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新宿 3−3

 私は5時30分に、アラームの音で目を覚ました。6時では時間が足りないと、昨日学んだからだ。ベッドを出ると、真っ先に二人の様子を見にいった。二人は抱き合って、幸せそうに眠っていた。よし、二人は大丈夫だ。なぜだか、私はうれしくなった。

 朝食と昼食の準備は、1時間で終わり。一足先に、朝食を食べた。こんな早朝に、食事している自分に驚く。1時間の労働で、腹が減ったのかな。6時45分に彼女たちの部屋に行き、涼ちゃんだけ起こした。

「これが、このマンションの鍵だから」と言って、私は彼女に合鍵を渡した。「この中にICチップが入っていて、それをかざすと入り口のドアが開くから。他の人がしているところを見ればわかるよ」と私は言った。涼ちゃんは、真剣な顔で聞いていた。


 その夜も、21時に家に帰った。今夜も、家は真理ちゃんだけだった。彼女は一人で、寂しそうにテレビを見ていた。

「ただいま」と私は言った。

「おかえりなさい」と、真理ちゃんははっきりした声で挨拶してくれた。私たちの距離は、少しずつ近づいていた。

「涼ちゃんは?」

「新宿」

 おい、また新宿かよ。いったい何の用があるんだろう。しかし、余計なお世話はしたくない。それ以上は聞かなかった。ただ、「涼ちゃんは、今夜帰ってくるの?」と聞いた。「わからない」と、真理ちゃんは昨日と同じ答えを繰り返した。言い終えると、彼女は困った顔をした。その表情は、よく見ると困ったというより悲しげに見えた。私は頭の中で、カチッと音が鳴るのを感じた。

 

 昼休みに本屋へ行って、料理の本を買った。帰りの電車で、最初の50ページくらい読んだ。題名は、「素敵な奥さん」。いかに栄養のバランス良く、かつバラエティに富んだ献立を考えるか?それが知りたかった。その点で、とても勉強になる本だ。

 何か一つ料理を作るなら、ネットでいくらでもレシピを探せる。だが、今の私が求めているのは、総合的な栄養学の知識だった。体系立てて学ぶなら、やはり本の方がいい。まあ、私が古い人間だからか。私は隣のスーパーに出かけて、食材を大量に買い込んだ。

 今夜も真理ちゃんと、二人で食事することにした。ところが、真理ちゃんの手は箸を握ったまま動かない。その理由は、テレビだった。テレビは、AKBのライブを放送していた。真理ちゃんはうっとりと画面を眺めた。箸は食事をするためのものでなく、リズムを取るためのものに変わった。真理ちゃんは、オーケストラの指揮者みたいだった。

 真理ちゃんはきっと、可愛い女の子が好きなんだな。その気持ちはよくわかる。私も同じだから。彼女のファッションセンスも合点がいった。けれども、厚化粧はどうなんだろう。

 番組が終了するまで、真理ちゃんはほとんど何も食べなかった。彼女に付き合って、私も食べなかった。私は夕食を、全部温め直した。


 涼ちゃんが帰ってきたのは、また24時だった。真理ちゃんといっしょに、玄関に行った。私は、彼女の姿に愕然とした。涼ちゃんは、例の革ジャンを着ていた。その下は、シースルーの黒いブラウスだった。オレンジ色のブラジャーが、照明ではっきり透けて見えた。

 下はジーンズ地の超ミニで、しかもあちこち破けていた。角度によっては、ショーツが見えてしまいそうだった。おまけに今夜の涼ちゃんは、真理ちゃん並の厚化粧をしていた。真っ赤なルージュが、若く瑞々しい彼女にまったく似合っていなかった。私はカッとなった。

「そんな格好で、いったい何をやってるんだ!」

 今まで見せたことのない私の態度に、二人はびっくりしていた。

「とにかく、テーブルに座ろう」と私は言った。そして三人でダイニングルームに行き、椅子に座った。涼ちゃんと真理ちゃんが並び、その向かいに私が座った。

 もう私にはわかった。涼ちゃんが、援交をやっていることを。身体で金を稼いで、生活していることを。援交をするのは、おそらく涼ちゃんの役目なのだろう。涼ちゃんは、真理ちゃんにはさせたくないのだ。真理ちゃんが見せた、悲しそうな表情の意味を私は理解した。

「涼ちゃん」と私は静かに、しかし強い調子で話しかけた。

「もう、その服は着るな」と私は言った。「新宿にも、都内のどこにも行くな。とにかく、その格好で外に出るな」

涼ちゃんは、キッとした表情で私を見つめた。その眼差しは、とても力強かった。涼ちゃんは、「お前に何がわかるんだ」と目で訴えていた。しかし私も、負けるわけにはいかない。真理ちゃんは、下を向いて黙っていた。彼女は両手で、涼ちゃんの右腕を握っていた。

「ねえ、二人でいくら持ってるの?」と、私は優しくたずねた。

 二人は鞄から、ゴソゴソと財布を取り出した。二人合わせて、五千円もなかった。援交はなぜか、二日とも失敗に終わったようだ。

「わかった」と私は言った。「金の心配はもうするな。飯の心配もするな。わかったね?」

 二人は、明らかに戸惑った表情を見せた。真理ちゃんは涼ちゃんを見、涼ちゃんは私をじっと見つめた。二人とも私の言葉を、どこまで信用していいのか計りかねていた。

 私はスマホで、明日の天気予報を確認した。明日は土曜日で、一日中晴れ、微風。悪くない1日になりそうだ。

「明日ドライブに行こう。8時起床、9時出発。いいね」と私は二人に言った。

「うわあ、すごい!」真理ちゃんが大声を出した。一転して笑顔になった。

「海を見に行こう」

「すごー、めっちゃいー」真理ちゃんは、両手で涼ちゃんの右腕をぶるんぶるんと振った。でも涼ちゃんは、厳しい表情のままだった。

私は自分の部屋に入った。大量の薬を飲んで、さっさとベッドに横になった。涼ちゃんの疑いの目が、頭からなかなか離れなかった。まあ、いいさ。明日になればなんとかなる。そう自分に言い聞かせて目を閉じた。

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