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逆転トリップ!  作者: ちくわ犬
一章
23/26

そして旅立ち

「カオちゃんの呪いはきっとカオちゃんを苦しめる。」


サトは思いつめた顔でそう言った。璃音の訃報で気が動転しているのだろう声が震えている。


「サト、何も焦らずとも。どうせこのまま行けば私は行かず後家で一生終わる運命だ。」


今までの花盛りと言われる青春だってこれっぽっちも気配すらなかったのだ。サトと子供たちが居れば老後も寂しくないはずだと確信できる。


「……カオちゃんは気づいてないのよ。このままヒスイが帰ってしまったら二度と会えないよ。そうなってから後悔しても遅い。」


「それは……。」


サトは唯一引っかかるところを突く。そうだな、本当のことを言えばヒスイを手放したくはない。しかしそれはあの子の幸せではないだろうことは十分わかっているのだ。向こうの世界に戻って、せめて幸せを見届けて安心したい気持ちはあるが……。


「私にはわかる。愛する人とひとつになって、出来れば子供が欲しいって思う気持ち。きっとヒスイのお母さんはヒスイのお父さんを愛したこと、ヒスイを産んだことに誇りを持っていたんだわ。だから、あんな呪いを考えたのよ。私たちの先祖がその想いを踏みにじってきたから……。」


「……。」


「後の事は私が何とかする。道場も柳さんとか星野さんに相談するから……。カオちゃんはヒスイと一緒に行って。」


「サト……。」


「頑張ってカオちゃんが何回も里帰りできるようにするから。やっぱり駄目だったら帰ってきていいように待ってるから……。」


サトが真剣に心配してくれていることが身に染みて分かる。璃音の事で動揺しているとしても。


「ありがとう。正直、何だかいろいろ聞いて疲れたんだ。少し考えてから寝るよ。」


「……わかった。晩御飯には呼びに行くから。」


サトはそう言うとすがるような目で私を見た。


妹が去って行ってからゆっくりと襖を閉めると私は地下室で寄り添っていた二人を思い浮かべていた。


璃音は赤井のことを異性として愛していたのだ。


だからあの時、危険を冒しても赤井に会いに来た。


二人で幸せになったと思った瞬間に愛する人は冷たくなっていたのだろうか。


そう思うと璃音のやりきれなさが伝わってくるような気がした。




*****




次の日に久しぶりに朝食を作ろうと台所へ行くとそこには何やらお品書きのようなものがあった。


「味噌と醤油のつくり方……100円均一で買うもの……。」


なんだろう。これは。首を捻りながら炊飯器に手をかけると居間の方からだらりと手が見えた。

不思議に思って覗くと、そこには目の下に熊を飼う連中がいて、こちらを見ていた。


「トイレが……困るんじゃ無いかと思うのよ。」


今日の清々しい一日の開口一番がこの言葉だとは嘆かわしい。


「何を言っているんだサト……。」


「食事情も身の安全もない所だそうよ。もちろん衛生面も……。」


「……。」


「やっぱりどこでもド〇は無理でも異次元ポ〇ットは欲しいよな……。カメ〇メ波って使えるのかな……。」


「如月……頭は大丈夫なのか。」


「もう勘弁してください。翡翠様も眠られていないのですよ。」


「カオが世界渡りする準備だ。構わん。」


「じゃ、これってどうかな?」


何やら計画している連中の中心にあるカレンダー。細々と書き込まれたノート。

それらを一瞥して私は声を張り上げた。


「何を企んでいるかはよくわかった。……わかったから、朝食を取ったら睡眠をとるんだ。」


一同は顔を見合わせるとホッとしたように笑った。



*****




皆の様子を伺ってから心がストンと収まった気がした。


決めることなんて何もなかったのだ。初めから。


異世界に渡る気なんて先ほどまで微塵もなかったのに味噌汁を作りながら自分でも顔がゆるんでいるのが分かる。馬鹿だな。こんな年になっているというのに、ワクワクしているんだ。


わいわいと朝食を取ると皆は昼まで眠ることになった。私はなまっている体を馴らすために道場に向かう。久々に訪れた道場は人気の無いものの綺麗に掃除されていた。


私が臥せっている間も掃除してくれていたんだな。


正座して背筋を伸ばすと黙想した。しばらくしてゆっくりと礼を取ると後ろから誰かが来た気配がした。


「……ヒスイ。」


ヒスイは隣に来ると黙って正座して正面に礼を取ってからゆっくりと私に向き直った。


「カオ。わしの事を恨んでもいい。必ず呪いは説く故……わしに付いて来てくれないか。」


「……恨みなど無い。私の先祖が犯した罪だ。ヒスイのお母さんは長い間苦しんだ。その罪は重い。少しの間、一緒の部屋に居たんだ。毎日子供に会いたいと、それだけを望みにしていたよ。私の為にお母さんを悪く思わないでくれ。」


ヒスイは私の言葉にきゅっと唇をかんだ。


「わしにカオを一生守らせてくれるか?」


「ならば、私もヒスイを守ろう。」


安心させるようにニコリと笑った。相当ヒスイは呪いのことを気に病んでいたのだ。

私が答えるとヒスイの顔がぱあっと明るくなった。そうだ。笑った顔の方がいい。


「水の國はカオが想像するよりも貧しい。だが、これから良うなっていく國だ。苦労させるのは目に見えているが色々な武道と触れることも出来る。暫らくは旅が続くだろうが落ち着いたら見聞できよう。わしが出来る限りはカオを幸せにするつもりだ。」


「それは楽しみだ。宜しく頼む。」


ヒスイの小さな手が私の手を包み込む。安心させるように握り直すとヒスイは真っ赤になった。


この時、私はすっかり忘れていたことがある。


いや、正確にはどんなに説明されようが一度思い込んだことは人間そうそうには切り替えられやしないのだ。まして見た目は完全に幼児。私はヒスイが24歳で有ることをすっかり脳から追い出してしまっていた。



*****



それから急ピッチで私が世界渡りする用意が進められた。何度も如月を説得したが如月は断固として行くことを譲らなかった。


「俺もこの世界から連れ出してよ、カオリ。」


ふと、如月が真剣な顔でつぶやいた。本心なのだろう。それ以上は追究しなかった。メグはせっせとヒスイの話しを聞いて持ち物を厳選する手伝いをしていた。


「他の人たちにはヒスイのお父さんとカオちゃんが結婚して海外に行くって設定にしといたから。」


「そうか。」


「最初帰るのは5日後。最初の一回は鬼丸が力を分けといてくれるって。駄目だと思ったらその時にこっちに帰ってきて。ヒスイが居るから大丈夫だと思うけど幸太郎が不吉な事ばっか言って早めに設定しろって。」


「ヒスイの父親は私の存在を良くは思わんだろう。」


「……。幸太郎もそう言ってる。ヒスイはカオちゃんを恩人みたいに思ってるかもしれないけど、鬼丸は龍神を殺した一族としか思ってないって。」


「もしも向こうで放り出されても5日ほどなら如月と何とかするさ。」


「なんか、株、アゲタナァ……幸太郎。」


ヒスイは王子だったからな。一緒に旅に出るとは言ってくれたがどうなるかはわからない。ちょっと異世界を見て帰るのも良いだろう。呪いだって解けるに越したことはない。元々ジイ様が亡くなった時に旅に出るつもりだったんだ。何の憂いが有るというのだ。海外旅行にちょっと行く感覚でいいだろう。まあ、サト親子の事は気にかかるがサトが後押ししてくれるならそれもそれだ。


「カオ、明後日出発する。」


「わかった。」


「カオリ殿、この紙を持って門をおくぐり下さい。」


「鬼丸、これは?」


「……琥珀でございます。カオリ殿の略歴みたいなものです。」


そう言って鬼丸が渡してきた紙には不思議な文字が並んでいた。


「この文字は?」


「向こうの世界の文字です。これで術をかけると言葉が通じたりできます。」


「ふうん。」


紙を大きく開こうとすると慌てて鬼丸に押さえられた。


「むやみに広げてはなりませぬ。追加したい事柄が有ればあと一つくらいは書き足せますので。」


「では、あらゆる書物も読めるように。」


「……承知。」


そう言うと鬼丸はスルスルと何やら書き足してから私にもう開けないようにと念を押して行った。


「ちょっと!聞きたいことが有るんだけど!」


あっちでウンウン唸ってノートに向かっていた如月が鬼丸を呼んだ。鬼丸はヒロたちの手前、ずっとヒスイの父親の姿のままだった。なるほど龍神が一目ぼれするだけあってなかなかの男前だ。

どうやら鬼丸は如月のことが気に入ったようでなかなか親切に接している。……私は距離を置かれてしまったな。致し方ないが大ジイが大事にしていた「鬼丸」なだけに寂しい気持ちでもある。


あちらでヒスイを見届けたら帰るのもいいかもしれないな。


本当の父親にヒスイを届けたら……

なんだか自分の役目も終わるような気がしていた。



*****



「では、皆様、此れより開門いたします。少しの間は離れておられますように。」



その日の朝、ヒロとミチが幼稚園に行ってから旅立つことになっていた。


「カオちゃん、行ってらっしゃい。ここで待ってるから安心して。」


「サト。大変だろうが後の事は頼む。」


「俺がちゃ~んと守るから安心してな!」


「幸太郎も気を付けてね。」


「ヒスイ……カオちゃんのこと頼んだよ。」


「分かっている。」


光の粒が集まると鬼丸の前にだんだんと光のアーチのようなものが現れて来ていた。

あれが、異世界に通じる「門」なのか。


「……メグは?」


「あれ?朝食は一緒にいたよね?」


「……宜しく伝えておいてくれ、サト。」


「うん。わかった。」


見回すとメグが居ない。今朝までいろいろ世話を焼いて動いてくれていたのに。

……寂しくなったのだろうか。


「そろそろいいでしょうか。参りますよ。」


鬼丸の声で光の門の前に並んだ。スッと隣に来たヒスイが私の手を握ると如月も負けじともう片方の手を握ってきた。


「飛ばされないようにヒスイを握った方が良いんじゃないか?如月。」


「……。」


ちょっと考えて如月はヒスイの手を握るとサトに向かって言った。


「サトリ!写真撮ってよ!ほら!親子みたいでしょ!」


その声にヒスイの手がびくりとした。


「わかった……撮るけど……ちょっと、幸太郎を睨まないでよ、ヒスイ……。」


困った顔をしたがそれでも何回かサトリがシャッターを押すのを如月は満足そうに見ていた。


「では……参ります。」


鬼丸がそう言って先頭をきって門をくぐって行った。私もと足を進めた時に、空いた手を誰かが握った。


「!!メグ!」


「カオリさん、これ、お守りです。」


見ると近くの神社のお守りだった。わざわざこれを持ってきてくれたんだな……。


「ありがとう。」


そう思ってお守りをメグから受け取った。


確かに、お守りだけ。


でも、メグはそのまま強い力で私の手を握ると……光の門に入ってきた。



そんなこんなで



私と如月とメグの……


異世界での生活が開幕したのであった。



ようやく一章終わりです。

次章からは異世界でのカオちゃんの活躍にご期待ください。


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