サトリの受難
今回はあまり話が進んでおりません(汗)
ヒスイは一人で門田の家まで帰ってきた。
池のところでこっそり泣いていたカオちゃんはそれはそれは大事そうにヒスイを家の中に招き入れた。
ヒスイの顔は殴られて腫れていた。さらに明るい家の中で見ると手の甲にもタバコの火で焼かれたとわかる傷が生々しくあった。カオちゃんはヒスイを膝に抱えたまま大事そうに黙って軟膏を刷り込んだ。
「あの夫婦……。やはり鬼丸を持っていけばよかった……。」
ヒスイに顔を背けて言うカオちゃんは正直恐ろしかった。私も頭にはきていたけれど、早く見つかって良かったという気持ちのほうが大きい。とにかくヒスイにご飯を食べさせて寝かしつけたカオちゃんにやっと笑顔が出てほっとした。あのまま見つからなかったら……考えただけでも恐ろしい。この件でヒスイの存在がどんなに大きくなっていたかカオちゃんも私も痛いほどわかった。明人さんも了解してくれたしヒスイはうちで引き取ってカオちゃん家で育てよう。
そう心に決めてヒスイを大事に抱えるカオちゃんを見つめた。
……これで一件落着。
その時は目頭に涙さえ浮んだんだけど。
明人さんと一緒にヒスイがうちの子になると説明した翌日、私はヒスイから爆弾投下されてしまった。
*****
その日、ヒロとミチを幼稚園に送って門田に向い、ベビーカーで寝てしまったトモを布団に寝かせると一息ついていた。いつもならドリルなんかで勝手に勉強しているヒスイが私に声をかけてきた。
「サトリ殿。話がある。」
ま~「おかあさん」とは呼べないにしても「殿」ってどうよ?と苦笑して促されるまま仏壇の前に正座させられた。いや、だって幼児にちゃんと正座してもらってて私が崩して座るわけには……。真剣な面持ちなヒスイが言った。
「信じてもらえなかったのをいいことに自分の都合のいいように黙っていた。心からお詫びする。しかし、騙すつもりはなかったのだ。もう一度言うが、わしは水の國の第二王子で翡翠という。ここではない世界からやってきた異世界人である。本当の歳は24。今はなぜか幼子の姿になっているがこの姿は本来の姿ではない。」
すらすらとヒスイの幼い口から難しい言葉がでる。私の口はおそらくポカ~ンと空いている。ドコゾの児童演劇団員でもこんなにスラスラ言えるだろうか。
「……。」
「このまま世話になってはカオに迷惑がかかると思い、養子の話を受けた。だが先方は幼子を酷い目に合わせて絵に収め、金を稼ぐ輩だったので隙を見て逃げた。正面玄関には内側からも鍵がかけられ、大きな窓には柵が取り付けられてあった。二階には3部屋あり、夫婦の衣裳部屋の箪笥の奥には沢山の幼子の酷い絵があった。わしは裸にされそうになって頬を打たれた上に手の甲を焼かれたが、お陰で隙ができた夫婦から逃げ、2階の柵のない北東の窓から生垣めがけて飛んだのだ。」
……だれか、今言葉を発した人物が天才児だと言ってくれ。飽和状態の頭で私の口から捻り出たのは
「……で、つまりヒスイは異世界からやってきて本当は24歳だと。」
という言葉だけ……。
確認するとヒスイはうれしそうに頷いた。私の頭には数々のヒスイの行いが巡りだす。
「はあ。マジですか。思えば出会った時もそんなことを言っていたような。いやいや、でも…知り合った頃だと信じられないけど、今は…。はああ。」
ブツブツと独り言のように口に出してみる。確かに、大人びていた。行動だってなんだって。昨日だって事件があったばかりでショックも強いだろうからうちの養子にする話は後にしようかと思ってた。でも、明人さんは今朝から一週間出張だったし、試しに「カオちゃんと離れてうちに来るのは無理かな?」とヒスイに尋ねてみたら「問題ない」って答えたもんね。カオちゃんの方が不安がってたくらいだもん。
「信じてくれるか?」
縋るような目で見られても……
信じるも何も、あんた中身は大人だったんかい!?
ってツっコんでみたいものの、確かに最初に何度も言ってたのを聞き流したのは私……。いやいや、聞き入れないどころか作り話だとカオちゃんに説明して見せていた……自信満々に。
「これではどうだろうか。」
ヒスイは目の前に半紙を出してくる。その指で半紙をなぞる……。
「ええ!?」
「水」と恐らく書いたのだろう、文字をたどってから水溜りが半紙を濡らした。
「わしの世界ではこんな力が使える。」
ああ、頭の中が整頓できない。完全に許容範囲オーバー。でも、目の前の瞳は現実逃避を許してくれそうもない。
「大人びてるっていうにはもうおかしいよね…。作り話にしては出来すぎてるし。その、変な…いや、超能力みたいのも見せてもらったし。だからって…。う~ん。」
この得体の知れない目の前の人物を拒否するべき?
でも、この数ヶ月一緒に居て危険だった事なんて一度もない。
トモが土間から落ちそうなときはいつもヒスイが助けてくれていたし、ヒロやミチが異常に懐いていたのも本当はトイレとか着替えとか色々面倒見てくれていたからだと思う。今だって本当は言わなくていいこと言ってる。性根が悪いわけじゃないいんだ。……出来れば黙っててほしかったけど。
……平たく言えば宇宙人みたいなものかな。
ああ。もう考えたくないんだけど!どうもこうもないじゃないか!カオちゃんには今ヒスイが必要だし……。はあ。この場所から消えてなくなりたい……今すぐ。
「ヒスイ。この話は秘密に出来ないかな。ヒスイの中身が成人だと色々面倒な事が……。」
「……。」
「確か、カオちゃんとお風呂も入ったよね……。」
「……。」
「一緒に寝た事も……あるよね。」
「……。」
「カオちゃんはそういう方面は駄目なの。ああ、駄目。駄目すぎる。開き直れない。落下。落下する。」
宇宙人の成人男性と風呂入って一緒に寝たなんて耐えられるか!カオちゃんは「異世界人」はスルーできるかもしれないけど「成人男性」には泡噴いて倒れるわ!ああ見えて超純情なんだから!
「落下…気落ちするということか?」
頭を抱えた私を見て心配そうにヒスイが言う。ああ。わかってるよ。ヒスイはカオちゃんが大好きだもんね!傍で見ていてもわかるくらい!ムッとしてヒスイに尋ねる。大体、なんで最初に私に話すかな!?
「あのさ、ヒスイはぶっちゃけカオちゃんどう思ってんの?元の世界に戻れたらどうするの?」
「出来れば付いてきて欲しいと思っている。その時は生涯全身全霊で守る。」
……いっちょ前にプロポーズかよ。「嫁」か!?カオちゃんをそんな目で見るか!?……まあ、中途半端なほうがムカつくかもだけど。
「で、姿もそのまま、元にも戻れない時は?」
「……そのときは。」
「そのときは?」
「……男らしく諦める。けれど出来るかぎりはこちらの世界でもカオを守りたい。」
聞いて後悔したのは私だ。目の前の「男」は本気らしい。……幼児だけど。
「……はぁ。決意は固い?」
「うむ。」
「じゃあ、尚更元の姿に戻るまでは今のままで頑張って。元の場所に帰る時にカオちゃんが付いていく付いていかないはカオちゃんが決める事だけど、今のままで帰れない場合はカオちゃんへの想いと異世界人だという秘密を抱えたまま墓に入ってちょうだい。そのくらいの覚悟を持ってカオちゃんと暮らして欲しいんだけど。」
「……わかった。」
「唯一人、ヒスイの秘密を知る者としては出来る限り協力するよ。でも、今日からは寝るのはカオちゃんとは別の部屋。カオちゃんにけしからん事をしたら追い出すからね。」
「恩人に不埒なまねはせん。が……あいわかった。」
多分そんなことは決してなさそうだけどそんな約束をヒスイにさせた。
迫ったってその体ではそうすることも出来ないだろう。カオちゃんを大切に想っているのもヒシヒシと感じるし。
はあああ。
頭がイタイ。
*****
昼食時に不安そうにこちらをチラチラみるヒスイに千切れんばかりに首を振った。私がこの胸だけに治めてやろうとしているのに平和な食卓に爆弾を投下するつもりじゃないだろうな!焼け野原になるだろうが!男なら墓場まで秘密のひとつやふたつ持っていけ!
「なんだ、親子になる人たちは随分仲が良くなったのだな。うらやましい。」
何も知らないカオちゃんがニコニコと私たちを見る。カオちゃん、私が(いろんな意味で)守ってみせるからね!
「味噌汁のおかわりはいるか?」
長年連れ添ってきた夫婦のように当たり前にヒスイがお椀を差し出す。前まではほほえましく見てとれたその光景が今は恨めしい。私の目から発せられる殺人ビームが届いたのかヒスイの目が泳ぎ出した頃、どたばたと足音が近づいてきた。
「門田カオリって人はどこ!?」
門下生の母親? こんな黄色い花柄好きの人が村にいたっけ!?
そう思って唖然としていると突然私が指差されてしまった。
「貴方ね!うちの憲太郎を誑かしてるのは!!」
「へっ!?」
3人の子持ちの私に言う?誑かすほど暇もっちゃいないわ!思いっきり眉をひそめてカオちゃんを見ると……意外にも机の下でごめんなさいと手が揺れている。なに!?カオちゃんが「憲太郎」を誑かしたの?
「マンションの鍵を返しなさい!憲太郎には弥生さんっていう立派な婚約者が居るのよ!同棲なんて!汚らわしい!!」
「同棲」なんてカオちゃんがしている訳もなく……でも、机の下の手は激しく揺れて居る……。な、何も言わない方がいいみたい。
「早く!出しなさい!!」
しかし、出せといわれても無いものは出せないし。困っていると後方からまたどたばたと焦る足音が聞こえてきた。
「母さん!やめてくれ!カオリさんは関係ない!」
そういう人物を見つめる……。
私の中で腹黒男でもなく、幼児姿宇宙人でもないカオちゃんの結婚相手ナンバーワン候補……
蔵田弁護士の登場だった。