秘密をもつ男
幸太郎が倒れた。
人のいいカオちゃんは幸太郎をお布団に寝かせてしまう。
…まあ、ここで見捨てたら人でなしだけど。
幸太郎の数々の行いを脳裏に浮かべるとこれも「作戦」じゃないかと疑ってしまう。
一途なんだか、なんなんだか。
昔からカオちゃんの周りには何だかんだと心に傷をもった人が集まる。きっとカオちゃんが優しいから集まってしまうんじゃないかと思う。妹の私から贔屓目なしに見てもカオちゃんは優しい。そして、いつも自分を犠牲にしてしまう。ジイ様が倒れなかったらこの村に留まらず「合気」の道をもっと極めていただろうし、きっと今だって私が遺産をわけてって言えば迷わずここを売ってしまうだろう。あの「伯父」にだって渡してしまうかもしれない。…きっとカオちゃんは両親が亡くなってから私を守るために多くのものを犠牲にしてきたに違いない。私が寂しいときは母に、私が悪いことしたら父に、優しく、時に厳しくカオちゃんはたった8歳の頃から二役して私を守ってきた。
幸太郎は飯塚病院の相談役の息子だ。都会の本邸から離れてここで暮らしている。どうしてかというとまあ、要するに「愛人」の子だからだ。小学3年生でこっちに引っ越してきた幸太郎はカナリやさぐれていた。酷いいじめにあって引っ越してきたという噂もあったが私の見解では幸太郎の生活がすさんでいた為ではないかと思う。見た目は女の子と間違われるほど華奢でかわいい幸太郎は背もあまり高くはないので本当に「可愛い」に尽きる。幸太郎の母親が心配してうちの道場に通わせたほどよく変態さんなんかに声をかけられたそうだ。道場に通いだしてから幸太郎は変わり、カオちゃんを追いかけるようになった。
長いこと他の子と同じように「子分」みたいな感じでくっついているのだと思っていたが、どうやら幸太郎だけは違っていた。同級だった私もその王子様のような外見に騙されていたくちだが、カオちゃんにはお見通しだったようでカオちゃんの幸太郎に対する態度は初めから変わる事はなかった。その平等さこそが幸太郎が渇望していたものなのかもしれない。
あ~あ。あれで「腹黒」でなければなぁ。私だって応援してやら無いでもないのに。
高校生のときから女遊びは派手だったが(本人はカオちゃんをリードするための修行って言ってた…何がだよ!)大学を卒業し、国家試験にも通り、晴れて薬剤師となって村に帰ってきた幸太郎は思い余ったのか気でもふれたのかジイ様が老人会の旅行で一泊空けた日にカオちゃんに夜這いをかけて返り討ちにあい、寝ボケて手加減できなかったカオちゃんに全治2週間の怪我を負わされた。もちろん幸太郎も素人ではないので受身で逃げたはずだが、本人も相当切羽詰っていたのだろう。
怪我をさせたので謝りに行ったカオちゃんに(私はほっとけって言ったんだけど…)幸太郎のお母さんが土下座して謝ったのは訴えなかったカオちゃんに対して当然のことだったと思う。…もちろんボッ〇ガの財布に釣られて鍵を渡してしまった私はカオちゃんに大目玉くらったけどね。
あ~あ。カオちゃんにいい人いないかなぁ~。
正直カオちゃんはもてるよ?婿養子でもって人も過去2、3人はいたし、ジイさまに直談判した人もいた。でも、なぜか本人に猛アタックした人(それとなくじゃカオちゃんが気付くわけないし)はいなくて、ほら、あの「腹黒」幸太郎がみ~んな縁談はつぶしちゃうから、そんじょそこらの男では…。そうは言ってもカオちゃんだって27歳…いまさら幸太郎にはやりたくないしなぁ。
「サト、聞いているのか?」
「え?なに?カオちゃん。」
おっと、考え込んじゃった。目の前のカオちゃんが眉を寄せている。
「だから…。」
カオちゃんがヒスイのほうを見て声を潜める。ヒスイは幸太郎を寝かせている部屋に「冷却シート」をもっていこうとしている。カオちゃんが頼んだようだ。
「このままヒスイの引き取り手が現れなかったらどうすればいいと思う?」
「連絡無いもんねえ。」
このまま一緒にいれば確実にカオちゃんの情が移ってしまうだろう。かといって独身のカオちゃんがヒスイを育てていくというのは現実味が無い。犬猫ではなく、人間の子供なのだ。
幸太郎に相談したら「僕と結婚して引き取りましょう」とか言いそうだしな。
こういうときに頼りになる人って…。
「蔵田先生に相談してはどうかと思ってな。」
蔵田?くらた…くらた…誰だっけ。
「弁護士の先生だよ、サト。」
ああ、あの眼鏡のイケメン…。!そういや、あの人独身かな?いいかも!!!
「それがいいよ!すぐに電話してみよう!善は急げ!だよ!」
「なんの「善」だ…。まったく。後で電話する。」
そういいながらカオちゃんは蔵田弁護士の名刺をジイ様の写真の前に置いた。
昼過ぎにカオちゃんが電話すると蔵田先生は明日来てくれると言ったらしい。ちょっとした相談で来るなんておかしいんじゃない?これは、脈ありなのかも…。
*****
「まだ保護者が現れる可能性もありますから。カオリさんが面倒見切れないようであれば施設を探しましょう。」
「いや、ヒスイは虐待されていた可能性がありますから施設選びは慎重にしたいのです。ここに来たのも何かの縁でしょう。面倒を見るのはかまわないのでヒスイに最善になるように考えたいです。」
「…。それでしたら施設や里親のことを調べるのに時間をかけて、保護者が現れないようでしたら戸籍を作ってあげたほうがいいかもしれませんね。今のうちから村長さんに相談しておきましょう。あなたは独身ですし保護者にはなれないでしょうしね。」
……じっと蔵田弁護士を見つめる私とトモ。ま、トモは見たこと無い人を認識してる最中だろうけど。ノンフレームの眼鏡が似合うインテリ…。コートはマッ〇ントッシュか。趣味いいな。笑いジワが優しそうな人だ。いいんじゃない?
「先生は独身なんですか?」
「は?ええ、まあ。」
「…サト。」
やた!カオちゃんの声が怖いけど、ここは妹として頑張らねば。
「恋人は?ちなみにカオちゃんも恋人なしです。」
「サト!すいません。気にしないで下さい。」
イテッ!カオちゃんに太ももつねられちゃった!でも、ほら、蔵田さんだってまんざらじゃないみたいなんだもん。
「カオリさんは素敵な人ですね。実は大先生にも勧められたのですよ「うちのカオリをどうか」って。」
「ええ!!カオちゃん、ジイ様公認だって!」
「……サト…。」
「いえ、サトリさん。私のようなものが結婚など。ましてカオリさんのような方とは交際なんてとんでもないです。ですが、大先生にはご恩があります。困ったことがあれば何でもご相談ください。駆けつけますから。」
そういって蔵田弁護士はにっこり笑った。それはとても冷えた笑い顔だった。
「助かります。ヒスイのことよろしくお願いいたします。」
カオちゃんが両手を突いて頭を下げた。あわてて私も頭を下げる。もちろん、私だってヒスイのことをないがしろにする気は無いからね。
蔵田先生が帰ってからそれとなくカオちゃんにチェックを入れる。
「ね、蔵田先生って素敵よね~!」
「……。」
あれ、反応なしか…。
「蔵田ってダレ…。男の声が聞こえてたんだけど…。」
「ギャ~っ!幸太郎!ゾンビみたいにこないでよ!熱下がってないんでしょ!おとなしく寝ときなよ!起きれるんだったらマンションに帰れ!」
帰れといわれて匍匐前進してきていた幸太郎がゴホゴホとあからさまに咳をして隣の部屋に後退する。かわいい顔も真っ青なくらい鼻水が垂れてる…。どうでもいいけどカオちゃんの幸せを邪魔するなよ!
「幸太郎、あまり出歩くな。明後日には病院の勤務が入っているのだろう?早く病気を治せ。」
おかゆを持ったカオちゃんがやってくる。幸太郎め、にやけおって。
「ヒスイ。文字の練習もいいが、もう少し目を離しなさい。目が悪くなる。」
机で文字の練習をしていたヒスイがカオちゃんの声を聞いて顔を上げる。なんか、あの子、場の空気読みすぎじゃないかな。つらい経験をしていたとしてもあんなに知能があがってついてくるものなのかな…。最近は漢字を覚えてるらしい。ヒロが特別おバカな子でないのだからヒスイの頭が良すぎるのか。う~ん。なんか話してても目線が一緒なのよね。天才児かしら。
「あ、ヒロを迎えに行かなきゃ!カオちゃん、ミチとトモお願いね!」
ちょうど眠ってしまった二人を置いてヒロの幼稚園へ。カオちゃんはヒスイも幼稚園に通わせたいと思ってるみたい。4月には年長さんだもんね。
ヒスイ。不思議な子。
ふふ、あの子が大人になったらカオちゃんにぴったりなのに。合気にも興味があるし、なによりあの二人は熟年夫婦みたいに雰囲気がぴったりなのだ。まあ、考えるだけ無駄だけど。
「ヒロ~!」
制服姿で砂場で恐ろしいくらい必死に穴を掘っている息子を呼ぶ。なにが楽しいのか奇声を上げながら喜び合う子供たち。
「なに作ってるの?」
「チョコレートだよ!おかあさんたべる?」
水を混ぜなきゃ考えてやってもいいけど…。なんで髪の毛まで砂だらけかな。
「ちょっとだけならね。」
「わかった!もってくる!」
あ~あ。こないだ洗ったばかりなのにもうズボンの後ろがドロドロだ。いつも思うけどなんでヒロの制服って洗おうと水につけると恐ろしい色の水になるんだろうな。幼稚園児の不思議のひとつだ。
お皿に泥をやまもり積み上げたヒロが走ってくる。
「ヒロくんのおかあさんコーヒーのむ?」
「ん?」
泥水の入ったコップを持つヒロのお友達ミイちゃん…。
「おかあさんのチョコレート!ケーキにしたよ!」
泥の物体を皿に乗せているヒロ…。
真っ白なはずの君たちの靴下は今日も茶色に染め上げられている。
しばらく更新できません。すいません。詳しくは活動報告にて。