第二話 生き返った不死者
鳥の鳴き声が響いた。
トカゲが岩の下に隠れた。
岩の下にいた虫が、トカゲに喰われた。
鬱蒼とした森の中で、一つの命が消えて、一つの命が蘇った。
生命力に満ちた緑の雑草が膝ほどの高さまで生い茂り、木々も見上げるほど高さまで茂っている。
この命に溢れた森林の中に、不釣り合いなベットが一つ。
風に頬を撫でられて、一人の男が目を覚ました。
男は眠そうに、気怠そうに体を起こし、辺りを見渡す。
「気が利いてる? ...の、かな?」
僕は苦笑いを浮かべながらそう呟く。
もっと自然なのはなかったのかとは思うが、おかげで心地よく目覚められた。
その点は感謝するべきなんだろう。
「......制服?」
ベットから起き立ち上がると、そこでようやく自分の恰好に気づく。
刺されたときは制服なんて着ていなかったはずだ。
記憶力に自信のない僕でもそれくらいは憶えている。
そもそも僕はこの高校をすでに卒業してるし、この制服も捨てたはずだ。
いや、そもそもこの身体だって、神みたいなあれが用意したものだった。
だったら、この制服だって同じなんだろう。
僕の記憶を掘り起こして、適当な衣服を用意したのだろう。
まぁ、適当な衣服であがるのが制服とは、伊達に三年間も着ていなかったということだろうか。
「さてっと、で? これからどうしよう?」
まずい、人里はどこだろう?
そりゃあ、まぁ、あれの言っていたことが本当で、僕がもう不老不死とやらになっているのなら、飢えようが、毒を食おうが、獣に食いちぎられようが、死にはしないんだろうけど。
「さすがに、確かめる気はおきないな」
せっかく生き返ったのに、不死身になったと勘違いして、試してみて死んだではあまりにも間抜けが過ぎる。
とりあえず今は、安全第一に行動しよう。
本当に不死身になったかは、死にそうになってから試せばいい。
「よし! じゃあまずは人の国を...っ!」
背中に衝撃が走った。
またかよ......。
だが、今回は前のように気を失ったりはしなかった。
即座に振り向きながら後ろに下がり、自分の背中からナイフ状のものを引き抜く。
僕はそのナイフを見たとき、その異常性に気が付いた。
引き抜いたそれは、骨を削って刃物のように鋭く研いだ原始的なナイフだった。
しかし、僕の気付いた異常性は、素材のことなんかではない。
このナイフには血が付着していなかった。
たった今、僕の身体から引き抜いたはずのそれは、素材の色そのままの純白だったのだ。
思わず、背中の傷口を触ろうとする。
しかし、そこにあるはずの傷口は、服に空いた穴だけ残して、きれいさっぱりなくなっていた。
「不死身か。便利だね」
「ギッギィ!!」
自分の身体の変化に感心していたが、叫び声によって現実に戻って来る。
「ゴブリン......?」
120センチほどの小柄な体、長くとがった耳、緑色の皮膚。
叫び声の主は、ファンタジーの作品でよく登場するゴブリンだった。
「ギィィ!!」
ゴブリンは叫び声をあげ、僕に向かって走り寄ってくる。
僕はナイフをゴブリンに向ける。
僕にナイフを刺したゴブリンは、武器を失い素手になっている。
「グギィ......」
ゴブリンも、そんな状態で突っ込んでくるほど馬鹿ではないようで、走り寄るのを止め距離をとった。
警戒するようにこちらを睨みながら、唸るように声を出す。
いや、警戒してる理由は武器だけではないだろう。
先ほどナイフを刺した僕が、まるで弱った様子がないので戸惑い、警戒しているようだ。
ゴブリンは睨みながら距離を保ち、僕の周りを歩く。
僕もゴブリンを常に正面に捉えて警戒する。
しかし、僕の周りを半周もしない内に、ゴブリンは歩くのを止める。
しばらくの間、お互い動くことなく睨み合う。
攻めるべきか?
このまま睨み合っていても仕方ない。
しかし、僕には武道の心得はもちろん、喧嘩の経験すらない。
僕がナイフを持っているとはいえ、ナイフを武器として使ったことなんてない。
勝てるのだろうか?
相手は僕と違って、急所に刺しさえすればそれで終わる。
対して僕は、相手から攻撃されてもすぐ回復する......。
......ん?
というか、僕は何を悩んでるんだ。
僕は不死身になったんだ。
勝てない可能性はあるが、負けて死ぬことはないんだ。
「......はぁ。どうも、僕の悪い癖が出てるな」
優柔不断。
それっぽい理屈を並べて言い訳して、何もしようとしない。
だから、ああなったっていうのに、僕はまるで懲りてない。
こんなんじゃあ彼女に、笑われる、どころか叱られる。
「ギィギイィィ!!」
僕が覚悟を決めてナイフを再び構え直すと、ゴブリンも雄たけびをあげて僕に向かって再び走り寄ってくる。
僕はカウンターを決めようと、目の前のゴブリンに集中する。
が、
「......っ!!」
今回は右腕だった。
右手に力が入らず、手に持ったナイフを落としてしまう。
見ると、右腕には矢が刺さっていた。
それも、後ろから射られていた。
振り返ると、そこには数匹のゴブリンがいた。
内、弓を持ったゴブリンが今度は左腕を射る。
また痛みが走るが、そんなことはどうでもいい。
複数相手では勝てないだろう。
とっさに、ゴブリン達に背を向けて逃げようとする。
しかし、当然そこには先程のゴブリンが。
それも、目の前に。
僕はろくに抵抗もできずに押し倒される。
もがいていると、他のゴブリン達も駆け寄ってくるのが見えた。
絶望的状況だ。
「...あははっ」
これが笑わずにはいられるだろうか?
遅すぎたのだ。
戦うにも、逃げるにも。
僕が迷っている間にゴブリンは叫び声で仲間を呼んで、僕の視線を誘導するなどして、僕が他のゴブリンに気付かないよう策を弄していたというのに。
僕は躊躇し、行動せず、自分の首を締めている真綿に気付くことさえなく。
そして、ようやく行動するかと思えば、タイムリミットは過ぎている。
そのまま締め上げられてゲームオーバー。
2年もたって、まるで成長していない。
僕は自分に、呆れを越えて、失望さえしている。
ゴブリンが、僕の腹を刺した。
今度は足を、手を、首を。
めった刺しにし、切り裂いて、ばらばらにした。
それでも、僕は死なない。
「ギイィイ」
一人のゴブリンが何か言ったかと思うと、他のゴブリンが僕を引きずり始めた。
どうやら、どこかへ連れていく...持っていくつもりらしい。
僕はもう抵抗する気力は失せていた。
しかしそれは、決して痛みや恐怖によるものではなかった。