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逆転トリップ!  作者: ちくわ犬
一章
17/26

狂気の男

「そうだな。今からでも構わないんだぜ。」


ニヤリと高瀬という男は私を見た。その視線は私の女を目踏みしているようだ。いかんせん生まれてこの方そっちの方面で誘われたことなどないが。


「断る。」


私は即答したが高瀬はそんな私の言葉など聞いていないようだった。


「……まあ、あんたが無事にアレから情報を聞き出せるかはっきりしないと抱く意味もない。」


「……。」


「しっかり仕事が出来れば……うんと可愛がってやるぜ。」


高瀬はキタヲにメモを渡しなおすと一つしかないドアの向こうに消えていく。ドアの向こうにも何枚か扉があるらしく、ガチャン、ガチャンと鍵のかかる音が響いた。私に勝機があるとすれば奴が私を見くびっていることぐらいだ。しかし、此処は逃げられる場所ではない。下手したら……廃人か殺されてもおかしくないだろう。それほどまでにあの男は危険だ。何とかしてここから出る糸口がないだろうか。




****



私の気持ちが焦ろうと時間はただ過ぎていく。


「キタ……赤井。そろそろ時間だが。」


「……。いいか、アレが出てきたらこう言うんだ。『お教え願いたい。さすれば約束も守ろう』とな。紙に書いてあるものを後は読み上げればいいんだ。」


「約束とはなんだ。祠の主はここを出たがっているが。」


「そんなの、聞かされてねーよ。あんたは俺たちの言う通りにすればいいんだよ。」


「キ……赤井という名ということは柴山の親戚筋ではないのか?」


「ちっ。俺は璃音の異父兄弟なんだよ。どうでもいいだろ?」


「それでは私の従姉弟いとこになるのか。」


「知らねーよ。もう時間だ。」


キタヲは私との会話を極力避けている。裏を返せば私と馴染みたくないのだろう。馴染めばそれなりに私に対しての非道な行いも見るに堪えなくなるに違いない。祠の主が現れる時間になったのでキタヲはメモを私に渡すと自分は隣の部屋へと逃げ込んだ。女の方にこの力が遺伝するということだが、キタヲも柴山一族の一員ならこの祠の主に人一倍恐怖を抱いているに違いない。それほど祠の主は只者ではないのだ。


途端、部屋に冷気が漂ってきた。


今、この主の声が聞こえるのが私だけなのならこの主に何か聞き出せないだろうか。

恐怖よりも確かな決心が私の背中を押した。ずるりずるりとまた何かが擦れる音がすると昨日見た赤い瞳が格子の向こう側に現れてきた。



……約束……


……愛し子に……


……ここから……だして……



昨日と同じようなセリフが繰り返される。私は全身に鳥肌が立つのを感じながらその声を頭の中に入れた。話し方を考えるとどうやら主は女の人の様に思えた。


「愛し子とは?」


……私の……子供……


「貴方は子供に会いたいのか?」


……それが、約束……


「ここから出れば貴方は子供に会えるのか?」


……わからぬ……


……しかし約束は果たされていない……


……この祠の封印された岩を退けなければ私は出れない……


「貴方をここから出せば私も出して貰えるか?」


……昔そう言った人間がいた……


……だが、もう一度戻ってくることは無かった……


「もしや、その人の名前は……。」


「なにをしてるんだ!!」


私がバア様の名前を出そうとした時、キタヲの金切り声が聞こえた。どうやら隣の部屋で聞き耳を立てていたらしい。何をって


「話を。」


「お、お前は、お、俺たちの言う通りにしていればいいんだ!ど、どうなっても知らないぞ!高瀬さんを怒らしたらお前もお前の妹の家族も皆、皆!!!!お前の両親みたいに!」


「え…!?」


「あ……。」


キタヲが慌てて口を押さえるがもう、遅い。


「……私の両親が何て?まさか……。」


「……。」


「事故じゃなかったのか?」


「……。」


「答えろ、キタヲ。高瀬が両親を?」


怒りに背筋がゾクゾクと震えた。あの日、「行ってきます」と笑って出かけて行った両親。突然熱を出したサトの看病に残った私。ついて行ったら私たちは……死んでいた。


「答えろ。」


私の声にキタヲが震える。目を逸らすこともこともできないキタヲの姿が揺れる。なんてことはない、泣いているのだ、私が。もう祠の中の存在の為に体が強張っているのか自分の中から湧き出る感情でそうなっているのかわからない。ただ体の奥が震える。


泣きじゃくるサトを抱えてぼんやりと音の響く斎場で両親が灰になっていくのを待った。サトの頭を撫ぜていないとサトまで失ってしまいそうな不安に襲われた。遅れてきたジイ様に抱きしめられたとき初めてワンワンと泣き出した私をサトはポカンと見ていた。


母は「行ってきます」と言ったのだ。行って帰ってきますと。

元々身寄りのなかった父と母は職場結婚だったらしい。役場で係長だった父と専業主婦になった母。父は口数は少なかったが温厚で優しかった。母は反対におしゃべりで楽しい人だった。いつも母に押され気味の父もここぞという時にはしっかり家族を引っ張って行ってくれていた。


どこにでもある幸せな家庭。


それが当たり前だった。


あの雨の日までは。


突然鳴った不吉な電話。


その日は家族で母の知り合いが開いたという山の上の喫茶店にお祝いを兼ねて行くことになっていた。簡単なパーティも有って招待状も貰っていたが朝から皆で用意していたら突然サトが朝食を全部吐いてしまった。幸い熱はたいしたこと無かったがそんな体のサトを連れて行けるわけもないので困った両親が私に留守番を頼んだんだ。


昼過ぎには帰ってくると言った両親は自家用車に乗って雨の中に消えて行った。


そしてそのまま……二度と帰ってこなかった。


あの日の絶望感が甦る。体が震えて考えがまとまらない。


雨でスリップしてガードレールを突き破って車が落ちていたと後から聞いた。

安全運転だった父にしてはスピードを出していたと……。


あれが事故でなくて意図的な殺人であったのなら……


高瀬を……柴山を私が許せるとは到底思えない。



*****



怒りに震える私と恐怖にブルブルと震えるキタヲ。


いつの間にか時間が過ぎていたらしく、祠の主との面会時間が終わってしまっていた。

あれからキタヲも何も言わない。


きっともうすぐ高瀬が確認にここへ訪れる。そう思った私の予想通りにガチャリと鍵の開く音がした。




「なんだ?俺が来るのを心待ちにしていたようだな?」




甘く、高瀬が私を見て笑うが目が笑っていない。




「お前は私の両親を殺したのか?」


真っ直ぐ高瀬を見ていた私が静かにそう告げると高瀬の右眉が上がった。


「……赤井がしゃべったのか?」


「た、高瀬さん!そ、それは!…グハッ!……」


高瀬が赤井を一瞥すると同時に腹を蹴り上げた。


「ったく、役に立たねえなぁ。このお坊ちゃんが!」


壁際に転がったキタヲを高瀬は容赦なく何度も蹴り上げる。許しを請うように怯えて見つめるキタヲを楽しむように高瀬が痛めつける。これが高瀬の本性なのだ。高瀬の足が上がる度にキタヲの体が宙に浮いて壁に打ち付けられた。


「やめろ!」


ゲホゲホと咳き込むキタヲを見て思わずそう声をあげると面白そうにキタヲの片腕を踏みつけながら高瀬は私の方を見た。


「……あんた、お人好しだな。こいつだって柴山の関係者だぜ?俺にお前さんの両親……いや、ほんとは家族全員を殺すように依頼したのは柴山だっていうのに。」


「何の為に……。」


「何のためだぁ?……金の為に決まってるだろ?柴山の現当主ヒサノはお前たち家族に柴山の家を乗っ取られるのが怖かったんだよ。自分の力が弱いって分かってたからな。おまけに一人娘は能無しだ。」


「……。」


「璃音に能力が無いと分かるとお前たち家族が疎ましかったんだよ。5人ほど男を選んで子供を作ってもやっとできた女は璃音ただ一人だ。あの時はまだ柴山は婆様が仕切っててお前たちの母親に家に入るよう裏で動いてたからな。その場しのぎは上手く行ったんだ。婆様を薬漬けにして言うこと聞かせてヒサノが柴山の実権を握る…。けど、婆様が死んだ今、誰もアレの声がきけねぇ。あの時は全員殺せなくてしくじったと思ったもんだ。でも……生かして良かったぜ。でなけりゃアレが居たって金は産まない。」


淡々と話しながら高瀬がキタヲの腕に乗せていた足に力を入れた。


「ぎゃあああああああ!!」


ボキリと嫌な音がすると同時にキタヲが叫び声をあげる。


「やめろ!」


「ははっ……あんたは自分の心配をしてろよ?大人しく言うこと聞いてりゃいいんだよ。痛いのは嫌だろう?それとも激しく犯されるのが趣味か?それなら俺も得意だぜ?」


高瀬の言葉に握った拳が汗をかく。悪魔のような男が私を見下していた。


「おっと。あんたが武道の有段者でも俺もそれなりに鍛えてるんでね。セミプロだぜ?これでも。」


高瀬がおどけながらも繰り出したパンチ……ボクシングか……。


「まあ、俺も子供を産ませるならあんな婆さんよりあんたの方がいい。若いだけなら璃音で十分だしな。」


パチン!


私の顔に手を伸ばした高瀬の手を払い、高瀬を睨みつける。床に転がっているキタヲは腕をかばいながら呻いていた。


「おお、怖い。この状況で威勢が良いねえ。あんたが俺に服従した時のことを考えるとゾクゾクするぜぇ?」


「お前に服従する気はない。」


「み~んな、最初はそういうのさ。でもな、一度味を知っちまうと逆らえなくなる。」


「な…なにを。」


「柴山の婆さんだって初めは抵抗していたぜ。ああ、でもあんたには子供を産んでもらわないとなぁ。」


妖しく笑いながら高瀬が私との距離を詰めてくる。


後ろ脚を引きながら私は高瀬の動きに構えを取った。



カオちゃんピンチ……。

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