「悪役令嬢て、クズなの?」
毎日があっという間に過ぎていく。
朝起きて、太陽光と罵声を浴びながら散歩をし、家に帰って出てきた朝食を貪る。
腹が膨れれば眠くなるが、そこはなんとか堪えてスマートフォンの改良に努める。
すると、昼飯が出てくるから貪って、ここで一眠りだ。
涼しい風を浴びながら、子ども達からの心無い言葉を背景に惰眠を噛み締める。
そうすれば、いつの間にか夕暮れだ。
体を冷やさないようしていると、夕食が出てくるので頂戴する。
その後は、水浴びだ。
最初は水で流すのは寒すぎて縮み上がったが、今となっては慣れたものだ。
といっても、女性陣を先に済ませる紳士さを見せつける必要がある。
基本的に、水であろうと物は大切にという考えからか、だいたい水浴びに使ったものも使い回しだ。
衛生管理どうなってんねんとは思ったが、流石は俺の脳みそ。
先ほどまで銀髪のエルフや、赤髪の令嬢が浴びていた水だと思えば、美味そうに見える。
そうして、使い終わった水を飲み干せば後は寝るだけだ。
昼に飽きるほど寝たから眠気なんてやってこないが、人間暇になれば無限に眠気がやってくる。
まぁ、一番効率的なのは致すことなんだが、道具なんてないしスマートフォンは改良中で分解しているから、記憶を掘り返すことなんてできない。
かといって、妄想で行うほどのラッキースケベには遭遇していない。
着替えを覗いたことも。胸チラしたことも。
というか、それだけ惹かれるような人間に出会ってもいない。
なんというか、昂りがないのだ。
こう、抜かねば無作法だと思える相手がいないのだ。
「なぜ抜けない……」
現時点での最大の悩みはそれであった。
魅力的な生活に違いない。
銀髪のエルフに赤髪の令嬢と一緒に暮らしていて、寝食を共にする状況だ。
ラッキースケベがなくとも、男の本能的に吸い込まれるはずが一切、惹き込まれることもないのだ。
性欲が死んだわけでもない。
彼女たちに魅力がないわけではない。
ただ、こう。
なんというか。
うん。
「誰でもいけると思っていたはずなんだけどな……」
異世界転生したことで、性欲が減退した可能性もある。
なにより、ここは異世界だ。
何が起こっていても、この世界では常識かもしれない。だからこそ、今の俺の状況もある意味男みな通るべき道なのかもしれない。
いや、んなことあるかい。
隣の家のジジイ。未だに女のケツ触りに行くドスケベジジイだぞ。そのまた隣の家の俺と同い年の男女は毎晩プロレスごっこだぞ。
んー。この村がおかしいのか。
それとも、異世界共通なのか。
少なくとも、俺やクルフはこの村出身だしな。
日常的な毎日だったし、外に出たことなんてない。
そんな外から来た人間なんて――
「ちわーす! 令嬢様お元気〜?」
「ちょわぁっ!?」
思いついたら即行動。
俺は赤髪の令嬢のところへ突撃した。
あら、いいお部屋だこと。
壁に並んだのは沢山の髪の毛に、あれは〇毛?
おうぅ……。
「なななな、なん、なんで」
「いや、ちょっとお聞きしたいことがありまして」
「の、ノックくらいはしてくださいませ!」
いや、ノックしてもこのおぞましい部屋を片付けられるわけないだろ。
なんで、本人はこの壁一面に貼り付けられた髪の毛とか陰〇に囲まれて平気なわけ。
いやもう、性欲云々とかどうでもいいわ。
ショックで質問消えましたわ。
「お嬢様? このおびただしい毛たちは?」
「え、あぁこれはわたくしを追放した人間達から引っこ抜いてきたものですわ。あぁ、天井にぶら下がっているのはわたくしを馬鹿にしてきた伯爵令嬢とかそこら辺のですわ」
「いや、なんで毛を――」
引っこ抜いてきたのか。
そう引き気味に聞いた俺に対して、多分今まで見てきた中でも、生きてきた中でもとんでもないほど、病んだ表情で赤髪の令嬢――アロマは瞳のハイライトがなくなりながら、ブツブツと話し始める。
「だって、髪の毛て大事なんですのよ。命とも呼ばれる以上に、抜け毛一本であっても触媒に使われるほど命に近しいものなんですの。
それをわたくしが引っこ抜くことで、彼女たちは今後の社交界では表舞台に立つことなんて出来なくしてやったのです。なんせ、見苦しいですからね。丸ハゲですわ、丸々一株抜けば、人前にだって出れないでしょうし、わたくしを追い出すんですもの仕方ありませんわ。
いざとなれば、これを脅しに社交界にだって戻れますし、これがあることで交渉が優位に働きますもの。ぶち抜いた時、不毛地帯になるよう薬も塗りたくりましたし、これはわたくしの恨みの象徴であって、わたくしが輝かしき社交界へ戻るための通貨なんですの」
いや、怖いわ。
確かに女性の髪の毛は命だとは聞いたことがあるけど、わざわざ生えないように薬まで塗るとか追放されて然るべきことしてるじゃないか。
因果応報というか。貴族階級の人達は、辺境の土地で働いて反省して来いってことかもしれないけど、この人一切猛省なんてしていませんよ。
戻ったら暴れますよこの女。
「ということで、わたくしは呪いの魔術を行いますので、退出をお願いします。
さすがに、秘密を見られ続けるのはいくら想い人であっても恥ずかしいですわ」
「あ、うん」
恥ずかしいどころか、人生の汚点だろうに。
誰だよ令嬢は煌びやかでお淑やかで、紳士淑女の集まりだとか言ってたの。
いや、アロマ本人は自分のこと悪役令嬢です、て言ってたけど。
めちゃくちゃ気持ち悪いことで恨み晴らすじゃないか。それともなに? 悪役令嬢てやつはそういうものなの?
悪役令嬢て、クズなの?
あまりの衝撃的出来事に急いで立ち去った部屋からは、「きひひひひ」と妖怪でも宿ったのか、気色の悪い笑い声が響いていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
いつも応援ありがとうございます。
読者の皆様へは感謝してもしきれません。
さて、一応補足というわけではありませんが、髪の毛の重要性ですが。これはそもそもの印象の話になります。
ボサボサで枝毛の手入れもしていない髪と
毎日クシを通して、整えシャンプーにも蜂蜜が混ざっていて艶やかな髪とではどちらかが印象がいいかです。
それを引っこ抜くことは、いわば努力を踏みにじる行為でもあり、相手を最大限貶す行動というわけです。
あまりにも非人道的行いのため、誰もしなかったことをしたからこそ、猛省してくれと辺境の土地で働くよう命じられたわけですね。
本人は懲りていないようですが。