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逆転トリップ!  作者: ちくわ犬
一章
1/26

家族は減りそして増える1

1話づつでお話がまとまるようにして、のんびりほのぼの更新していきたいと思います。気長におつきあい下さい。


ジイ様が亡くなった。

変わり者だと言われていたが親せきの中で唯一私たちを引き取り、愛してくれたかけがえのない存在だった。

私と妹は私が8歳、妹が5歳のときに両親を亡くし、その後この家で育てられた。閉鎖的な感じすらするこのド田舎の村で。

 今時珍しい(古すぎる)日本家屋はもちろん平屋でトイレも公衆トイレのように庭の角に独立してある。草抜き選手権なるものがあれば、姉妹で入賞は果たしているくらい手入れさせられた庭をみながら私と妹は縁側に並んで座った。


「死んじゃったね。」


視線の先にある椿の花を見ながらポツリと妹が言う。92歳だったのだから世間で言う大往生だろう。最近ボケてきたな~とは思っていたが、まさか朝冷たくなっていようとは予想もしていなかった。


「良い顔していた。」


少し笑ったような良い顔だった。仏様そのもののような優しい顔。あんな死に方を私もしたいと思った。3軒先の与太郎爺さんが亡くなったときは鬼瓦みたいな顔していたというし。


「サトがひまごを3人も抱かしてやったから満足したんじゃないか?」


「やしゃまごまで頑張ってくれて良かったのに。」


妹は胸に抱く幼子をあやすように揺れながら優しくその背中を撫ぜて言う。


「ヒロは5歳なんだから…あと20年ほどはいくらなんでも無理だったろう…ところでヒロとミチは?」


「また池のとこじゃない?あの子たち鯉が好きだから…。」


「…伯父さん騒いでたな。」


「お金が絡むと怖いわよね。私たちを引き取るの何のって時は知らん顔して今の今までほったらかしにしたくせに!ジイ様のお葬式の最中から遺産分けの話しばっかり!ジイ様の遺産って言ってもお葬式代出して相続税払ったらとんとんでしょ?ここの土地売ったって売れやしないわよ。弁護士さんにジイ様が遺書を残してくれといて良かったよ!愛されてるよね?私たち。ね、カオちゃん。このままここに住んでくれない?この家守ってくれないかな?」


「いいのか?ジイ様はここを売ってお金にしてサトと私で分けろと書いてたろ?」


「二人にすべてを相続する…だからいいんじゃない?明人さんもそうしたらいいって。カオちゃんが近くにいてくれたら心強いし、道場も続けられるでしょ?」


「まあ。私もその方が助かるが。」


「カオちゃんがお嫁に行くまででもいいからさ。」


「……。」


「もしかして予定あった?」


「有ると思うのか?」


「…ごめん。」


「池の方を見てくるよ。いくら毎日きてたってチビたちだけじゃ危険だからな。連れてくるから一息入れよう。」


「うん、カオちゃんお願いね。」


慌てて出してきた喪服は古く、故人のものだった。女にしては背の高い私にあつらえたような若かりしジイ様が着ていた黒いスーツ。防虫剤の臭いが鼻につく。ジイ様のために着る日が来ようとは。


…喪主という立場にぴったりだな。


少しネクタイをゆるめながら目的の場所へ急ぐ。

葬儀屋の親父には「ご長男さま…」と連発されてサトが肩を震わせていた。確かに男に見えないこともない。先ほどいた庭と反対側にある東の庭には池が有って数十匹の鯉を飼っている。決してお金持ち趣向ではなく、ジイ様が気まぐれで飼っていたのが増えたに過ぎない。鯉の色も柄もいたって単調。池だってジイ様のお手製で時々デッキブラシで掃除しないといけない。面倒だが馴れて掃除中に寄ってくる鯉はかわらしい。甥っ子たちは鯉の池でのエサやりが大好きなのだ。


「りゅうはのけん!やあ~~ッ!」


「おれ、のちゃから~!(←ちから)」


…またチャンバラごっこしているな。

現れた私を見てチビたちが嬉しそうに寄ってくる。


「おやかたさまだ!」


「おやかたしゃまら!」


だからお館様と呼ぶなと言っているのに。

録画した「戦国戦隊 キラレンジャー」という子供番組を毎日毎日飽きもせず繰り返し見ている兄弟にとって今やあの番組は言葉のバイブルだ。…相当侵されている。テレビはいかん。テレビは。


「みずのくにからのししゃがまいりました!」


「…そうか。」


否定しても面倒なだけなので取り敢えずは合わせてやる。へそを曲げると面倒なのだ。


「あちらで茶菓子でもどうかな?そなたたち。」


そういった私のところにヒロとミチが一人の子供の手を引いてきた。なんだ、いつの間に増えたのだ。


「ヒロ、友達か?」


「うん。キスイっていうんだって。」


…いうんだって。なんだその今初めて会いました的な表現は。


ヒロとミチの手に引かれている子を改めてみる。


この辺りで見かけたことの無いような子だ。切れ長の美しく大きな瞳にはこれでもかと言うほど長い睫がついている。大人びた感じがする整った顔の子だ。さらさらとした髪はふんわりとウエーブしていて肩にかかっている。


「キスイは男の子か?」


近くで祭りでもあったともとれる着物のような甚平のような変わった服を着ていた。…キラレンジャーの仮装かもしれない。右目に黒い眼帯をしている。眼帯はテレビでは左だからニヤミスだ。たしかキラレンブルーだ。服の色もぴったり。


「わしは水の國から来た第二王子の翡翠だ。ここは陸の國であるか?」


ヒロよりしっかり話すな。学芸会では主役に選ばれそうな子だ。いまからそんな整った顔では先が思いやられる。さぞかし美少年になるだろう。ちなみにヒロは「ももたろう」で立派にやる気の無い赤鬼の役をこなした。あんなに脱力した踊りを踊れる5歳児も珍しいだろう。肩を落としたサトが「写真だけでいい」と言って業者に頼むDVDの申込用紙をゴミ箱にやっていた。


「キスイじゃなくてヒスイというのか?お母さんはどうした?ここで遊んでいるのは知っているのか?」


3歳のミチほどではないがヒロもあまり呂律が回らない…というより言ってること自体が半分ほど怪しい。5歳児とは現実と空想の狭間で生きているのだ。


「まあ、いい。中でみんなでおやつにしよう。ヒロ、ミチ、ヒスイと一緒に洗面所で手を洗っておいで。」


「「はあい。」」


葬儀が終わって遺産がもらえないとわかった伯父はさっさと帰ってしまった。ジイ様は骨になって今小さな壺に詰め込まれている。斎場にいるときは「オオジイ、オオジイ(ジイ様のこと)」と大泣きしていたヒロとミチが焼かれて出てきたジイ様の骨を嬉々として骨壺に入れる様にはサトと顔を見合わせてしまった。彼らにすれば骨になったら別物らしい。おかげでジイ様はぎゅうぎゅうと蓋が浮くほど詰め込まれてしまったが。


 台所に続く畳の部屋の一角にクルクルと行灯が回っている。花と果物に埋もれて不自然な笑い顔のジイ様の写真が置いてある。写真嫌いのジイ様がヒロの学芸会に行ったときに隠し撮った写真だ。きっとあの踊りを見て苦笑いしたときの顔なのだろう。

祭壇の手前に有る机にお菓子を乗せてやる。3人いるなら分けてやった方がいいな。


「クルクルしてゆ」


小さな子供には格好のおもしろ物である行灯は葬儀社からのレンタルなのでやんわり牽制しておかないと。


「そこにあるのは触ったらダメだよ。ビリビリ怪獣がくるから。」


途端にミチが手を引っ込める。次男はビビリ王子なのだ。


「カオちゃん。お茶入れようか?」


三男トモを寝かしつけたと思われるサトがやってきた。


「あれ?一人増えてるよ?近所の子じゃないよねぇ…。」


「キスイっていうんだって。」


「ヒロ、ヒスイ。ヒスイくんだよ。あ、え~とくんでいいのかな?」


私が聞くとヒスイは頷いた。

オレンジジュースが3人の目の前に出される。


「「いただきます!」」


手と声を合わせてチビがお菓子とジュースに手を伸ばした。


「どうした、ヒスイくん。召し上がれ。」


「これは何と言うものだ?」


不思議そうにモチいり最中を見ている。


「も・な・かだよ。初めて?」


サトが答えてやるとおそるおそるヒスイがモナカに手を伸ばした。


「……うまい!」


それからはガツガツと3人は小さな皿を空にした。ヒスイはジュースも初めてだと言っておかわりした。コップも空になったところでヒスイがサトと私に向かって正座し、膝の上に拳を軽くのせながら話しをしだした。


「わしは先に話した通り、水の國からきた。陸の國に行く筈だったのだが従者ともはぐれ、どうも道を誤ってしまったようだ。すまぬがここがどこなのか教えていただけないだろうか。」


…すらすら喋るヒスイに感心しながらサトと顔を見合わせる。要するに、


「え~と、迷子になっちゃったのかな?」


サトが優しく解釈する。ここは幼児語の解読に長けるサトに任せるにかぎる。


「お名前、全部言えるかな?ここには初めてきたの?」


「真名は家族になるものにしか言わん。ここは初めてだし、なぜか今は幼子の姿になっておるが、わしは大人だ。」


「…つまり名前を言わないように言われていて知らないところに居たと。あと…キラレンブルーは次回呪いがとけて元の大きさに戻れるんだよね?」


「ドクロだいみょうがのろいをかけてちっちゃくなっちゃったんだ!。とうっ!」


サトの問いかけにヒロが得意げに答える。


それから辺りが暗くなり、夜も更けてきたがいっこうにヒスイを迎えに来るような人はいなかった。

夕飯を食べさせるとヒスイはまた「初めて食べる」を繰り返していい、貪るようにたくさん食べた。

サトが私に目配せした。なんだかいやな予感がしながら腰を上げて廊下でサトの話しを聞く。


「あの子、庭に居たんだよね?この辺の子ならこの道場はみんな知ってる。…変じゃない?」


「変?」


「大人が名前を言うなっていって知らない場所に置き去りにした…とか。」


「捨て子だってことか?」


「最後にあんな凝った格好させて機嫌とって来たとしても不思議じゃ無いよね。」


「……。」


「取り敢えず、保護してるって警察に届けよう。ジイ様が亡くなってから現れた子だもの。無下にはできないよ。」


「わかった。」


…地図が見たいと言ったヒスイをサトに見てもらってこの村に1つしかない派出所に相談をしたが

サトが言っていたことが正しいのか、子供を探しに来た人は誰もいないといわれた。仕方がないので現れたら連絡をもらえるよう頼んで帰ってきた。


「今日は泊まるよ、カオちゃん。ヒスイくんのことは後で考えよう。色々あって疲れたしさ。

さあ、お風呂はいるよ~!お母さんとはいる人~!」


「は~い」と自分で言って3男トモの手をあげる。生後6ヶ月児には他に選択はないだろう。


「おかあさんとはいる~!」


「はいゆ~!」


見事にサトの心理作戦に引っかかりサトと入ると言い出す兄弟。予想通りの展開だ。


先にあがったトモに着替えをさせているとサトがチビたちと風呂から出てきた。トモはなかなか貫禄のある面構えだ。かわいいやつめ。


「カオちゃん、お先でした~。」


ヒスイを脱衣所に連れて行き、さっさと服を脱いで隣にいるヒスイを裸にひん剥こうとした。ここまで平気でついてきたのにヒスイが真っ赤なカオをして背中を向けた。


「わ、わしは女子おなごと風呂は入らん!」


…おなごと来たか。入ると長風呂のくせにどうしてこう入るときは渋るのか…幼児は理解できん。2者選択できなかったヒスイはまだごねしろ(ごねる理由)が残っているのだろう。しかしここの風呂はジイさまの好みで子供が一人で入るには根性と技術がいる五右衛門風呂なのだ。


「この館の主は私だ!従えぬというのか?」


必殺、最近覚えたキラレンジャーネタでどうだ!

ヒスイが下を向いたまま青い顔になった。


「せめて何かで体を隠してはもらえぬか。」


…大人の女の人と風呂に入ったことが無いのだろうか。取り敢えずそれではいるというなら、この凹凸のない体も隠して進ぜよう。大判のタオルを体に巻く。よしよし。ついでに


「眼帯ももう取ろう。顔もきれいに洗わねば…。」


観念したのか素直にヒスイが眼帯を取った。


「なっ!」


思わず声を出してしまった。お遊びで付けているのだと思っていた黒い金属のような眼帯を取るとそこには刃物で切られたような傷の入ったつぶされた目があった。まぶたは閉じられ、一文字に傷が通っている。よく見れば体にも無数の傷がある。古いものから新しいものまで…


この子は…虐待を…?


目頭が熱くなる。ヒロとかわらないような子供がこんな目に…。


情けなくも溜まる涙をヒスイに気づかれないように体を洗ってやった。ヒスイは始終顔を背けていたが大人しく洗われた。風呂から出るとサトが用意したパジャマ(ヒロものだろう)を着せてやって眠らせた。……疲れたのかすぐに寝息が聞こえた。



それから


1ヶ月経ってもヒスイを探しているという者は出てこなかった。




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