新宿 3−2
21時に、家に帰った。玄関を開けると、テレビの音が聞こえた。意外にも、二人は帰っていなかった。でも、ダイニングルームにいたのはロリータファッションの子だけだった。
「ただいま」と、私は彼女に言った。
ロリータファッションの彼女は何も言わなかった。ただ居心地悪そうに、首を少し下げて私に挨拶した。
「革ジャンの彼女は?」
「出かけた」
「どこへ?」
「新宿」
「ふうん、そう」
なんで彼女を残して、一人で新宿なんか行ったのだろうか?私はよくわからなかった。しかし、相手は十代の女の子だ。理解できなくて当たり前さ。
「夕ご飯は?」
「食べてない」
「お腹空いたでしょ?」
彼女は、小さくうなずいた。
私は、クリームシチューを作ることにした。私の得意なメニューの一つだ。私はいつも、クリームシチューを一度に十人分くらい作る。そしてそれを、毎日毎日食べ続ける。私は同じ食事に飽きるということがなかった。だから一度作ると、3日は食事を作らなくていい。このやり方は、他のメニューでも同じだった。
家の隣に、スーパーがある。私は、鶏肉とシチューのルーと牛乳を買いに行った。走って家に戻り、鍋に水を入れて沸かしながらジャガイモを剥き、人参と玉ねぎを刻んだ。
一人ならば、ゆっくり料理をするのが常だった。しかし今夜は、目の前にお腹を空かせた十代の女の子がいた。一刻も早く完成させねばならない。世の母親の苦労を、あらためて思い知った。時間短縮のため、分量はいつもの半分にした。30分で、クリームシチューは完成した。
私と彼女は向かい合って、テレビを見ながらシチューを食べた。彼女はシチューを食べながら、左手でスマホをずっと操作していた。今の時代の子らしいな。テレビを見て、シチューを見て、スマホを見て・・・。その様子を眺めながていると、あまりの忙しさにこっちが疲れてしまった。
「革ジャンの子は、ここに帰って来るの?」と、私は彼女にたずねた。
「わからない」と彼女は答えた。少し眉をひそめ、困った顔でそう言った。本当に彼女もわからないようだった。
「ねえ、君の名前はなんていうの?」と僕はたずねた。
「まり」と彼女は答えた。
「どんな字を書くの?」
「真実の真に、理科の理」と、真理ちゃんは答えた。
真理ちゃんは今夜も、ものすごい厚化粧をしていた。でも、あらためて相当な美少女だと思った。化粧を落とせば、とんでもないレベルかもしれない。その上真理ちゃんは、胸が大きかった。彼女の身体は、とてもグラマラスだった。インポじゃなかったら、私は冷静でいられただろうか?
「革ジャンの女の子は、なんていう名前なの?」
「りょう」
「字は?」
「涼しい、ていう字」
「へえ、女の子にしては珍しいね」と私は言った。
「でもカッコいい。真理なんて、平凡な名前よりずっといい」と真理ちゃんは言った。
「そう?真理なんて、素敵な名前だと思うけどな」
「うーん、そうかもしんないけど、私は嫌い」と、真理ちゃんは答えた。
22時を過ぎても、涼ちゃんは帰ってこなかった。
「お風呂は?」と真理ちゃんに聞くと、「寝る直前でいい」という答えが返ってきた。それで、私が先に入ることにした。浴室に行き、シャワーだけ浴びた。湯は張ったが、湯船には浸からなかった。女の子たちが、嫌がるに決まっているからだ。
お風呂を出て着替えた後、ダイニングルームに戻って「湯船に浸かってないからね」と真理ちゃんに断った。彼女は苦笑いをしながら、小さくうなずいた。
私は自分の部屋にこもり、ビールを飲みながらギターを弾いた。私にとって、最もリラックスできる時間だ。ネットでニュースをチェックしながら、私は知っている曲を次々に弾いた。ギターを弾くことに飽きると、ノートPCを開いて書きかけの小説の続きに取り掛かった。こうしていると、あっという間に時間が過ぎる。
涼ちゃんが帰ってきたのは、24時だった。チャイムが鳴り、私はマンションの入り口を解錠してあげた。1分とたたないうちに、玄関の呼び鈴が鳴った。真理ちゃんが玄関へ飛んでいった。
私も出迎えに、玄関に行った。彼女の格好にびっくりした。涼ちゃんはトレードマークの革ジャンを着ていなかった。その代わりにノースリーブの上着を着ていた。その胸元は、下着が見えてしまいそうなほど切れ込んでいた。さらに、下は超ミニのスカートだった。道端で彼女を見かけたら、しばらく目で追ってしまうだろう。しかし、今は10月だ。あまりにも寒そうな格好だった。
「涼ちゃん、ご飯は食べたの?」と私は聞いた。
「食べてない」
私は、シチューを温め直した。そして、レタスとミニトマトに、シチューを作る時に使った人参と玉ねぎを、細く刻んで加えた。それから、大根も同じようにしてサラダに混ぜた。結構なボリュームだったが涼ちゃんは全部食べた。伸び盛りなのだ。身体が栄養を、沢山必要としているのだ。
真理ちゃんと涼ちゃんは、例によって小さな声で話し合っていた。話しながら、片手でスマホも操作していた。私は空になった皿を片付けて洗剤で洗うと、部屋に帰って薬を飲んだ。あとは二人に任せて、さっさと寝た。




