呪いと想いと2
屋敷に戻ったカオは一度目を覚まし、泣き崩れ、その後眠り続けた。
「無理もない。龍神が乗り移っておったからな。」
「ねえ、カオちゃんの胸のやつ、なんなの!?カオちゃんになんかあったら許さないよ!!ねえ、カオちゃん目を覚ますよね?」
食卓を挟んでサトリがわしを責める。……無理もないのだ。カオをこんな目に合わせたのだから。
「龍神の気に当てられただけだ。目は覚ます筈だ。」
「ちゃんと説明してよ。何が有ったのか。」
不満そうにサトリがつぶやく。あらましは如月に聞いているだろうが呪いの事はまだ話してはいない。
琥珀に止められているからだ。
「カオが目覚めたら、話そう。」
わしとて琥珀に事情を聴いたばかりで混乱しているのだ。
自分に
神である龍神の血が流れていることを。
*****
夜通しで看病を続けるサトは誰の手も借りようとしなかった。しかし、ヒロたちの世話もあり、無理も続けられられないだろうと何とかわしも看病させてもらえることになった。
僅かな布団の上下にカオの息吹きを感じる。
こんなことになってもわしはカオが愛しくてたまらぬ。
わしがここへ現れなかったらカオは誰かと幸せに家庭を築く筈であったろう。…その誰かに渡すくらいならいっそ、と思ってしまうのはわしの我が儘だ。
琥珀はこのままカオを置いてこの世界を去ろうと言う。
龍神に……母に犯した罪を償うのはその末裔としては当たり前なのだと。
わしがカオを想えば想うほどカオがわしにとって危険な存在なのだと。
それでもわしはカオを手放したくないのだ。
その眠る唇に指を這わせてみる。
カオ……。
わしと一緒に来てくれないか。水の國に帰れば父も何か知っているだろう。神の國に行くことが出来れば呪いを解く方法もあるかも知れぬ。闇の國に行けばその情報も得られるかも知れぬ。
僅かでも希望が有るのなら
わしは……
恨まれようともカオを攫ってしまいたい。
******
琥珀には龍神の呪いを解く方法を探せと命を出していた。……がこの世界の龍神はわしのいた世界よりも神の存在が遠い。
「カオリ殿は危険です。どうか、このままお忘れになってください。」
「琥珀。カオが良いと言うならわしはカオを連れて帰る。」
「……そうなれば翡翠様が苦しみましょう。いくら翡翠様の想い人とはいえ、翡翠様に危害が加わるようであれば私とて黙ってはおりません。」
「カオは被害者なのだぞ。」
「翡翠様のせいではありません。」
「必ず呪いは解く。」
「……。」
琥珀の眼が止せと言っているのは十分承知だ。しかしわしは引くつもりはない。
「カオを説得する。」
「翡翠様……。」
「心配するな。きっと何とかなる。」
わしの言葉にもう琥珀は何も言わなかった。
*****
「カオ。大丈夫か」
ようやくカオが目覚めたと聞いてわしはカオの元へ急いだ。カオはわしの顔をみると「ヒスイは?」
とわしの心配をした。まったく敵わない。
「わしは大丈夫じゃ。カオは相当疲れていたようだが。」
「サトが居ない時はヒスイが居てくれたのだろう?」
「大したことじゃない。」
笑いかけられると後ろめたさに目を伏せてしまった。カオがこんな目にあったのはわしの責任なのだ。起き上がろうとするカオを支えて粥を勧める。体を戻すことが先決だ。
「少しでも入るか?」
そういうとカオが頷く。とはいっても食欲は無いようで自分から粥を取ろうとはしなかった。何としても食べさせなければと粥をすくってふうふうと冷ますとその唇に運ぶ。
「……まるで……。」
カオが何か言いかけだが辞めた。
カオはわしの母が呪いをかけたと知ったらわしを責めるだろうか。
……責められた方が気が楽なのだろうな。
そんなことを思いながら何度もその口に粥を運んだ。
******
まだふらつきが残るカオが座るのを確認してからわしは口を開いた。
「今から事情を説明するが、カオには落ち着いて聞いて欲しい。」
ようやくカオの体調が戻ってきたようなので皆に事情を説明することにした。サトをはじめ、皆知りたがっていたので皆の前が良いだろうとサトリに集めてもらった。
「翡翠様……私が説明いたします。」
琥珀の申し出に頷く。琥珀の説明をカオは時折短い質問を投げかけながら落ち着いて聞いていた。さすがに琥珀が鬼の姿に戻った時は驚いていたが。
カオの話しになった時、わしは思わず口出しした。
「柴山の屋敷に捕らえられていたのが母だ。」
わしの母がカオに乗り移った上に呪いをかけたのだ。そう思って言ったというのにカオの口からは……
「そうか……では、会えたのだな。」
嬉しそうに言葉がこぼれた。そうではないんだ。カオ。
「会えたのが良かったのかは今となってはわからん。カオにあんな……!」
「翡翠様!黄白華様は國を救った翡翠様のお母様なのですよ!そんな言い方は!」
琥珀が母を庇う。わしとて母を責めたくはない!さりとて、わしの愛する女にあまりにも酷い仕打ち!
「しかし!カオの胸に呪いの刻印が出来た!」
「え……?」
その声を聞いてカオが自分の胸を覗き込んだ。
「なっ!」
驚いただろう……
その胸の刻印に。
*****
呪いの話しをするとその場は騒然となった。
無理もない。
一通り皆が騒ぐと「一人で考えたい。」とカオは自室に戻ってしまった。
「本当に連れて行くつもり?」
サトリがわしに静かに尋ねた。
「わしはそうしたいと思う。」
「もしも、呪いが解けなかったら?」
「家族の様に寄り添って生きていく道もある。」
「……本気なんだね。カオちゃんの事。」
苦笑いしていると琥珀が顔を上げた。
「もしかして……「書き換え」を行って門をくぐれば呪いも解けないでしょうか。」
「「書き換え」とは?」
「翡翠様はこちらへ来る時に幼子の姿になりました。龍の血が年齢の判断をそうさせたのでありましょう。私は元々が魔剣ゆえ、姿かたちをあらかじめ決めてから門をくぐります。そんな風にカオリ殿も……。」
「よし、試してみよう。」
「翡翠様、世界渡りは容易ではありません。戻るのは翡翠様のお力で支障ないでしょうがもう一度ここへ来るのはサトリ殿の力が満ちる時でないと。」
「それって、あんまり行き来は出来ないってこと?」
「通常門を開けるには常人では一生に一度くらいでも奇跡です。あなた方は道先案内の血を引いておられるようなので少なくとも門を開く力はあると思いますが。」
「門とか良くわかんないけど、つまりカオちゃんと私はそれが出来る家系だってことね。その力が柴山の力だとしたら私にはあんまり無さそうだけど。」
「そうですね……でも肉親ならより可能性は上がります。訓練次第で開くことができるかもしれません。」
「そうなんだ。じゃあ、その訓練つけてくれる?」
「承知。」
「……。それでいいのか?」
「だって、仕方ないじゃない。」
「上手く行っても向こうの世界でしか呪いは解けないぞ?」
「きっと……。」
「 ? 」
サトリはそこで言葉を切ってわしを眺めた。思いを託すかのように。
「ねえ、ちょっと。細かいことはどうでもいいけど、カオリが行くなら俺も付いて行くから。」
そこで如月が口を挟んだ。
「ヒスイは王子なんだろ?結婚相手には困らないんだよね?呪いが解けなかったらカオリの事捨てたっておかしくないじゃん。」
「そんなことはしない。」
「どうだか。そっちの鬼はカオリが邪魔だって思ってるでしょ?まあ、カオリがヒスイの事選んだわけでもないからどっちにしても希望がある限り俺だって引かない。」
「……危険だとしても?」
「当たり前だろ?」
挑戦的に如月はわしを睨んだ。それならばついて来ればいい。
「幸太郎……。あんたイイ奴だったんだ。なんかちょっと感動しちゃった。」
「サトリ……ヒドイ……。」
「では、さっそくサトリ殿には鍛練する方法を……。」
「うん。教えて。」
当のカオの意見も余所にわしの世界に渡る準備が着実に進んで行っていた。
*****
「ねえねえ、能力とかも書き換え出来んの?」
「さあ、それも世界渡りでは試したものはいないので何とも。能力といっても肉体に負担がかかるものは体を保てなくなるやもしれません。」
「うへっ。じゃあ、駄目か。」
如月は琥珀に質問しながら嬉々としてなにか紙に書きだしていた。なるほど、上手く行けば向こうで何らかの能力を得ることが出来るかもしれん。なかなか頭がいい。
サトリは集中力を高める訓練をしていた。琥珀に聞けば鍛練しても数年に一回程度門を開けれるほどしかならない見込みだと聞いたが……。
それぞれがカオの世界渡りの準備をする中、メグだけが黙ってその様子を伺っていた。
そのとき、
一本の電話が鳴る。
電話を受けたサトリはぎゅっと唇を噛んで話しを聞いていた。
「誰から?」
サトリが電話を置いたのを確認して如月が尋ねる。
「……明人さん。璃音が……柴山の当主の娘が亡くなったって。」
「……。」
「後追い自殺……。そばに居た男の人も亡くなっていてて……璃音の胸に変な痣が有ったって。これって……。」
皆が顔を見合わせた。
「呪いですね。」
琥珀の低い声が響くとサトリはカオの部屋に飛んで行ってしまった。
長くなってしまいましたが次こそは!……出来るかな(汗)