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CROW  作者: Luluwa
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変化

杏奈は初めて一人で向かう郵便局への道のりに、少しだけドキドキしていた。

道はあの十字路を真っ直ぐ渡れば学校方面だが、そこを真っ直ぐには渡らず、右に渡る。

渡ってさらに右に真っ直ぐ進み、しばらくすると左手に郵便局が見えてくる。

まずは十字路まで歩いて行き、信号待ちをしていると、左方面から見たことのある顔がこちらに向かってきた。

「あっ! 杏奈だ!」

なんと、結衣に出くわしたのだった。

嬉しいハプニングだった。

「結衣ちゃん!」

「もう、結衣って呼んでよ〜!」

莉子しか友達がいなかった杏奈は、友達との距離感が良く把握しきれていなかった。

「ごめん、ごめん。 結衣は何してるの?」

「私は今親のおつかい頼まれて、駅の向こう側にあるショッピングモールに向かう途中だよ。 めんどくさいなぁ…… って思ってる時に杏奈に会えたから、すごく嬉しい! 杏奈はどこ行くの?」

「私も結衣に会えてホッとしたよ。 私は郵便局に向かってる途中だよ」

「そうなんだね! すごい偶然に会えてビックリ! そうだ! 杏奈のライン教えて?」

結衣はそう言い、自分のスマホを出した。

(ラインって何だろう……?)

初めて聞くワードに動揺した。

杏奈の様子を悟った結衣が言い直した。

「スマホは持ってる?」

スマホがないとラインというのは、できないみたいだった。

「実はまだ持っていなくて……」

田舎村から引越してきた事を聞いていた結衣は、土地感のギャップに驚きはしたが、そんな杏奈を愛おしくすら思った。

「そうしたら買う予定があれば、また今後教えてね! スマホはあれば色々と便利だよ!」

結衣はスマホの大まかな機能や、ラインはメッセージを送り合ったり、無料で通話ができるアプリだと教えてくれた。

それを聞いて、帰宅をしたらこの土日どちらかにショッピングモールでスマホを買ってもらえるかどうか、両親に聞いてみようと決めた。

「色々教えてくれて、ありがとうね! 親がもし買ってくれたら、結衣にすぐ伝えるね」

結衣はバッグの中に入っていた、メモ用紙とペンで、スマホの番号とラインIDを書いて渡してくれた。

「待ってるね!」

そう言って、別れ惜しみながら手を振った。

無事に郵便局の窓口に着き、切手を買って帰宅した。

夕飯までの時間、莉子に手紙を書き始めた。

自室のデスクに封筒、便箋、買ってきた切手を並べた。

カラーペンも数は多くないが、あるだけ引っ張り出してきた。

まずはボールペンで文章を書き始めた。

『莉子へ 私が引越してから二週間が経ちましたが、お変わりありませんか? 元気に過ごしていますか? 私は四月七日金曜日の午前中に入学式を終えて、一〇日月曜日から学校が始まります。 そして、四月六日は莉子のお誕生日だったね。 おめでとう! 素敵な一年になりますように。 東京は車も人も多くて、引越したばかりの時は違う世界にでも迷い込んだかのようでした。 今は少しづつだけど、慣れてきたよ。 それでもここに莉子が一緒に居てくれたなら、どれだけ楽しくなるだろうと常に思ってしまう自分がいます。 いつか必ず会いに行くから、元気で待っていてくれたら嬉しいな。 またお手紙書くね! 莉子からの返事も楽しみに待っています』

誤字がないか、この文章で気持ちが伝わってくれるか、何度も読み直した。

文章は問題なかったので、色味を足すためにカラーペンで可愛く彩りをした。

封筒に切手を貼り、送り先の徳島県女塚村の住所と小林莉子様と名前を書き、裏に自身の住所と山口杏奈と書いた。

あとは土日の両親の予定を聞き、出すタイミングだけだ。

一階へ降りると、夕飯のカレーの良い香りがしてきた。

「ずいぶんおとなしかったけど、二階で何をしていたの?」

鍋をかき混ぜながら、母がキッチンから優しく声をかけてきた。

「莉子に手紙を書いてたよ。 何度も読み直したから、きっと完璧だと思う!」

「きっと莉子ちゃんも喜んでくれるだろうな」

リビングにいた父が、腰をトントンと叩きながら、ダイニングへ移動して来た。

「そうだね! ……あっ、お父さんとお母さんに明日と明後日の予定を聞きたいんだけど、何か用事ある?」

「明日はショッピングモールで父さんと母さんのスマホを買いに行こうかと、さっき母さんと話していたんだ。 杏奈も一緒に来るか?」

杏奈はふと疑問に思った。

「あれ? お父さん、叔父さんからスマホもらっていなかったっけ?」

「あぁ、あれは兄さんがプライベートと仕事用の二個持ちで、プライベート用の方を一つ貸してくれていたんだ。 自分のスマホは本人の名義で買って、その世帯主と一緒に家族は契約をするのが、お得みたいなんだ」

杏奈には父の言うスマホのシステムが、いまいち分からなかったが、父がまだ自分のスマホを持っていなかった事は理解した。

そして、先程の結衣との会話を思い出した。

「お父さん、私もスマホ買ってもらっても良い……?」

元々杏奈にも買おうと、父と母はすでに考えていた為、そんな事か、というような様子だった。

それに、娘自らの意思で欲しい物を要求してきたのは、初めてだったかもしれない。

父は東京に来てから、今までどれだけ閉鎖的な環境に娘を置いてしまっていたのかを、同時に痛感した。

「もちろんだとも! 誕生日のプレゼントも買わないとな! 色々見て、気に入った物があれば買うと良いよ」

その父の言葉に安堵し、莉子への手紙は日曜日の午前中に出しに行こうと決めた。

「明日は一〇時に家を出て、スマホや必要な物をみんなで買いに行こう」

「そうと決まれば、夕食にしましょうか!」

ダイニングで食卓を囲み、三人で夕食を摂った。

夕食後、アニメやドラマをダラダラとリビングのソファで観ていたら、時刻はすでに二十一時を回ろうとしていた。

思ったよりも遅くなってしまった時間にハッとし、急いでお風呂へ行き、布団に入るとすぐに寝落ちしていた。

「杏奈、起きて」

土曜日の朝、母が部屋まで起こしに来た。

夜寝る前に、朝八時にアラームをセットしようとしていたが、忘れてしまっていたようだ。

「あと一時間したら出るから、早く顔を洗って、朝ごはんを食べてちょうだいね」

急いで一階へ降りて顔を洗い、用意してくれていた朝食を摂り、歯を磨いて、着替えて髪の寝癖を直した。

時間配分が苦手な杏奈だが、今日は初めてのショッピングモールへのお出かけで、楽しみも相まって、一〇時までに支度が間に合った。

「杏奈、行くわよ」

洗面台にいた杏奈はちょうど良いタイミングで母に促され、靴を履き、車へと乗り込んだ。

ショッピングモールまでは車だと、一〇分程の距離だ。

杏奈の住む住宅街からまずは大通りへ出た。

そこはいつもの十字路へ出る道路で、駅を右手に通り過ぎる。

しばらくすると杏奈の中学が左手に見えてくるが、そこも通り過ぎた二つ目の信号を右折した。

そして警備員が駐車場はこちらと書かれ、矢印を指した大きなボードを掲げている。

その指示された方向へと辿っていくと、大きなショッピングモールが見えてきた。

あまりの大きさに圧倒される。

土曜日ということもあってなのか、駐車場へ入庫するのに、車が何台も待っていて、入庫するのに少し時間がかかりそうだ。

後部座席から運転席と助手席の間に、杏奈が身を乗り出してきた。

「お父さん、ここのモールは女塚村から二時間以上かけてたまに行っていた、コンビニから見えるあの大きな工場くらい大きいね!」

杏奈が言っているのは、確かに大きいコンクリート工場だった。

屋根も錆びと老朽化が進んでいたのは、遠目に見ても一目で分かった。

言い方は悪いが、あんなも古い工場が基準になってしまうのは、致し方ない。

そして父も自分の地元ではあったが、ここまで別世界を見せつけられると、今までの自分のいた世界がどれだけ小さかったのかが、身に沁みた。

「そうだな…… 東京周辺にはもっともっと大きい場所がたくさんあるみたいなんだ。 これからは色々と家族でその景色も見ていこう」

「うん!」

前方の車が段々と進み始め、やっと場内へ入庫してパーキングできた。

車の鍵を施錠し、エレベーターへと向かい、乗り込んだ。

まずはスマホを見たいので、エレベーター内の上部に書いてある、スマホキャリアの名称を見つけて、父が五階のボタンを押した。

エレベーターに初めて乗った杏奈は、上に上がって行くと同時に上からかかる圧に驚いた。

「五階です」

アナウンスと共に扉が開き、杏奈達家族も他の人達に続いて降りた。

すると、それはもう全てがキラキラしていて明るくて眩しくて、異世界に来たかのような感覚を覚えた。

どれだけ見渡しても端の壁が見つからないほど広い。

まずはスマホのエリアを探さなくてはならないので、エレベーター横にあるフロアマップ前へ行き、現地点から辿ろうと試みた。

そしてエレベーターを背にし、右側へ真っ直ぐに向かうと、スマホの会社が何社か入っているようだ。

先ほど確認したスマホキャリアも、このエリアにある。

そこまで向かう途中、着物屋さんや服屋さんがあったが、なんせお店一つ一つが、広くて大きい事に驚いた。

綺麗に陳列されている服や靴の数々……

どれも初めて見るものに目を奪われた。

杏奈は所々のショーウィンドウや鏡に映る自分自身の姿が、この街に見合っているかどうかが急に気になった。

思考が忙しくなっていると、スマホ会社が密集しているエリアに着いたようだ。

「この辺りにあるはずだな」

父が叔父にお勧めされたのはA社らしく、A社のショップにまずは行きたいらしい。

しばらく辺りを見渡し歩いていると、A社が見つかった。

土曜日だが、一〇時のオープン時間からそこまで経っていなかったこともあり、まだ空いていて、すぐに案内をしてもらえた。

担当者の話によると、ここで家族みんなA社で契約をすると、月々に割引きも入ってお得になるらしい。

父が叔父から聞いていた通りだった。

そして他社と比較などはせず、知識もなかったので、A社で即決した。

杏奈もどのスマホが良いか、今中高生に人気の機種も教えてもらい、スタンダードな機種のピンク色のスマホにした。

父と母は叔父が使っていた、今やほとんどの人が使っている機種の最新型を選んでいた。

色は父はシルバー、母はホワイトにした。

「では、必要事項をお読みになり、お名前、ご住所、生年月日の入力をお願い致します」

今は紙での契約ではなく、ほとんどがペーパーレスでタブレットに入力をする手法を取っているそうだ。

担当者に伝えられるがままに、契約を順調に進めていった。

三人分の契約、初期設定やラインの始め方などを聞き、時刻はすでに一三時半になろうとしていた。

「ありがとうございました。 またご不明点等ございましたら、お気軽にお立ち寄りくださいませ」

担当の方がスマホと説明書がそれぞれ入った紙袋を持って、出口まで見送ってくれた。

山口家にとっては、東京でやる事のほとんどが初めてに等しく、スマホは特に難関だった。

母も東京を離れてかなりのブランクがあるので、機械系はやはり苦戦していた。

「とりあえず、必要最低限の設定は終わった事だし、お昼にするか!」

父も頭を使いすぎたせいか、空元気な感じだった。

お昼はフードコートで食事をし、杏奈は普段着ていた服や靴がそろそろサイズアウトしそうだったので、新調する為に何店舗か見て周った。

新しい服を上下何着かと、靴を買ってもらい、とても嬉しそうだった。

それに何よりデザインがオシャレで可愛くて、夢かと思うくらいだ。

杏奈は元々動きやすいパンツスタイルに、パーカーとスニーカーが定番だった。

しかしそれは、村にある婦人服屋に売っていて、唯一着られるからという理由だった。

今日買ってもらったのは、そんな男女兼用みたいなのではなく、少しお姉さんっぽく見える女性らしい服だった。

長袖に軽くフリルの付いた首元はラウンド型の黒と白の色違いのトップス、体のラインが出るようなカーキの薄いニットトップス、黒の八分丈スカート、そしてスキニーデニムのカラー違いを三着、ハンドバッグを一点とフラットのパンプスや学校用とプライベート用のスニーカーなど…… 

デザインやカラーが色々と選び放題で、杏奈は人生で初めて服の買い物がとても楽しいと思った。

合わせ方が分からないと店員さんが話しかけてくれて、コーディネートをしてくれた。

それにレディース服は一着の金額もそこまで高くない事にも驚いた。

トップスは杏奈が選んだのも一着千円ほどで、デニムやパンツやハンドバッグも三千円、スカートとパンプスは二千円、スニーカーも一足四千円ほどで買えた。

村のパーカーなんてあんなちゃっちい生地で地味だが、四千円以上はしていたので、両親も破格のタグに目を疑った。

買い物も一通り終え、気付けば時刻はすでに一七時になろうとしていた。

「誕生日プレゼントは良いのか?」

父はまだまだ買ってくれるような勢いで聞いてきた。

杏奈は十分すぎるくらい買ってもらい、心も満たされていた。

「スマホも服も靴もバッグも、たくさんありがとう! もう十分満足なプレゼントだよ」

娘の嬉しそうな顔はやはり両親は嬉しい。

エレベーターに乗り、駐車場へ向かった。

家に戻ったら、スマホでラインアカウントを作成し、結衣に連絡をしようと考えながら車へ乗り込んだ。

自宅の駐車場に無事に着き、家の中へ入って洗面台で手洗いうがいをしてから、箱に入ったスマホをリビングで取り出した。

父と母もスマホの設定作業を、各々始めた。

そして、スマホショップの担当者から教えてもらったやり方で、ラインのアカウントを作った。

早速、結衣の番号を登録すると、ラインの友達欄に上がってきたので、追加をした。

『杏奈です。 スマホを買ったので連絡したよ。 番号も登録お願いします』

電話番号も記載して送った瞬間、すぐに既読になった。

『スマホ買ってもらえたんだね! こちらこそ、連絡ありがとう。 何か困った事でも、気軽に話したくなった時でも、いつでも連絡してきてね! また月曜日学校で会えるのを楽しみにしてるね』

そのメッセージの後に可愛い猫の、よろしくねと、スタンプも一緒に送られてきた。

友達とこういったやり取りを、この小さいスマホ一つでできる事が、斬新すぎて仕方がなかった。

知らなかった事を引越してから毎日のように知っていき、心躍ってしまう自分と、ほんの二週間ほど前の自分を比べてしまう。

すでに私が、あの時の私でなくなるようで…… それは同時に莉子も女塚村の存在も遠く離れていくようにも感じて、何だか少し心苦しくもなった。

人はこうして変わっていってしまうのだろうか……

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