第10話 殿下のお見舞い
「まぁ。まさかお見舞いに来てくださるなんて」
本当に驚いた。
殿下が来てくれるなんて思っておらず、おもてなしの用意を全くしていない事が申し訳ない。
「楽にしていてくれ、困らせようとして来たわけではないからな。思ったよりも元気そうで何よりだ。だがまだ気を抜いてはいけないよ、休める時にしっかりと休んでおくれ。あなたは大事な人なのだから」
そう言って労ってくれる。
なんてお優しいのだろう。
「カルロス様ありがとうございます。まさかローシュ様ではなくあなたが来てくださるなんて」
カルロス様の表情が僅かに動く。
「弟がすまない。まさか見舞いにも来ていないとは思っていなかったよ」
申し訳なさそうに言われるが私は気にしていない。
気にする時期はとうに越えていた、どうせ彼は来ないわ。
カルロス様の後ろにいる護衛に交じるリヴィオを見て、察せないのがおかしい。
「いいえ、良いのです。ローシュ様も大変でしょうから。でもまさかそれ以上にお忙しいカルロス様が来てくださるなんて、なんと嬉しい事でしょう」
若干の嫌味と笑顔を隠しもしない私に、カルロス様は少し戸惑ったご様子だ。
「事情は聞いているが、記憶を失くしたというのは本当なんだな。以前のあなたならば、そのような笑顔を人前で見せる事はなかったのに」
(王子妃教育で弱みを握らせないようにと表情を抑えていたものね。でも今の状況ではそれをすると不自然だもの)
「そうなのですか? すみません、以前の私というものが分からなくて」
「いや、今はそれでいい。自然体の方が気持ちも落ち着くだろうし、記憶が戻るまでは無理して振る舞うことはないさ」
労わりの言葉をくれるなんて、何てお優しいのだろう。
兄弟でこんなに違うなんて、ローシュ様ももっとカルロス様を見習って欲しいものだわ。
「もう少しで学園に行かなくてはならないし、それまでに記憶が戻ればいいのですが……不安ですわ」
行きたくはないけれど、いつまでも休むわけには行かない。それに今まで居た所に戻れば、記憶が戻るかもしれないという医師の提案もある。
「学園ではエカテリーナ嬢をしっかりと支えるよう、ローシュに話すから心配しないでくれ。二人は婚約者なのだから遠慮なく頼ってくれ」
心配しかない言葉だ。
「そうですね、いつもこうしてお手紙をくれますし、とてもお優しい方ですもの。ぜひ頼りにさせて頂きます」
言葉とは裏腹に全くこれっぽっちも期待なんてしません。
リヴィオはローシュ様のこれまでの行いを振り返っているからか、申し訳なさそうな表情で私を見、カルロス様は少しほっとしたような表情になる。
「今までのローシュはエカテリーナ嬢に甘えることが多かった。今度はローシュが君を支え、より良い絆が生まれることを期待しているよ」
(カルロス様は私とローシュ様がこれを機に仲良くなることを期待しているのね)
記憶をなくす前の私達の関係は、お世辞にも良いものとはいえなかったから、カルロス様も今度こそローシュ様が改心してくれる事を、望んでいるのだろう。
記憶はなくとも私は侯爵家の令嬢。
家柄的にはつり合いが取れるし、大きな問題がなければこのまま婚約は継続されるだろう。
というかローシュ様を助けた恩人なのだから、放り出されることはないはずだ。
(でもローシュ様が私を支えるなんて、本当にするかしら?)
ずっと人に頼って生きてきたローシュ様が、今度は自分の力で頑張らなくてはならない。
私のサポートなしで、寧ろ私のサポートもしなくてはいけないのだから、より大変になるだろう。
果たしてそのような中でローシュ様は私の為に頑張れるだろうか?




