闇を操る一族
お待たせしました。先に話を進めるか悩んで先に進めることにしました。
今回ちょっと長いです(汗)
目覚めたのは井草の匂いがする畳部屋の布団の上だった。
少々頭は痛むが意識ははっきりしている。どうやら柴山の手の者にどこかへ連れて来られてきたようだ。こめかみを押さえながらそろそろと起き上がると部屋の全貌が見えた。置かれている調度品は高級なもので漆塗りの座敷机に飾り棚にも美しい細工が施されていた。どこかの豪商の姫の部屋のようにも見えるが部屋の中央には壁掛けタイプの最新の液晶テレビが置かれていた。
……しかしなんだろう。この重々しいこの部屋の空気は。
ああ、サトはどうしただろう。一緒に連れられてきたのだろうか。私は気軽な独り身だが、あの子は違う。私と同じように連れてこられたりしたら困る。
ふらふらしたが立ち上がって部屋を見る。部屋はテレビのついた中央の部屋と左右に一部屋づつ襖で遮られるようだが襖は開いている。ドアは3つ。一つはお手洗いでもう一つはバスルームになっていた。外につながっていると思える最後の扉には予想通り鍵がかかっている。
私を閉じ込めて何をしようというのだろう。
そう思いながら左の部屋に入ると背後に気配を感じた。
ドクン……
全身の感覚がそこに集中する。感覚がまだ鈍いのに鳥肌が立ったのがわかる。
ドクン……
開けてはいけないと頭のどこかで警鐘が鳴る。
しかし、私の手は止まらなかった。伸ばした腕で掴んだのは白いカーテン。窓かとばかり思っていた先に有ったのは冷たい岩が露出したところに嵌めてある重々しい木でできた古い格子……。
それはまるで牢獄だった。
*****
「どんな女かと来てみれば、随分 薹がたった女だな。」
目覚めてから数分経ってふらりと現れた若い男が私の批評をする。長い前髪が5分分けされて、その間から切れ長の目が蔑みながらこちらを伺っている。黄色と黒のチャンチャンコが似合いそうだ。
「初対面の年上の者に対する態度ではないな。私は好きでここにいるわけではない。すぐに帰してもらおうか。」
「生憎それは出来ないな。俺だって嫌だが今日からあんたの世話をしなくちゃならない。」
「……。何が目的かわからぬが、妹をどうした?サトは無事なのか?」
「ああ。必要なのはあんただけだから。あんたしか連れてきてないぜ。」
その言葉で心底ほっとした。が、某漫画の主人公のような髪型の男が私の世話…というのはなんだ。
「世話はいらぬ。すぐ帰らせてもらうからな。」
「はっ!ここは核シェルターみたいなところなんだぜ?あんたは監禁されてるんだ。外からじゃないとここは開かない。」
「すると?」
「そうだよ。俺も閉じ込められてんだよ。」
「では、質問を変えよう。あのカーテンの向こう側にある物はなんだ?」
「……。時間になれば分かる。」
「あれのせいで私は連れてこられたのか?」
「ふん。おばあ様さえ亡くならければこんなことにならなかったんだ。」
イライラとした様子で男が答える。
「おばあ様とは、柴山家当主のことか。いつ亡くなったんだ?」
「うるさいよ、あんたは黙ってアレの相手をしてりゃあいいんだ。」
「あれ……とは……。」
ちらりと男は白いカーテンを見ていた。男はここに来るとまず初めに白いカーテンを丁寧に重ねて閉じた。間違いなくあそこには何かいる。目の前の男も怯えている何かが。それ以上は男は何も言わなかった。結局名前も教えないので勝手に「キタヲ」と心の中で呼ぶことにした。
******
数時間経ったときカーテンの向こう側からズルズルと何かが摩れる不気味な音がし始めた。
それまでテレビを見て過ごしていたキタヲが両手で頭を抱えて震えている。やがてドシンと木格子にぶつかる鈍い音が繰り返された。
その度に部屋が揺れる。
何度目かの音で部屋の電気は全部ショートしたのか真っ暗になった。
目が慣れてくると暗い部屋の中に薄く白いカーテンが浮かび上がる。カーテンレールがカタカタと揺れていた。
「ひぃい。」
キタヲは震えたまま動かない。 何かが……居る。
……に………せて………
ここから……だし……て……
だせ…… だ………せ………
「おい、キタヲ。何かが出せと言っているぞ!」
話しかけるがキタヲは恐怖のせいでまったく聞こえていないようだ。
「いやだ……なんで俺が……なんで……。ひぃいい。」
背筋が凍るような声が続く。「ここからだせ」と繰り返しているようだ。
心臓が鷲掴みにされたように苦しい。息が辛い。なんだ……これは……。
震える両手で白いカーテンを掴む。
ここだ。
ここに 何かが いる。
「あ、開けるな!」
後ろでキタヲの悲鳴のような声が聞こえた。しかし、それは聞いてはやれん。私には知る権利がある。
勢いでカーテンを思い切り引っ張った。
カーテンがレールを滑っていく。
威圧感に押されながら私は両腕を抱きしめながら格子の向こうを見つめた。
そこにはぼんやりと白く浮かぶ何かが居て、
その血のような赤い目が私を射抜くように見えた。
私に気づくとぼんやりと白い霧のような物体は私にめがけて凄い勢いでやってくる。私の体は金縛りに有って動けない。この霧のような物体は幼少のころから私は見ることが多い……霊体だ。どうやらこの格子からは出られないようで向こう側で私のことを窺っているように思えた。
私は小さいころからこの力が怖くて怖くて仕方がなかった。母は私に似たのだとよく嘆いていた。それもあって親戚が私たちを毛嫌いしたのかもしれない。ジイ様に受け入れられて「合気道」に出会い、私は自分を保つことを学んだのだ。
………に……
……ど……こ?
やくそくは……
意思をはっきりと伝えてくるような強い力の霊体に有ったのは初めてだ。何かを、探しているようにも思える。約束とは、なんだろう。考えることは出来ても動けない。霊体は何かを追い求めるようにぐるぐると格子の中を回リ始めた。
ボーン ボーン ボーン
その時、三回掛け時計が鳴る音がした。急に霊体は格子の奥へ消えていく。
と、同時に金縛りが解けた。
「かはっ。ゲェホ、ゲェホ。」
後ろにいたキタヲが息を吸い込んでいる。
「カーテンを勝手に開けんじゃねえよ!」
「しかし、私は何の説明も受けてはいない。怒られる筋合もないと思うが。」
「くそっ!ごちゃごちゃ言いやがって!」
「今のはなんだ?あそこに閉じ込めているのか?」
「……ふん。やはり、聞こえるんだな。あの声が。」
「どういうことだ?」
「柴山には長女により濃く受け継がれる能力があるんだよ。おばあ様は辛うじてあの声が聞こえていたが、その娘や孫は聞こえない。つまり、おばあ様が死んだらアレの相手する奴がいなくなる。元々はお前の祖母が逃げ出したからこんなことになったんだ。ちゃんと相手さえすればお前だって贅沢し尽せる。悪い話じゃない。」
「……。」
「不満そうだな。……だが、お前に俺の子を産ませるって手もあるんだぜ?もちろん娘だ。」
話しの全貌は見えないが、どうやら私の貞操の危機らしい。簡単には組み敷かれたりしないが、薬を使われると厄介だ。
「相手をすれば贅沢できるということは柴山はそれで潤っているということなのか?」
「正解。アレは金の生る木だ。」
少し落ち着いたのかキタヲはそう言い捨ててまたテレビをつけた。お笑い番組を見て何とか気を紛らわせようとしているキタヲが私をどうこうするとは思えなかった。キタヲはせいぜい二十歳ほどに見えるし、はっきり言ってお子様だ。女の血統だけを重視するなら一族の息のかかるものなら誰でもいいはず。と、するとただの見張り役に過ぎないのではないだろうか。
柴山の家では「何か」を閉じ込めている。その声を聞けるものが女の直系の第一子。
その声を聞いて……。
何をするというのだろうか。
きっとバア様はそれが嫌だったに違いない。そして、ジイ様と駆け落ちした。ジイ様ならそうしてくれると思ったからだ。そんなバア様が嫌がったことを私がやれるとは思わない。変わり者だったが芯の通った懐の深いジイ様がそうしたのだ。
ふと、ヒスイはどうしているのかと頭によぎる。
何かあればサトが面倒を見てくれるだろう。
だが、きっと不安でいっぱいだ。せっかく随分打ち解けてきたというのに。
私が「捨てた」と思ったりしていないだろうか。賢いとはいえまだ小さい。心の傷は十分に癒されていないはずだ。
抱きしめてやりたいな。
ああ。愛しいとはこういうことなんだろうか。
なんとなくヒスイのことを考えると心が落ち着いた。
早く門田に帰ってヒスイを抱っこしてやろう。
私を必要としてくれるあの温もりが恋しい。
それにはキタヲから色々と聞きださねばならない。
*****
朝、なのか時間の感覚がない部屋でキタヲが食事を運んできた。食事は専用のエレベーターで下されるようだ。あんなことは言っていたがキタヲはソファで寝ていた。持久戦になる恐れもあるなら私も睡眠と食事はしっかりととらなくてはならない。但し、また薬を使われるのは困るので私はキタヲが口をつけた食事を奪って食べることにした。
「ふん、何にも入いっちゃいね~よ!俺を毒見役にしやがって……。」
「今度はそちらを寄越して貰おう。」
「……なんだよ。まったく。」
文句を言う割には素直に食事を毒見してから手渡すキタヲ。性根が悪いわけではなさそうだ。
それとなくキタヲに話を聞き出そうとするが、口止めされているのか何も話さなかった。私の産む娘が欲しいとするとその父親になる男は次期柴山の当主の父親という位置が約束される。……キタヲはそんな野望を持ってここにいるとは思えない。だったらきっとただの監視に過ぎないのだ。今のうちに逃げることが出来ればいいのだが。
そんな事を考えたところでここから出れる術はない。焦る私の前に一人の男が現れた。
「高瀬さん!どうしてここに?」
キタヲが私には絶対に見せない態度で「高瀬」と呼ぶ男に駆け寄って行った。
「なあに、そこの御嬢さんに頼みごとが有ってね。」
高瀬という男はがっしりとした40代前半に見える男だ。色が黒く彫りが深い。たれ目が優しい印象に見えるが一癖あるのはアリアリとしている。高瀬は私に何か書かれた表を渡す。
「これは?」
「祠の神様に聞いてほしいリストだ。」
「ほこら?牢獄の間違いではないのか?かみさまって?」
「赤井が説明しなかったか。あそこの……檻に入ってる神様。声は聞けるんだろう?赤井から聞いている。」
「仮に神様と呼ぶとして神をあのようなところに閉じ込めて何をしているのだ。」
「あんたは大人しく俺の言うことを聞いていればいい。聞けないなら方法を考えるがな。」
ダメだ。この男は危険だ。己の欲望に忠実で人の命を命と思わない。男が渡してきた紙には証券会社の名前と銘柄らしきものが数十件書かれていた。なるほど「神」は先見の力があるらしい。
「上がるかどうか聞くわけか。」
「察しの良い女は嫌いじゃないぜ。ついでにあんたには俺の子を産んでいただきたい。」
「……。」
静かに男を見据えた。高瀬は挑戦的に私を眺めていた。何を答えたところで私の運命を握っているとその眼が言っている。
私の額から一粒の汗が流れ落ちてきた。




