障被害で困っている人々を救済する活動を顔や姿を、一切出さずにでも良いので、女塚神宮で続けさせてほしいと伝えた。
天社禁止令が出された後、初代蘆屋道満はルーツである徳島に戻り、陰陽呪術で霊障被害で悩む人々を救済していた。
過去、現在に至るまで目に見えないモノに対しての被害というのはなくならない……
霊視で原因を究明することができ、天性の才能を持つ血筋として生まれてくるというのは本当に稀な事。
陰陽師として生まれ育ち、第六感を先天的に持つ者として、一つの使命だと思っていた。
賀茂家、安倍家、内閣総理大臣、政府上層部間で話し合いがされ、蘆屋家の出した条件を飲んだ。
ただ、八咫烏の事を知る者以外の前では存在を口外ができぬよう、蘆屋宗家、分家、側近達に賀茂家から舌へ呪印が施される事となった。
呪印は内閣総理大臣、政府上層部、賀茂家、安倍家、皆平等に施されている。
この呪印が各々の信頼の証でもある。
八咫烏の組織の事を外部へ話そうとすれば、呪印が発動し、グッと喉の奥が詰まり、言葉が出ない特殊呪法になっている。
悪意を持って広めようとその意思が働いた場合には、国家反逆行為となり、口から血を吐くほど苦しむ事となり、死に至る。
普通に生活をする分には問題ない。
蘆屋家は道志までは賀茂家の呪印であったが、年月を経て信頼をされた事もあり、宗家は次期当主の圭の代からは道志の呪印でも良いとされた。
反対に直接の血筋には、こういった経緯で蘆屋家の先代は八咫烏への加入となった事を話す義務が生じ、代々書記に残し、口伝としても言い伝えることになっている。
もちろん、その際は国家を守る為の意思で伝えるので、呪印は発動しない
賀茂家には京都最古の上賀茂神社、安倍家には晴明神社が存在するが、蘆屋家には元々由来する神社がなかった為、蘆屋家には女塚神宮の管理を任せる事行きとなった。
京都はすでに旧平安京を囲うように、神社が建てられ、賀茂家、安倍家の結界である五芒星になるのも歴史の裏付けでもある。
八咫烏のメンバーは賀茂家、安倍家、蘆屋宗家と分家を合わせ、七〇名ほどで構成されている。
最高位はこの御三家から、賀茂と安倍のトップ、現在の道志含め、上位三名が大鳥と呼ばれ、三人一組で金鵄、そして裏天皇と言われている存在だ。
大烏の下に一二烏という、次の権力者一二名が存在する。
圭は最年少でそこに入っているのだった。
女塚神宮を拠点としている蘆屋家には、内部事情を知る、政府上層関係者達が訪れるのは、圭にとって珍しいことではなかった。
女塚神宮での道志は宮司の役職になり、権宮司は弟である、分家の蘆屋界道が担っているが、二人とももちろん表には出る事はない。
別宮の霊障依頼の陰陽呪術は道志や界道が行う事もあるが、基本的には裏から国家を支えることに尽力している。
蘆屋一族の名前は表では一切公表されず、霊障依頼の際は仕切りを挟んだ状態で執り行う。
そして予め用意してある、三名の偽名術師の苗字を使う。
この霊障依頼を執り行えるのは、蘆屋家一定の領域に達した者のみ。 圭もその一人だ。
別宮は基本的に陰陽呪術儀式の際しか入れない為、それ以外は基本的に禁足地である。
父の屋敷は圭の隣に位置していた。
実の父ではあるが、位の高い人物の為、顔を合わせる際は蘆屋家に継ぐ白黒の片身替わりの着物に着替えるのが、作法の一つでもあった。
屋敷の前に着くと、父の側近である五〇代女性の秦蘭が玄関前にいた。
ちょうど中へ戻るタイミングだった様子。
「圭様、おかえりなさいませ。 道志様は現在お取り込み中でございますので、お時間をずらしていただいた方が良いかと……」
玄関のたたきに置かれた、靴の数を見て察した。
「そうだな…… また後ほど来ることにするよ」
そう言って、自分の屋敷へ戻ろうと背を向けた。
蘭と魅音は秦氏の末裔となる。
蘆屋家にお仕えしている歴史は長く、元々陰陽道の起源は秦氏がもたらしたことではあるが、現在までにおいては蘆屋家の者から技術を伝授されてきたことの方が多くなっている。
蘆屋宗家、分家共に側近は秦氏の末裔が大半でお互いの信頼は厚い。
足を一歩前へ出したと同時に、蘭が声をかけた。
かけるべきか少し迷った様子で……
「圭様、先ほど身支度なされてる間に魅音から報告がありましたが…… 倒れていた女子の周辺に何やら嫌な念の痕跡があったとか…… 原因が早急に解明されると良いですね」
いつも張り詰めた空気を全体的に纏う雰囲気だが、今の圭はそれが更に強まっているように見えた。
「あぁ。 そうだな……」
振り返りもせず、一言そう言って歩みを進めた。
道志の応接間には内閣総理大臣と政府上層部数名が来ていた。
「我々の国は戦争を放棄していますが、このままではN国やC国に示しがつきません。 長年に渡る緊張状態、そして戦争を仕掛けるような数々の愚行。 我々も自国を守る為に本気で動かなければならないと思う所存であります。 もう十分に耐えました。 このまま見過ごしていれば、いずれ大事な局面で日本の脅威ともなりましょう……」
今後日本の方針としては、脅威になる対象国には、陰陽呪術で制裁すると政府は決定した。
それは水面下で、誰にも気付かれることなく…… 日本に仇なす者は排除する。
賀茂家、安倍家共に、五日後に呪詛儀式に取り掛かるという。
蘆屋家も同日、別宮で執り行う事が決まった。




