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逆転トリップ!  作者: ちくわ犬
一章
8/26

暗闇が身を包む

**児童虐待の表現が有ります。ご注意ください。

「このままヒスイがこの家で暮らすには色々と手続きがあるんだ。その為に村で一番偉い人に会いに行くんだよ。それに…私と暮らすよりヒスイにとって良いところが有ればそちらに行けばいい。」


今朝はサトリが持ってきた服を着せられて出かけることになった。歩きながら二人で行く道の途中、そう、カオが言う。


やはりわしがカオのところに居続けると色々大変なようだ。カオのところを出ようと思ったのにも関わらずカオから選べと言われると辛い。思わず握っていた手に力が篭ってしまった。いかん、カオを困らせてしまう。しかし口からは縋るような言葉が思わず零れてしまった。


「カオはわしが居ると迷惑か?」


「ヒスイが居たいならずっと居てもいい。」


カオはすぐに答えてくれてにっこりと笑った。その笑顔がわしの心を暖かくしてくれる。


「…そうか。」


「心配するな。今日は顔を見せるだけだ。……こうして二人で歩いていると親子のようだな。」


先日の如月の言葉を思い出す。カオはわしの母親になる気でいるのだろうか。

いや、わしの為にそんなことをしてはいかん。カオには幸せになって欲しいのだ。


「カオを母と思ったことはない。」


わしはカオをあの男から守りたい。これまでカオはわしによくしてくれた。素性もわからん子供を住まわせるだけでも大変だっただろう。きっとすぐにわしを放り出す事だって出来たはすだ。異世界から来て、しかもこんな幼子の姿だが出来る限りのことは恩返ししたい。


自然とつないだ手に力が篭る。


それから村長だという温厚そうな男と対面した。その後の話し合いにわしは入れてもらえなかったので何が話し合われたのかわからない。が、帰りのカオはぼんやりしていて気になった。危うく「信号」で先に行きそうになったのを手を握って止める。いつもは手を繋がないと渡ってはいけないとカオの方から繋いでくるのに。


軽く握り返されたその手のぬくもりを感じながら、ふと、わしが居なくなったらカオも寂しく思ってくれるのだろうかと横顔を見上げた。




******





対面する机の向こうに40過ぎに見える夫婦が座ってわしをじっと観察している。



数日が過ぎてまた村長の家に連れられてきた。そうか。そういう事だったのか。この夫婦のところにわしを預けようと相談していたのか。これならカオが心配することもなくカオの家を出ることが出来る。


「なんてかわいい子なのかしら。」


きつい匂いもする婦人がわしにそう言いながら手を握ってきた。誰も尋ねもせぬうちにわしと同じくらいの子供を亡くしたと同情を誘っていた。


……わしは王の妾の子として育った。母のことは顔も知らない。父や異母兄はそれを気にする事もなくわしを扱ってくれた。が、周囲には恰好の利用できる者に映っていたようで内心はわしを見下しながら表面上は媚び諂う輩がいつも群がっていた。だから、分るのだ。目の前の夫婦がわしのことをどんな目で見ているのかを。


しかし、それもちょうど良い。本当に自分の子のように思って面倒を見て貰えば良心の呵責に苛まれる事だろう。…何れは自分の世界に帰る身なのだ。それまで衣食住を提供してもらえればいい。


二度目の夫婦の家に訪問した後に夫婦の家に行く事をカオに伝えた。


カオは一瞬黙ってわしを見据えると


「わかった。」


とだけ言った。これで良かったにも関わらず心のどこかで引きとめられるのでは無いかと期待していた自分に気付いて…




自分の身勝手さに嫌気がした。





*****





「食べなさい。」


女がそう言って透明の入れ物のままの食べ物を差し出す。冷たい食事。カオの味に慣れていたのか全部甘く感じた。わしが食べているのを夫婦がじっと観察ながらコソコソと話をしている。


食べ終わるとケーキが出てきた。前にサトリが持ってきて食べた事があったがわしには苦手な食べ物だったので食べる前に断ろうと首をふった。



バチン!



目の前に星が飛ぶ。いきなり幼子の姿の自分が殴られるとは思わなかったので吃驚する。小さいこの体は今の平手で簡単に壁に打ち付けられて、頬はジンジンと熱を持った。


「食べろ、糞ガキ。」


聞いた事の無い低い声で女が言った。


「逆らったら捨てて来るからな。犬のように食べろよ、ほら。」


足元にベシャリとケーキを落として踏みつける。男は後ろでニヤニヤと煙をふかしていた。

どうやら思っていたより酷い状況だ。


「虐待を受けていたらしいからあんまり脅かすなよ。過呼吸でもなったら面倒だ。脅すならこれで充分。」


男はそういってわしに近づいてきたと思うと


「いっ……!」


わしの掌に口に銜えていた煙を押し付けた。ジュウと肉が焼ける臭いと共に痛みが全身に走った。


「くくっ。怯えてる。怯えてる。」


「ちょっと!見えるところに傷つけないでよ!?」


女はそういいながら男と楽しげにわしを見ている。痛みをやり過ごしたわしは状況を確認する。


扉は食卓の向こうにひとつ。窓は格子がかかっている。この体では走るのも遅い。利用できるものはないか……。


状況は極めて自分に不利だ。利があるとすればわしの中身は幼子ではない。このくらいの傷で恐怖して夫婦に従うこともないことぐらい。油断させてから逃げ道を確保するしかなかろう。


「さてと。始めようか。」


女の声で頷いた男が小さな箱のようなものを出してきてこちらに構えた。「カメラ」だ。


「自分で脱げるかな?」


「そりゃ、無理だろう。」


「この子、綺麗だし、金になりそうだね。傷もマニアに受けそう。」


どうやらわしを裸にして「絵」を撮る算段らしい。さすがに我慢できん。服を剥ぎ取られそうになって暴れた。


「この!大人しくしろ!」


女の腹に上手く蹴りが入って男のほうによろめいた。しめた!後ろが空いた!わしは女の後方の扉に向って走ると扉を開けて逃げた。玄関までたどり着いたが鍵がかかっていて開けれない。どうやら特殊な鍵が付けられているらしい。諦めてすぐ横の階段から二階へと上がる。後ろから男女の罵り声が追いかけてくる。


「くそっ!どこに行った!?」


「どうせ、逃げられやしない!探せ!」


箪笥の奥に隠れて様子を窺う。ここもすぐに見つかるに違いない。窓から出れるところがあっただろうか。ひとまず息を整えてからだ。足元がすべる。紙が重ねてあるようだ。薄暗い中、目が慣れるとそれが何であるかが分った。縛られて傷つけられた幼子たちの「写真」……何百枚も。嫌悪が込み上げる。しかし幼子の姿の自分に何が出来よう。逃げる事もままならないというのに。


カオ……。

わしは間違っていたのだろうか。


見つかっても殺される事は無いとは思う。が、激しい折檻が待っているだろう。この体で耐えられるか…。一人ずつなら気絶させるくらいは可能だろうか。「剣」さえあれば…。熱を持った掌が心臓の音を高くして行った。


「出て来い!ヒスイ!」


夫婦はまだ一階を探しているようだ。

そっと箪笥から出ると意を決して窓から下を見る。植え込みに向って落ちれば何とかなりそうだ。


幼子の姿のわしには二階からでも結構な高さに見えた。思っているよりこの体は弱い。気をつけながら植え込みに上手く落ちると手足に軽い擦り傷だけで済んだ。


とにかく、この場を離れなければ。


慎重に辺りを見回しながら夫婦の家を離れる。

衣食住どころではなかった。

平和に思えたこの国も心の黒い人間はいるのだ。

カオに守られて忘れていた。


情けないな。自分ひとりの世話も出きないとは。

随分歩いて川原にたどり着いたわしは川を見ながら膝を抱えた。ここなら夫婦にも見つかるまい。


……カオのところへ戻ってもいいだろうか。


いまさら戻って受け入れてくれるだろうか。


ぐるぐると考えながら夜になったがカオのところへ帰らぬまま外で過ごした。


異世界で幼子の姿のまま。


戦場で見上げた空と全く別の夜空がわしを包んで、わしはこの世界に来て初めて孤独を味わった。






ヒスイとカオリのイラストを描いてみました興味のある方→

http://795.mitemin.net/i13516/

http://795.mitemin.net/i13515/

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