敵陣へ
数時間かけて電車で移動し、そこからは車でカオが連れられたという家に到着した。重厚な門構えで塀が高く積み上げてある上に忍び返しが付けられている。その異常な雰囲気の様は自らを守ろうとしているのか逃げ出すものを抑え込んでいるのか。どちらにしても家主の後ろめたさが出ているようだった。
如月が小箱を押すと音が鳴り、やがて向こうからすこし震えた女の声が聞こえる。
「……どちら様ですか?」
「門田の関係者です。こちらに門田カオリさんが居るでしょう?」
「……そう言ったお名前の方は存じません。」
「居るはずです。」
「……。」
ブチッ
「あ、こら!カオリを出せ!」
一方的に通話が切れたようで如月が声を荒げて箱に向かって怒鳴る。
「チッ、だめか……。」
「如月、上に目が有る。あれはなんだ?」
さっきから視線が気になるが人の気配がない。塀の上で無数にあちらこちらを向いている黒い筒のようなものが気になった。わしが前を向いたまま質問すると如月はちらりとソレを見て靴ひもを結ぶふりをして隣でしゃがむとわしに教えてくれた。
「あれは監視カメラって言って中の人間が機械を使ってこっちを伺ってるんだよ。」
「ふうん。」
では、わしの姿は向こうには見えているということか。
「如月、わしに合わせれるか?」
小声で言うと如月は不思議そうな顔をしたが次の瞬間少しだけ口の端をあげた。
「カオリの為ならなんだってするさ。」
そうだな、如月。わしもそのつもりだ。
*****
昼間はあれで退散したがもちろん帰るつもりはなかった。
如月はすぐに近くの宿をとった。忍び込むとしたら夜の方が良い。帰ったと見せかけて琥珀を鼠にして侵入させた。情報を持って帰ってくるのを待つ。カオは必ずあそこに居る。如月もわしと同様の意見だった。
こ気味良い音が鳴って如月が携帯電話を取った。
「ああ、メグ。……うん。多分間違いないよ。サトリもそう言ってるんだろ?……うん。で、なんかわかった?」
半時ほど話して通話を終えた如月は眉間にしわを寄せてわしに向き合った。
「良くない話か?」
「ああ。」
如月は宿で寝床が二つある部屋を取った。「ツイン」という部屋らしい。お互い寝床の上に座り顔を見合わせた。狭い部屋では座るだけでも膝同士が触れそうだ。
「柴山家には暴力団の男が出入りしている。ここら辺りはみんな柴山の息がかかっていて柴山はまるで城主みたいに力をふるっているらしいよ。きっと僕たちがここに泊まったのもお見通しだろうね。」
「暴力団……とは。」
「悪いことを生業としている奴ら。特に薬を扱ってるって話だよ。麻薬。最近じゃあ行方不明のお手伝いの子の親が柴山を訴えてたらしいけど。なんか、ヤバイよね。」
カオに使われていたら……。そう言いたかったのだろう。如月が押し黙る気持ちが良くわかる。居てもたってもいられないが何とかしてカオを救出しなくてはならない。今は情報収集が先だ。ふうと深く息を吐くとコトリと扉から音が聞こえた。
「翡翠様……。」
「琥珀!」
扉を少し開けて琥珀を招き入れると琥珀は元の姿に戻った。少しは慣れたのか、のけぞりながら如月が琥珀を見つめる。狭いので恐縮した琥珀を座るように指図したが……琥珀は悩んで如月の隣に座った。酷く沈んだ寝床に並んで座る如月が琥珀に寄り添うような形になったが瞬間、如月が飛び跳ねて寝床の端へと移動した。
「カオは居たか?」
「屋敷はこまなく探しましたがカオリ殿は見受けられませんでした。しかし、どうやら地下にも施設が有るらしく、厳重に見張りまでついておりました。」
「人が居るのなら誰かが接触の為に動くやも知れぬ。続いて見張ってくれるか?」
「承知。……あの、翡翠様。」
「なんだ?」
「その、翡翠様とカオリ殿は……。」
「カオはわしの想い人だ。琥珀。結婚の約束もした。」
「そそそそそそそそ、それは!!???」
驚いた琥珀が立ち上がるとまたもや寝床が大きく揺れて如月が窓の方に倒れた。すばやく受け身を取って起き上がった如月が声を荒げた。
「ちょっと!約束ってカオリはヒスイくんのこと子供だと思ってるんだよ!そんなのズルいだろ!」
「わしにはカオしかおらん。」
「俺だってカオリしかいないっての!知ってるんだぜ?サトリとその姿のままだったら諦めるって約束したこと!それに、カ、カオリと一緒に風呂入ったのも!バレたら、カオリが、どう思うかな~!?」
「誠心誠意で尽くすつもりだが?」
「……。」
「……。」
「……まあ、今はカオを助けるのが先だ。」
「そうだな。」
睨み合うわしと如月を琥珀が目を丸くして見ていた。
「……もしやお二人は男色好みで……。」
「「馬鹿」者!」
酷く気落ちした琥珀の声が部屋に響き、わしと如月の声が重なった。
*****
「では、屋敷内の動向を監視してくれ。二時ほど経ったら連絡を入ろ。」
「承知。……翡翠様、もう一つお伝えしたいことが。あの屋敷には……。」
「屋敷には?」
「……私の気のせいかもしれませんが、気配が。」
「気配と?」
「……龍の気配がいたしました。」
「……。」
「では。」
そう言うとまた鼠に姿を変えた琥珀は扉の向こうに消えて行った。その姿を見届けて扉を閉めたわしに如月が声をかける。
「ねえ、ヒスイくん、龍って何?」
「さあ、わからぬ。わしの世界では天の国に住む神と呼ばれるものだ。その気配がしたと、琥珀は言った。こちらの世界でも龍はいるのか?」
「居るっていうか、居ないっていうか……。空想の世界のものかな。見た人なんていない。でも、居ないとは言い切れない。ヒスイくんの世界で神様だったら、こっちでも龍神って呼ばれる神様は奉られているよ。」
「ふむ。」
そこで、今度はけたたましく部屋の電話から音が鳴った。応対した如月がわしの方を見てニヤリとする。
「ヒスイくんの撒いた餌に柴山が食いついたみたいだよ?今から来いってさ。」
「そうか。では琥珀を呼び戻さなければな。」
「うん。そうだね。癪だけど今回はいい役を琥珀に譲ってあげるよ。」
「そうだな。」
少し噴出して如月と目を合わせる。目的は一つ。如月もわしも大切な人を助け出す。
必ず。
カオ、無事でいてくれ。
わしを強く想ってくれ。
そうすればわしはカオの元に飛んで行ける。
……幼子の姿がこれほど恨めしいと思ったことは無い。わしの能力を知っていれば助けに来いとわしに念じるのは容易い。前回「門」が現れたのはカオがわしに会いたいと強く思ってくれたからだ。互いの「念」が通じなければ「門」は開かない。カオが窮地に幼子に助けて欲しいなんて考える訳がない……。
******
琥珀を呼び戻し、簡単な内部の地図を描かせた。情報を頭に叩き込んで敵陣に乗り込む。
「え、ちょっと。もしかしてヒスイくんは鬼丸が書いた地図をもう覚えちゃったの!?」
「翡翠様には造作もないこと。書いた方はお主が持てばよい。」
「琥珀、お前の想像する兄上は背が高すぎる。」
「そうですか!?では、訂正を。」
水の圀を離れて半年ほど。記憶が揺らぐのか琥珀の想像する兄上は父上の方に良く似ていた。琥珀は二人を尊敬しているのでなんとなく想像が融合してしてしまうのであろう。まあ、わしの父親に見えればよいから父上の若いころのようであれば都合が良い。
「じゃあ、行くとしますか。」
「うむ。」
如月を先頭にわしは琥珀と手をつないで部屋をでる。
どこかで誰かがこちらの動向を見張っているに違いない。
カオ、今、そちらへ行くからな。
******
「カオリさんを探しに来たとか。」
大広間に通されたわしと如月と琥珀は両手にごっそりと宝石を付けたこの家の当主と対面した。
「私は柴山の当主ヒサノ。あなた方、名は?」
「私は如月幸太郎。こちらの親子で山田太郎さんと……ヒスイさんです。」
「……。どうしてあなた方がカオリさんを探しているかお聞かせ頂きたい。カオリさんは私どもにとって大切な親戚です。事情を聴かずにはいられません。事によってはご協力させてもらいます。」
「まるでカオリさんがこちらでお世話になっているようなものいいですね?まあ、良いでしょう。こちらの山田さんは六年前、カオリさんの恋人だった人です。彼は六年間海外に居たので知らずにいたんです。自分の子供が存在していることに。最近になって帰国して知ったそうですよ?当時の恋人、カオリさんに子供がいることを。」
如月の口からはさらさらと大嘘が紡ぎだされていった。口八丁とはこのことかと感心する。「カオリさんの子供」というところで当主がわしを射抜くように見つめた。ギュッと拳を握ったようにも思える。わしと琥珀を見て親子かどうか見分しているのだろう。
「ヒスイさんは施設に預けられていたんです。でも、母親恋しさからカオリさんに会いに来てしまったと私は聞いています。カオリさんも最近では引き取るつもりで可愛がっていました。どうでしょう?この二人の為にもカオリさんの情報がおありなら教えていただけませんか?」
「一つ確かめておいて居たいのですが、その子は間違いなくカオリさんが産んだ子なのですか。」
「ええ。出産はフランスでひっそりと。当時の事お調べになるのでしたらご自由に。」
「女の子……。」
「ええ。女の子です。」
如月は挑戦的にそう言った。その言葉と同時に監視カメラの前でやったようにわしは下を向いて鼻をすする真似をした。涙は出ないので手を目にやって手のひらに書いた「水」という文字から水を僅かにたらした。
「お……おか……おかあさん……。」
下を向くとぽたぽたと水のしずくがサトリの用意してくれた衣装に落ちた。下に履物を履いているが上から着ている服はひらひらしている。より一層女子に見えるように髪も結わえてもらった。そのわしが言った言葉が当主にどう響いたかはその取り巻く雰囲気ですぐわかった。
「私どもの知っている情報をあなた方に教えましょう。しかし……今日はもう遅い。こちらで泊まられてはどうか。」
「ご迷惑でしょう?もうホテルは取っていますので。」
如月が飄々と断る。本当に断るつもりは毛頭ない。如月は相手の出方を伺っているのだ。丁寧だが威圧的に話す相手に如月が怯むことはなかった。
「いえ、こちらからホテルの方はキャンセルいたします。是非、我が家でお休みください。」
そう言うとそばに控えていた者に合図をして有無を言わさずわしたちを別の部屋へと案内させた。大きな男3人に囲まれては逃げようもないだろう。
タヌキめ……
わしにしか聞こえない小さな声で如月はつぶやくとわしを見てニヤリと笑った。
ヒスイが着ているのはチュニックとスパッツです。ちなみに髪型はお下げです。