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CROW  作者: Luluwa
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入学

そして入学式の五日前の午前中、父の兄が制服など中学で必要になる物を届けにきてくれた。

一月半ば頃に母が村内に一店舗だけある、制服屋の採寸に連れて行ってくれていた。

その時はごく稀に見かける、地元の中学校のセーラー服を着るものだと思っていた。

実際もそのセーラー服を着て採寸したのだから。

そのサイズをこれから入学する、中学の制服取扱店へ、父の兄経由でオーダーをしてくれていたのだった。

杏奈が叔父と会うのは、これが初めてだった。

「初めまして、杏奈ちゃん。 叔父の山口 優斗(ゆうと)と言います」

印象はイメージしていた感じとは、かなりかけ離れていた。

若干小太りで杏奈とあまり身長の変わらない実年齢より老けて見える、よく喋る父とは真逆だった。

おとなしくて声が小さく、細くて背丈が一八〇センチ近くあり、若干白髪混じりの黒髪ミディアムで、少しウェーブがかっている。

時折下を向くような仕草が印象的だ。

自発的にあまり話しかけてこないような、陰キャにも見える……

あまりにも父と正反対すぎて、周りにはきっと兄弟と言っても疑われるに違いない。

しかし、ここまで弟夫婦と、そして会った事もない姪のために、抜かり無く色々と手配をしてくれた叔父は頼もしく、本当にありがたかった。

叔父に手渡された制服とワイシャツが入った大きな横長の箱、まだタグの付いた学校指定の肩掛けバッグ、ジャージ上下、体育館履きとつま先の赤い上履きを受け取った。

「叔父さん、ありがとうございます!」

血の繋がった姪に笑顔で言われると、叔父は照れながらも嬉しそうに見えた。

「今年の一年生は上履きのつま先の色が赤らしいんだ。 二年は黄、三年は青だと説明会で言っていたよ。 その色で先生達や生徒同士で、どこの学年かを判断するみたいなんだ。 三年が卒業したら、その使われてた色は次年度の一年生の色になる仕組みらしい」

「なるほど! そういうシステムがこっちにはあるんだな」

父も生まれてからずっと村育ちで、杏奈と同様に全校生徒で一クラスしかなかった事もあり、人口が多い場所ではそういう工夫がなされている事は勉強になった。

杏奈は横長の箱をそっと床へ下ろし、丁寧に開けると、中には紺のブレザーと、ベースは水色のチェック柄のスカート、そして大ぶりの青リボン、長袖のワイシャツが二枚入っていた。

「わぁ〜! すっごく可愛い制服!」

村のセーラーと比べてしまい、杏奈の好みは完全にこちら側だったようだ。

年頃の女の子には好評であろう、デザインだった。

「試着してみたらどうかしら?」

母も娘の制服姿を見たい一心で、杏奈に着替えを促した。

「そうだね! 二階で着替えてくるから、ちょっと待っててね」

杏奈は広げた制服を一旦箱の中へ戻し、持ち上げて二階へ駆け上がって行った。

優斗は杏奈が二階へ完全に行き、扉を閉めた音を確認した後、小声で父へ聞いてきた。

「約束通り、杏奈ちゃんにはあの事は伝えていないよな……?」

母もその発言に下を向き、自身の口元を手で覆い、一瞬で涙目になった。

父も深刻な顔つきで兄へ答えた。

「まさか、話せるわけがないだろう……」

二人の意思確認を再度した優斗は続けた。

「彼女は何も知らない方が幸せなはずだ。 しばらくはもしかしたら違和感を感じることもあるかもしれないが、ここでの新しい生活がきっと忘れさせてくれる。 俺は浩斗ひろと清美きよみさん、杏奈ちゃんが唯一の家族だと思っている。 もう女塚村には俺たちの家族はいない…… どうしても守りたかったからここまでサポートしてきた。 これからの幸せはここで作っていくんだ」

それを聞いた父も目頭をグッと抑えた。

「ありがとう、兄さん…… 本当に感謝している」

ガチャッと、二階から扉が開く音がした瞬間、母は急いで洗面台へ自身の顔に違和感を悟られないか、鏡前へ瞬時に確認をしに行った。

タンタンタンッと階段を降りる音がし、杏奈が階段を降り終える頃には、母も洗面台から戻ってきた。

「じゃーん! どうかな!?」

そこには新しい制服に身を通した、少し大人びたように見える娘が現れた。

伸ばされた前髪はセンター分けをし、耳にかけているが、背中まである長い黒髪がくるりと回る杏奈を後から追ってくる。

全体を見てと言わんばかりに、お披露目をしてきた。

初めて着たにしては、きちんと着こなせていた。

体型も細身の母譲りの体型に恵まれたが、サイズ感は今後の身長の成長を見通して、母が若干大きめに叔父へ伝えてくれていたので、着心地もつっぱり感もなく、快適だった。

「おお! 似合ってるじゃないか!」

父と母も気持ちをとっさに切り替え、娘の制服姿と成長感に心から感動した。

「あら! 本当に似合ってるわ! 素敵ね」

叔父は杏奈を微笑ましく見ていたが、今までの成長を見ていなかった事もあり、きっと年頃の女の子へ何と言ったら良いのか分からないといった様子を杏奈は悟った。

「この制服すっごく可愛い! この大きめの青リボンとか特に!」

喜ぶ娘をよそに、父は改めて兄へ感謝を伝えた。

「兄さん、家の事、制服のオーダーや、学校の入学説明会、色々と動いてくれて本当に感謝している」

優斗はまだ杏奈が小学校在籍中に、入学するこちらの中学の説明会で、渡された書類一式を浩斗へ手渡した。

「靴下が紺ソックスか短い白ソックスか選べるらしいから、あとは杏奈ちゃんの好きなものでこの五日間で買ってあげてほしい。 靴も部活の関係上ローファーは禁止でスニーカーなら何でも良いそうだ。 あとは部活に入ればそこで何か買う物があったりするだろうが、そこは父親のお前に頼んだ」

そう言って、叔父の内心は杏奈のこの笑顔が続く事をただただ、心の中で願っていた。

「そうだ、杏奈ちゃん、学校までの道のりも徒歩で覚えなくてはいけないから、みんなで散歩がてらに行ってみようか」

優斗の提案に三人は乗った。

「そうだな! みんなでこの辺りを徒歩で覚えていかないとだな! この一週間くらいは、ずっと家の整理や届いた物を作る作業と裏のスーパーマーケットやコンビニへ行くくらいだったもんなぁ」

父はここ数日ずっと先導を切って、集中的に作業をしてくれていたので、気分転換をしたかったに違いない。

杏奈は制服を汚してはいけないので、一旦自室へ行き、私服へ着替え直した。

早速、四人で新しい中学まで歩いてみることにした。

家を出て左方面に、しばらく真っ直ぐ進んで行った。

五〜六分ほど歩くと、信号がある十字路に出た。

十字路の少し手前には美味しそうなドーナツ専門店や、ケーキ屋さんなどが杏奈を誘惑させた。

その信号を直進に渡り、しばらく進むと道路を挟んだ反対側に最寄り駅が見えてきた。

「これから杏奈ちゃんが高校や大学に進学する際に、駅が近いと色々と便利だろうと思ったんだ。 清美さんも浩斗が仕事で車を使う時に、スムーズに動きやすいと思う」

叔父は本当に家族みんなの為に隅々まで、考えてくれているのだと心から感謝をした。

「兄さんには頭が上がらないな……」

杏奈は同時に兄弟って良いものなんだと少し羨ましくもなった。

「優斗さん、本当に何から何までありがとうございます。 いつでもご飯でも食べに来てくださいね」

 叔父は少し照れくさそうに、後頭部をさする仕草をし、皆より少し足早になっていた。

最寄り駅を反対側に通り過ぎて、更に真っ直ぐ進むと、段々と緑色のフェンスが見えてきた。

 フェンスの手前に信号があり、その信号看板には〈青葉中学校〉と記載があった。

叔父は赤信号で一旦止まって振り返り、前方の学校側に指を指して言った。

「ここが杏奈ちゃんの通う中学校だよ。 門はこの信号を渡って少し歩いた先にある」

信号が青に変わり、叔父が再度先導を切って渡り、少し歩くと焦茶色の門がチラッと見えた。

あと数十歩で門まで着く頃、もう少しで咲きそうで咲かない桜が、杏奈たち家族を見下ろしている事に気が付いた。

急に吹いた風がどこからともなく、同時に桜の花びらを一枚連れてきた。

そして杏奈の長いストレートの黒髪に落ちてきて止まった。

駅の手前の十字路を過ぎてから、しばらく歩き進めると歩道はめっきり狭くなり、気が付くと四人は一列になっていたのだった。

叔父、杏奈、母、父の順になっていた為、真後ろの母が髪に付いた桜に一番に気が付いてくれた。

取ろうとする母に対し、幸先良いからそのままで大丈夫だと杏奈は伝えた。

そして、四人は校門の前に辿り着いた。

家を出てから一〇分弱と、単調な道のりでとても通いやすい距離であった。

「あと五日後には、三年間お世話になる学校だな! 娘をよろしくお願いします!」

父は人目も気にせず、学校に向かって大きめな声で挨拶を言い出した。

「ちょっ、お父さん! 恥ずかしいから!」

その杏奈の慌てように、叔父と母は笑っていた。

杏奈は父を止めながらも、軽く心の中でよろしくお願いしますと、伝えた。

「さて、また次の荷物も一四時〜一六時で届く予定だからそろそろ帰宅しましょうか」

母がそう言い、四人で来た道を辿りながら、家路に着いた。

家の外の玄関前で叔父は杏奈に確認をしてきた。

「杏奈ちゃん、学校までの道はもう大丈夫そうかな?」

心配する叔父に杏奈は笑顔で答えた。

「はい! 実際行ってみたら、簡単な道のりだったので、次からは私だけでも大丈夫そうです」

「それなら良かった。 じゃあ、今日はもうやる事も終えたから、帰るよ」

叔父は玄関の中へは入らず、くるりと玄関に背を向け、乗ってきた自分の車に向かおうとしていた。

玄関のドアは開いたままで、先に靴を脱ごうと中側にいた父と母が、外側での杏奈と叔父の様子に気付き、急いで声をかけた。

「兄さん、もう帰るのか?」

「優斗さん、お昼ご飯これから作るので、良かったら食べていってください」

二人の引き留めも虚しく、優斗は午後から仕事があるらしく、わざわざ杏奈の制服やバッグなどを届け、そして道のりを教えるだけのために午前半休にしたらしい。

それが杏奈にとっては、とても申し訳ない気持ちにさせた。

叔父はまた来るよと言って、乗ってきた白のハイブリッド車に乗り込み、エンジンをつけた。

「叔父さん!」

杏奈は叔父の車の運転席側に駆け寄り、窓をコンコンッとノックすると、叔父はそれに気が付き、窓を開けた。

「金曜日の入学式、来てくれますか?」

 杏奈はとっさに聞いた。

しかし、叔父は手を合わせて申し訳なさそうな顔をし、謝ってきた。

「せっかくの杏奈ちゃんの晴れ舞台を見に行きたいのは山々だけど、この引越しの件で仕事のスケジュールを延ばし延ばしにしてしまっていた関係で、金曜日は行けそうにないんだ…… ごめんね」

杏奈はとても残念だった。

「分かりました…… 色々とやっていただいているのに、わがままは言えません。 私の為にもたくさんやっていただいて、ありがとうございます。 また写真だけでも時間ができたら見にきてくれると嬉しいです」

叔父は笑顔でもちろんだと答え、杏奈が車から少し下がるのを確認して、右方向へとウィンカーを出し、仕事へと向かっていった。

三人は車が見えなくなるまで見送り、家の中へ入って、ドアを閉めた。

「優斗さん、忙しい中色々と、スケジュール管理をしながら動いてくれていたのね……」

母はこれから昼食を作る事もあり、シンクで手を洗いながら、キッチン横の奥にある洗面台を使っている父へ投げかけていた。

「そうだな、合間を縫って動いてくれていたんだろう。 それに兄さんはこっちに来てから一度も女塚村へ帰省していなかったくらいだからなぁ。 自営業とはいえ、スケジュールも全て自己管理だから忙しいのだろう。 まぁ、かく言う俺も杏奈の入学式が終われば、兄さんの下で働かせてもらうから、こんなマイペースに過ごしていられるのもあと少しだ」

杏奈は両親二人の話を聞いていて、大人には事情があって、色々と大変なのだなと悟った。

母の作ってくれたお昼ご飯を三人で食べ、午後にはまた荷物が届き、作る作業をし、一日をあっという間に終えた。

そして翌日、四月四日には、杏奈が一三歳の誕生日を迎えた。

近所のケーキ屋さんで、人生で初めて大きなホールケーキを見た。

毎年村ではコンビニへ二時間近くかけて行き、やっとカットケーキを人数分購入し、食べていた。

ここでは生クリーム以外にも、チョコレートやモンブラン、チーズケーキ、色々なホールケーキが並んでいる。

生クリームもしょっちゅう食べられるわけではなかったが、今年はチョコレートケーキにした。

チーズケーキやモンブランに関しては食べた事がなかったので、今度何かのタイミングでカット状を購入してもらおうと決めた。

三人では大きい六号サイズにして、両親も杏奈に初めてのホールケーキをプレゼントしたくて張り切っていた。

分厚いチョコプレートには〈HAPPY BIRTHDAY 杏奈〉と記載があり、杏奈はとっても幸せな気持ちになった。

先日観たアニメのワンシーンで、自分が経験してみたかったことが、今まさに目の前の現実で起きているのだ。

誕生日プレゼントは元々村に何もなかった事もあり、何が欲しいのかすら分からない状態の杏奈は、近々大型のショッピングモールで、買い物に行く際に色々見ながら決めたいと両親へ提案をした。

その日は制服屋さんへ行き、青葉中学生が紺ソックスか短い白ソックスのどちらが人気か、店主へ聞いた。

女子の大半が制服着用の際は紺ソックスで、部活は別のくるぶし丈ソックスに履き替えることが多いらしい。

杏奈もみんながそうならなるべく合わせたいと、母に伝え、紺ソックスを三足とくるぶし丈ソックス三足づつ購入した。

そのまた翌日には、オーダーしていた家具の残りが全て手元に届き、学校が始まる前には家の中は完成状態になった。

引越しからあっという間の二週間が終わり、ついに明日は入学式だ。

四月七日金曜日、中学校入学式の当日の朝、セットしていた七時に慌ただしく鳴り出した目覚まし音と共に、寝ぼけ眼で杏奈は目覚めた。

カーテンの隙間から太陽光が差し込んでいて、サッと開けると雲一つない快晴だった。

二階の窓から見える景色は、すっかり春で文字通り桜色であちこちを染めていた。

制服に袖を通すのは二度目だが、今回はたくさんの人に見られるという、緊張感が増していた。

顔を洗い、歯を磨き、母の作った朝食を家族三人で囲んだ。

「何だか緊張するなぁ」

父がそんなことを言い出した。

「何でお父さんが緊張するの? 普通それ言うの私でしょ」

母と二人で父の発言を笑った。

そんな会話をしていたからか、杏奈の元々遅めの食事ペースも相まって、時刻はすっかり八時一〇分になろうとしていた

「うわ、もうこんな時間!」

母と父はシンクに食器を下げ始めた。

杏奈は家を出る時間から逆算をし、起きる時間を決めているが、元々のマイペースで一つの作業にかける時間がなぜかいつもオーバーしてしまう事がほとんどだった。

そのせいで後半バタバタし出すのは、昔から日常茶飯事だった。

何とか食事を早め、シンクへ食器を下げた。

「じゃあ行きますか!」

 父と母もスーツを着ている。

小学校の卒業式も父と母は同じものを着ていたので、何だか不思議な気持ちになった。

自分だけが前回と着ているものが異なるので、何だかソワソワした。

入学式は九時からだが、皆大体三十分前には体育館前に集まってプログラムなどの資料を受け取り、親とは一度離れる流れになるらしい。

杏奈は生徒側の方へ行き、両親は保護者席側へと向かった。

「これより第四十四回、青葉中学校入学式を開催致します」

アナウンスの開始と共に入学式のセレモニーが始まり、新入生の入場が始まった。

保護者席では、大人達が我が子の成長に感極まり、カメラのシャッターを切る音と拍手が響いた。

「おっ、杏奈が来たぞ」

父が母にそう言った瞬間、杏奈も両親を見つけ、恥ずかしげに小さく手を振った。

すかさず父も持ってきていたカメラで、写真や時に動画へ切り替えて、娘の成長をカメラに収めていった。

校長の挨拶、副校長の挨拶、PTA会長の挨拶、良くあるプログラムで進行していった。

新入生が退場後、保護者は一旦その場に残り、四〇分ほど今年度の流れや、説明などの時間があった。

杏奈達一年生は、退場後に体育館横に貼り出されていた、クラス表で自分の名前とクラスを確認するように促された。

この学校は一学年に対し、七クラスもある事に杏奈は驚いた。

どおりで入場時に人数が異様に多いとは思っていたが……

一クラス一体何人が平均なんだろうか?

村とは比べものにならないほどの、人口比率に圧倒された。

色々と思考を巡らせながら、自分の名前を一組から順に目で追っていく。

(一組ではないな……)

二組も目で追った。

(あっ、山口…… 真也さんか。 違った)

二組も見付けられず、三組も山口杏奈が見つからなかった。

次に自分の立ち位置から少し遠くなってしまう四組を、目と指で上から順に遠目から辿っていく。

(あっ、あった!)

やっと見付けられた自分の名前に安堵した。

これはきっと五組、六組、七組の子達は大変だろうと同時に思った。

前方に一年生はこちらですと、書いたポップと手振りで誘導する先生や、PTAの方々が所々に立っていた。

皆が進む方向へ誘導されるがままに進んで行った。

杏奈は移動の際に自分も含め、周りを見渡した感じから、他の生徒達も緊張が解けてきているのが何となく分かった。

三階まで上がると、一年生の階にたどり着いた。

上がりきった場所に数人の先生なのか、PTAの方なのか、持っているポップに左矢印に一組・二組と記載があり、右矢印に三組・四組・五組・六組・七組と記載があった。

それを頼りに右側を見ると人で大勢溢れかえっている中、教室の扉上部に組が書いてある小さい木でできた目印があった。

三組から七組まで順番にそれらが連なっている造りになっていた。

一組と二組の生徒たちが左側へ行ってくれたおかげで、階段付近の踊り場に少しスペースができた。

だが、まだ右側は詰まりが生じていた。

なんせ残り、五組分の人達が渋滞しているからだ。

なるべく人にぶつからないように、遠目から動線の目処を立ててみる。

まずは一組を通り過ぎることに成功した。

次は一組から二組までの動線……

ここが一番通りづらいかもしれない。

なので、すみませんと、謝りながら通っていくしかないと悟った。

そして何とか、二組から三組へ通り過ぎようと視線を遠目に移したその時、四組より少し先に見覚えのある横顔がちらっと見えた。

(えっ、莉子……?)

その瞬間、ドンッ……! と、誰かにぶつかってしまった。

「痛っ……」

「ごめん! 大丈夫だった!?」

肩がぶつかった左側から男の子が謝ってきた。

「いえ、私が周りをちゃんと見ていなくて…… こちらこそ、ごめんなさい」

頭を下げ、再度視線を前方に向けるが、莉子らしき女の子はいなくなっていた。

(そうだよね…… そんなわけないか……)

 莉子に似た子を見ただけだと、切なくも思い直すと同時に悲しくもなった。

もしかしたら…… と、一瞬でも胸が躍ってしまった自分が安易で愚かでバカみたいだ。

そしてやっと四組に辿り着き、黒板側の扉から中に入ると、すでに着席している人達が何人かいた。

黒板には机の右上に貼ってある名前シールを確認して着席して下さいと書いてあった。

黒板前方のドア側から順番に空いてる席を、〈山口杏奈〉と書いてある名前シールを探した。

なかなか見つからず、最後に確認した窓側一番後ろの席に、やっと自分の机を見つけた。

もはや見つけたというよりかは、もう他は全て確認済みで、ここだった…… という感覚だった。

席に座り、持ってきていた筆記用具を出し、皆が揃うのと先生が来るのを待った。

しばらくすると、また緊張で胸がざわつき始めてきた。

中学から全く見知らぬ土地に引越してきた自分に、ちゃんと友達ができるのか……

口調は東京の人と変わりないだろうか……

心配し出すとキリがなかった。

そんな事を考えていると、いつの間にか教室にはたくさんの生徒でいっぱいになっていた。

そして前方黒板側のドアから、スーツ姿の女性が入ってきた。

「はーい! みんな自分の席に着けましたか? 今日から四組の担任になりました、春野美穂と言います。 一年間よろしくね!」

ハスキーボイスだが明るいトーンで、教室中に先生の声は響き渡っていた。

黒縁眼鏡と高めに結っているポニーテールに、口元のほくろ、パンツスーツスタイルが様になっていて、堂々としてかっこ良い女性の先生だった。

杏奈はこんな綺麗な人が先生なのかと、圧倒された。

右隣の女の子がチラチラと杏奈を見てきている視線を感じた。

杏奈は気のせいだといけないと感じ、口角を少しあげながらゆっくり視線を右に移した。

「初めまして! 私、三上結衣。 よろしくね!」

 初めて女の子が話しかけてきてくれた。

「あっ、初めまして。 山口杏奈です…… 仲良くしてくれると嬉しいです」

 恥ずかしげに笑顔で答えた。

「こちらこそ! 担任の先生、かっこよくて、感じ良さげな美人さんで良かったよね!」

思っていた事を結衣が言ってくれたので、親近感が湧いた。

結衣は明るいベージュカラーの、ロングで若干カーリーヘアーだった。 犬歯が八重歯気味で、二重幅が広く、カラーコンタクトが入っているかのような青の瞳が印象的だった。

女塚村には海外の子はいなかったし、初めてみる洋風な容姿が可愛すぎて話してる間、目を奪われた。

東京は美人や可愛い子が多い印象に、杏奈の中ではなりつつあった。

「先生もみんなの顔と名前を覚えたいので、呼ばれた人は返事をして下さいね。 相田紗理奈さん」

「はい!」

「井沢裕翔さん」

「はい!」

あいうえお順に名前を呼んでいく最中、黒板側に立っている春野は後ろ側、つまり五組と隣に位置する扉窓に人影がチラつくのが目に入ってきた。

ふと、目線をやると黒のボブ髪の女の子が背を向けて立っているのが見えた。

「みんな、ちょっと待ってて」

小さな話し声で少し騒つく、四組のクラス内……

ガラガラッと、黒板側の扉を開け、五組側と隣に位置する扉の前に立つ女の子へ、声をかけようとした瞬間には、もうその子の姿はすでになかった。

(おかしいな…… 確かに誰かそこにいたはず……)

どっちだったかは分からないが、自分にとっては珍しい事ではない……

そう気持ちを切り替え、四組の中へ戻った。

黒板側二列目前方の席の女子が、春野へ問いかけてきた。

「先生、どうしたんですか?」

心配してくれる様子に、笑顔を返した。

「先生の勘違いだったみたい。 止めちゃってごめんなさい」

そして再度教員机前に立ち、クラスみんなに聞こえるよう、大きめの声で伝えた。

「みんな、止めちゃってごめんね! 続けるね」

「三上結衣さん」

「はい!」

「山口杏奈さん」

「はい!」

「渡辺正人さん」

「はい!」

「以上、三十三名の皆さん、今日から一年間よろしくお願いします! 来週月曜日から木曜日まではお弁当なので、忘れずに持ってきて下さい。 今月中の予定や時間割、持ち物は今から配るプリントに記載してあるので、お家の方と一緒に確認してくださいね」

一列づつ枚数を数えて、後ろへ回してもらうように春野は配った。

「それでは、今日は以上となります。 改めてご入学おめでとう! また月曜日に会いましょう」

各々が椅子から立ち上がり、教室を出ていき始めた。

杏奈は自身のバッグへ、プリントや出していた筆記用具をしまい出した。

「どこの小学校だったの?」

結衣がまた話しかけてきてくれた。

「あぁ、えっと…… 私、実はここに二週間ほど前に引越してきたばかりなの」

「へぇ〜! そうだったんだね! 今まではどこに住んでいたの?」

「徳島県…… 分かるかな? そこのすっごい田舎村で育ったから、東京に来てビックリしたよ」

笑いながら話す杏奈につられて、結衣も一緒に笑ってくれた。

「徳島県は行った事ないなぁ。 なまりとか方言もそんなにないから、全然こっちの子だと思ったよ! それに、田舎村で育ったとは思えないほど美人さんでビックリしちゃった!」

杏奈は自分に自信こそないが、スラッと細身に長いストレートの黒髪、たまご型の輪郭、鼻筋が高く通っていて、目はぱっちり二重で大きく、とても整った顔をしている。

母譲りの目鼻立ちとスラっとした体型、方言があまり移らなかったのも、東京育ちが長かった母の影響が大きいのかもしれない。

他人から容姿を褒められる事など、今までにほとんどなかったので、困惑した。

それにこんなに可愛い子に言われると、お世辞だとすら思った。

「私なんて全然自信ないよ…… 結衣ちゃんはどうしてそんなに可愛いの? どこの国の生まれなの?」

「結衣で良いよ! 私も仲良くなりたいから、杏奈って呼ぶね。 私のママがアメリカと日本のミックスだから、このベージュのカーリーヘアも青い目もおばあちゃんとママからの遺伝なの」

杏奈は自分のことをスラスラと話す、結衣がかっこよくも見えた。

初めましてとは思えないくらい、フレンドリーで話していて、とても楽しかった。

それと同時に莉子と過ごした日々を思い出した。

杏奈自身も莉子もそこまでおしゃべりなタイプではなかったけれど、それもまた心地が良かった。

自分に莉子以外にも友達ができるなんて思ってもみなかった。

昇降口まで、女塚村に東京と比べて何もなかった話しや、唯一幼馴染がいた事を軽く話しながら、一緒に向かった。

教室から昇降口までの時間は、あっという間だった。

結衣のお話し好きな人柄ももちろんあったが、やはり同じ年代の子と話すのは嬉しかった。

「じゃあ、また月曜日にね! バイバイ!」

上履きから靴に履き替え、笑顔で両手を振る結衣に、杏奈も満面の笑顔で手を振り返した。

友達ができた嬉しさで、しばらく顔が緩んでいた。

杏奈も靴を履き、外へ出ると両親が待ってくれていた。

「お父さん、お母さん、お待たせ!」

「あら、何か嬉しい事でもあった?」

母が娘の表情を読み取った。

「友達ができたよ!」

嬉しそうに答える娘の姿に安堵した。

「良かったわね。 どんな子なの?」

「結衣ちゃんって言う子でね、海外のお人形さんみたいな可愛い子だったよ!」

「そうなのね、お母さんもぜひ会いたいわ。 今度うちへ遊びに連れておいでね」

「うん! 誘ってみる!」

学校の門へ向かい、家族三人で入学立て看板前で写真を数枚撮った。

次の人へお待たせしましたと言わんばかりに家族三人で会釈をしながら、校門を出て家の方向へと歩き出した。

「お父さん、それいつ現像するの?」

「そうだなぁ…… 後でスーツのクリーニングを出すから、そのついでにしてくるか」

「分かった! 写真楽しみにしてるね」

ほんの四日前にはまだそこまで咲いていなかった桜は、杏奈の入学を祝うかのようにほぼ満開で咲き誇っていた。

新しい地で桜並木の春の香りを感じながら、家族は家へとたどり着いた。

杏奈は洗面所に行き、手洗いうがいをしてから、ワイシャツと靴下だけ洗濯機へ放り込んだ。

最近のワイシャツはアイロンがけをしなくても、シワになりづらい素材があるらしい。

ワイシャツの入った透明ビニール袋にその内容の記載があり、こちらに引越してからも、洗濯洗剤がシワを防ぐなどと書いてあるものがほとんどで、併用する事でメンテナンスを保てるのではと、母が大絶賛していた。

自室に戻り、制服を丁寧にハンガーへかけた。

私服に着替えて、今日学校から配られたプリントをバッグのファスナーへ引っ掛けないよう丁寧に取り出し、一階へ降りて母に渡した。

母は昼食を準備中で、手が離せなかった為、杏奈へ一度冷蔵庫にマグネットで貼ってもらうようお願いをした。

そして、ダイニングテーブル上に敷かれたそれぞれのランチマットの上に、お昼のワンプレートを三人分置いていった。

「ご飯できましたよ」

リビングのソファでついたテレビを観ていた父と杏奈がダイニングへ向かい、

それぞれの椅子へと座った。

「オムライスだ! 美味しそう!」

杏奈はすでにお腹ぺこぺこだった。

その言葉に続いて母が言った。

「食べましょうか、いただきます」

「いただきます。 うん! やっぱり母さんの作るオムライスは最高だ」

父は母の料理が大好きで、昔はスリムだったらしいが、そのおかげで今では全体的に風船のようだ。

美味しさで食べるペースの早い父をよそに、杏奈は母に来週月曜日から金曜日まではお弁当持参である事を伝えた。

「お母さん、来週月曜日からお弁当よろしくね!」

「分かったわ。 入学式後の保護者会でも伝えられたから、安心してね。 おかずは卵焼きとタコさんウィンナー?」

杏奈の好みは昔から変わらない。

村には今の家の裏にあるような、大型スーパーマーケットが当然なかった。

小学校の近くに唯一〈橋本商店〉という、ある程度日用品や食材が売っているお店があった。

そのお店で売っていた唯一おかずになっていたのが、ウィンナーと卵だった。

二品だけだと少し寂しいので、色味で赤いプチトマトを入れたり、かまぼこを足したり、その日その日に橋本商店で売っている物を母は工夫して楽しませてくれていた。

ウィンナーもただ焼くだけでなく、切り込みを入れて焼くとタコの形になって杏奈が喜んで以降そうしている。

そのまた翌週月曜日からは給食になるので、五日間はそのセットでお願いをした。

「お母さんはお昼を終えたら、夕飯の食材とお弁当のおかずの買い出しに行くわね。 お父さんもクリーニングと写真現像に行くから、杏奈はお留守番をお願いしても良いかしら? 少しの時間だから、一人で大丈夫よね?」

こっちに来てから初めて、少しの時間一人で家で過ごす事になった。

杏奈は子供扱いされたみたいで少し癇に障ったようだった。

「もう子供じゃないんだから、安心して行ってきて下さーい」

そう言いつつも若干内心はドキドキしていた。

そんな娘の様子に、父と母は顔を見合わせて笑った。

「ごちそうさま! 洗い物は私がやるから、行ってきて良いよ」

「そう? じゃあお願いしちゃおうかしら」

杏奈が洗い物を引き受けてくれたので、両親は家を出て、鍵を閉めた。

食べ終えた家族三人分のお皿とスプーンとコップ、フライパンなどが溜まったシンクの洗い物が全て終わり、二階の自室へと向かった。

前の家ではずっと布団だったこともあり、ベッドにダイブするのが心地よかった。

ここに来てから日課になっていた、窓を開けて外を眺める事も大好きになっていた。

二週間が経過しても、未だにこの景色を見ている事が夢なのではないかと、疑ってしまう自分もいた。

私はここに来るまで、どれだけ小さな世界しか見ていなかったのだろう……

駅近、中学校まで片道一〇分弱、歩いて三分以内には着くコンビニとスーパーマーケット、左奥に目線をずらせばこっちでは有名な大型ショッピングモールも見える。

通る車の数や人の多さ、今まで見てきた景色と一八〇度違うものを見ている。

同じ日本なのに、ここまで変わるのかと圧倒される日々。

行きたい場所や、食べたい物、スマホを持ってみたいという、欲が同時にどんどん出てきているのも否めない。

莉子にもここでの生活を体験させてあげたい。

一緒にここで日々を過ごせたなら、どれだけ楽しいだろう……

いつか絶対ここに連れてきてあげよう! そう強く思った。

窓を閉め、ベッドに再度ダイブする。

うつ伏せで色々と考えているうちに、段々うとうとしてきてしまった。

瞼が落ちていき、うとうとして現実なのか夢なのか、その境でしばらくいた。

すると、上にしていた右頬に何か髪の毛のようなものが触れる感覚がした。

「杏…… 奈……」

息の混ざった、声にならないような声が、耳元で自分の名前を囁かれた気がした。。

その声でゾワゾワッと、鳥肌が立った。

「えっ……!? 何、今の!?」

慌ててベッド上で飛び起きた。

一瞬の出来事だったが、夢にしては鮮明な気がした。

髪が右頬に触れた感覚のくすぐったさが残るようで、顔をゴシゴシと擦った。

いつの間にか寝ちゃって変な夢でも見たのかな……

夢だったのか、現実だったのかハッキリせず、再度横になって眠気も相まってしばらくの間、一点を見つめてぼーっとしていた。

「杏奈ー?」

一階から呼ぶ母の声が聞こえ、その声で我に返った。

「は、はーい!」

ベッドから起き上がり、一階へと駆け下りた。

「おかえりなさい」

「ただいま。 あら、寝ていたの?」

杏奈はバレたと言わんばかりな顔をした。

うつ伏せで寝ていた、左頬にシーツ跡がついていた。

「引越しから、今日の入学式までやる事が立て続けになっていたから、疲れがドッときてしまったのね」

母は何でも的確に言い当てるので、すごいを通り越して、たまに怖いくらいだ。

「いつの間にか、寝ちゃってたみたい」

冷蔵庫に食材を入れ終わった母は、杏奈に優しい眼差しを向けてくれる。

「卵とウィンナーも買ったから、お弁当の材料はばっちりよ! お父さんも写真を現像してきてくれたみたいだし、杏奈も楽しみにしていたのだから、見てみたらどうかしら?」

「お母さん、お父さんありがとう」

父はテレビをつけて、リビングのソファに腰掛けていた。

ダイニングテーブルに母が買ってきて置いた、日用品の隣に現像した写真が入った紙封筒が置かれていた。

「写真見るね」

そこには数十枚ほど撮ってくれた写真が入っていた。

まずは新入生の入場シーン、これは杏奈が少し照れ臭そうに小さく手を振っている場面だ。

「私、こんな顔してたんだ」

クスッと笑ってしまった。

「上手く撮れてたか?」

リビングから父が聞いてきた。

「うん! でも私が少し照れちゃって、それがすごく伝わってる感じ」

「ハハハハ! それも良い思い出じゃないか」

父が楽観的に答えた。

しばらくは入学式最中の写真が続いた。

最後の数枚は家族三人で入学立て看板前で撮った写真だった。

「お父さん、目瞑ってるのあるよ!」

「どれどれ」

父と母が寄ってきて、それを見て笑った。

「お父さん、たまにやるよね」

「参ったなー! 恥ずかしいから家族三人だけの秘密だぞ?」

三人はお腹を抱えて笑った。

杏奈が改めて視線を写真にやると、何かに気付き、笑いを遮るかのように、言葉を発した。

「……あれ? この奥にいる子、何か莉子に似ている」

娘の指さす方へ父と母も目を細めて見た。

その子の目線も遠目からこちらを見ていた。

「本当だな…… ヘアスタイルも肩まで均一に揃った黒髪のボブが、何となくだが莉子ちゃんに似ているな」

「そういえば、今日自分のクラスに向かっている時に、莉子に似ている子を見たの。 でも、遠目だったし、莉子がここにいるわけがないからって思い直したけど……」

杏奈の表情が寂し気に曇った。

「そうだったのね…… この写真の子がもしかしたら、今日杏奈が見かけた子なのかもしれないわね……」

莉子とは家族ぐるみで本当に仲が良かった事もあり、父も母も自分と同様に寂しいはずだと思った。

父と母は顔を見合わた後、母が口を開いた。

「住所は分かるのだから、お手紙を書いてみたらどうかしら? 郵便局もまだ今の時間は、開いているわ」

寂しそうにする娘に伝えた。

「まだ開いてるなら、今から切手だけでも買いに行こうかな。 今買っておけば、明日にはポスト投函できるもんね」

杏奈の家から郵便局までは、徒歩五分ほどの距離だった。

洗面台の鏡の前で、先程の昼寝でついてしまった少しの寝癖を直した。

「お父さん、お母さん、郵便局行ってくるね!」

 リビングにいる両親に声をかけ、出かけた。

 杏奈が家を出たのを確認すると、母は父に言った。

「まさか…… この写真は莉子ちゃんじゃないわよね……?」

改めて母は写真に視線をやった。

「似てはいるが、これが本人なのかは分からない…… だが、莉子ちゃん自身があの時に言ってくれたんだ。 やれる事はやった…… 杏奈の前で俺たちから、莉子ちゃんの話題はなるべく出さないようにしよう」

「そうね……」


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