第四話 転生者との遭遇
結論から言えば、鬼も蛇も出なかった。
巣にあった、木や草で作られた家のようなものの中には、本来いるはずのゴブリン達さえいなかった。
食料を保管するのに使っていたであろう倉庫のようなものにも、集団の統率者が使っていたであろう一回り大きな家のようなものにも、ゴブリンは一匹もいなかった。
「......お墓?」
ぼくは思わず声に出した。
代わりにあったのは墓だった。
二本の木の枝を括り付け、十字架のような形にしたものを、盛り土の上に刺している、簡素な墓だった。
そんな墓がいくつもあった。
楕円を描くように建てられたゴブリンの家のようなものの内側に、敷き詰めるようにその墓は建てられていた。
「......ゴブリンに埋葬する習性が?」
安楽島君が問う。
「あるわけない。身内の死骸を喰うような奴らだぞ。弔うこと自体あり得ない」
エルガーさんが、憎々し気に答える。
「てことは、やっぱり人が?」
粟加さんはそう言うが、人が魔物であるゴブリンのために墓を作る理由が分からない。
「掘るか」
エルガーさんがそう言った。
その提案は正直少しありがたかった。
もちろん、墓を荒らすという行為に忌避感は感じる。
でも、それ以上にこの墓の群れへの好奇心の方が勝っていた。
ただ、行為が行為だけに、二つ返事で実行する気にもなれなかった。
ぼくは他三人の様子を見た。
安楽島くんは相変わらずの笑顔でよくわからない。
粟加さんは迷っているように見える。
石鏡さんは......どこを見てるんだ?
石鏡さんの視線の先を追ったが、特に変わったところはないゴブリンの家のようなものだった。
石鏡さんはじっとその家のようなものを見つめている。
「......いいの?」
ぼくがどうしたのかと尋ねようとしたとき、石鏡さんはそう言った。
小さいわけではないが、静かな印象を受ける声だった。
大きいわけではないが、はっきりと聞こえる声だった。
「......ばれてたんだ」
そう呟きながら、一人の男が家のようなものから出てきた。
それは、さっきまで石鏡さんが見つめていたものだった。
「誰だ?」
エルガーさんがそう尋ねる。
「いや、悪意があったわけじゃないんですよ。ただ、ほら僕こんな格好だし、人様の前に出れるような状態じゃなかったんですよ」
降参、とでも言うように、頭くらいまで両手を上げながら男は言った。
その男の言葉通り、男の服装は、服装と呼ぶこともおこがましいほどにボロボロだった。
ほつれて、汚れて、ちぎれて、切れて、破けて、裂けて、雑巾にも使えないようなありさまだった。
何したらこんな風になるんだ?
それなのに男自身は、身にまとっている物と不釣り合いに小奇麗だった。
怪我一つなく、髪も乱れておらず、汚れ一つもついていない。
「私は誰だ、と訊いたんだ。巣の中はあらかた見て回ったはずだぞ、どこから現れた?」
エルガーさんはそんな男の身なりなど意に介さずそう言う。
「それはですね...」
「簡単ですよ。俺らは全員で見回ってました。一つの家を見ている間に、すでに見終えた家に入ればいい」
男が人差し指を上げ、もったいぶった様子で説明しようとしたところ、安楽島くんが代わりに言ってしまう。
男の様子を見るに、それで正解のようだ。
「言われちゃったか。残念だな、この謎で推理小説を単行本一冊分は書けると思ったのに」
「推理作家を馬鹿にしすぎですよ。むしろ四十字も使ってあげたんだから、感謝してくだいよ」
ぼくはそんな男と安楽島くんの会話を黙って聞いていたが。
「......それは...制服ですか?」
いぶかし気に粟加さんが問う。
ボロボロで分かりずらかったが、言われてみると男が来ている服は、日本でよく制服として使われていた黒いブレザーだった。
「おっ、そこに気付くってことは、やっぱりそうなのか。よかった。髪と肌の色でなんとなくそうなんだとは思ってたけど、それにしては反応が薄かったからさ」
男は嬉しそうな声でそう言って、大げさに両手を広げてみせる。
「そうと分かれば、僕らはもう仲間だ。と言う訳で、僕を人里まで送ってくれない? 同郷の仲間だろ? 助け合わないと」
男の図々しい物言いに、ぼくは呆れた視線を向ける。
ただ不思議と嫌悪感などは抱かない。
それどころか、ぼくは彼の希望を叶えてあげようとも思っている。
胡散臭い言い方に苦笑はしても、彼自身がそれほど悪人だとは感じなかった。
「運命的な出会いのところ悪いが、私も仲間に入れてもらいたいものだな。こいつらをここまで連れてきたのは私だぞ」
連れてきたって.....(以下略)。
「へー。てことはあなたは僕の恩人に当たるわけだ。あなたが彼らをここに連れて来なければ、彼らが僕を助けてくれるなんてこともなかったわけだからね」
まだ助けても、助けるとも言っていないが。
「もちろんいいですよ。というか、そんな理由がなくたって仲間は大歓迎です。僕はどこかのRPG主人公みたいに仲間の数に制限をかけたりしないんですよ」
「そうか。なら、同郷ではないが仲間のよしみで是非とも答えてほしいことがあるんだが」
「もちろんですよ、何でも聞いてください。ちなみに日本で二番目に高い山は北岳らしいですよ」
「そうか。なら遠慮なく聞かせてもらうが、これはなんだ?」
そう言って、エルガーさんは大量の墓を指さす。
そうだ、忘れてた。
この墓は彼が作ったのだろうか?
「あー、それはお墓ですよ。石碑を作るなんて僕にはできないので、なんとなくのイメージで作ったんですよ。あっ、一応ちゃんと燃やしてもおきましたよ」
「墓か、なるほど。なら何の墓なんだ?」
「何って、ゴブリンのですよ」
何でもないことのように彼は言った。
「気が付いたらこの近くの森で目覚めたんですけど、そこでゴブリンに捕まっちゃって。それで、まぁ仕方なく。ただ、自己防衛のためとはいえ、命を奪ったわけですから、一応弔っておこうかと思って」
言ってしまった。
自分が何をしたかを。
「そうか」
エルガーさんは短くそう言って、彼に近づく。
そして、いきなり強烈な蹴りを入れる。
「っ!!」
彼は蹴られた腹を抱えながら前方へ倒れる。
彼の行為を個人的には尊敬する。
自分を襲ってきた相手を殺したのは仕方ないとして、その相手を火葬した後埋めて、なおかつ一匹一匹にお墓まで作るなんて、よっぽど命を大切にしているんだろう。
それは美徳だと思う。
敬意を払う。
だが、相手が悪かった。
あるいは、世界が悪かった。
「仲間だからな。知らなかったってことも含めて、今回はこれ許してやる」
エルガーさんは、彼を鋭く睨んだまま続ける。
「この世界でゴブリンなどの魔物は悪だ。人類の敵だ。見かけたら殺せ。殺せないなら殺せる者を呼んで殺させろ。存在を許すな。嫌悪しろ。憎悪しろ。情けをかけるな。施しを与えるな。たまにいるんだ、人と魔物は仲良くなれるなんてふざけたことを言うやつが。それは冒涜だと思わないか? 今まで魔物から人類を守ってきた英雄たちへの、冒涜だと思わないか? なぁ、仲間の数に制限をかけないんだったか? だったら、仲間として忠告しておこう。仲間にしていいのは、人だけだ」
淡々とした物言いだが、とてつもなく感情的な内容だった。
ぼくへ向けられたものではないと分かっていても、その威圧感に底冷えするような感覚がした。
以前同じ地雷に、安楽島くんが冗談で触れたときよりひどい。
許してやる、とは言っているが、恐らくエルガーさんは本気で怒っている。
「......なるほど、ありがとうございます。勉強になりました。...そうですね。僕としても、それこそどこかのRPG主人公みたいに、モンスターを引き連れてぞろぞろ歩く気もありません。約束しますよ、僕が尊重するのは人の命だけです」
彼は蹴られた痛みをこらえるように腕で腹を抱えたまま、立ち上がる。
しかし、いまだ威圧感を収めていないエルガーさんへ、変わらず飄々とした様子で語りかけた。
まるで気の知れた相手に天気の話でもするように、なんでもなさそうに言葉を紡いだ。
「.....その言葉が聞けて良かったよ」
エルガーさんはそう言って、ようやく態度をやわらげた。
そうしてようやく、ぼくは深くため息をついた。